a dream comes true
「大好きな人と一緒に生きたいんです」
「恋愛相談ですか。私にできる範囲のことでしたら何でも…」
いつものように流暢な手話で返す
「いえ、ただの恋愛相談じゃなくて… 僕の好きな人は実在しないんです」
僕には大好きな人がいる。でもその人は、この世のどこにもいない。
その人が存在しているのは、僕の夢の中だ。
「夢」ってのは理想とかなんとかって意味の方じゃない。寝てる時に見る方だ。
いつの頃からだったか、あの人は僕の夢に現れるようになった。
何度も何度も。最初は数か月に一度くらいだった頻度が、月に一度、週に一度と増えてきて、ついに眠るたび毎回になった。
そうして、何度も顔を合わせ、話をしているうちに、いつの頃からだったか、僕はあの人に恋をしていた。
今まで起きている時に出会った誰よりも優しくて、話が合って、かっこよくて…
ある時勇気を出して伝えた思いを、あの人は笑顔で受け入れてくれた。
あの人と一緒にいられる時間は本当に幸せで、気付けばあの人に会うために仕事と最低限の日常生活動作をする以外のすべての時間を睡眠に費やすまでになっていた。
だけど、それでも満足できなくなってきた。
目が覚めてしまったらあの人はいつも消えてしまい、僕は否応なくあの人の存在しない現実世界での生活に引き戻されてしまう。
どんなに色々な話をして、色々な場所に行って、楽しい時を過ごしても、「僕が目を覚ます」という、たったそれだけの行為によって、あの人と僕との関係のすべてが否定されてしまうのだ。
現実世界にとっては、夢は生物が眠っている時に見る幻覚にすぎない。
そんなの理不尽だ。あんなに素敵な人がいる世界が本物の世界じゃないなんて。
目が覚める時、いつもあの人のあんな寂しそうな顔を見なきゃいけないのは、もう嫌なんだ。
「だから、あの人を現実の世界の人にしていただきたいんです。あの人もそれを望んでいるって言ってました。
僕達の願いはただ、恋人といつも一緒にいたい。そんな当たり前のことなんです」
「なるほど、分かりました。
そんな風に繰り返し見る夢というのは、ご本人の意識の奥底にまで強烈に根を張っているので、一言で言うととてつもないパワーを持っているんです。
そのくらいのパワーのある夢の中に存在する事象は、この現実世界に具現化することがで可能なんです」
「本当ですか⁉︎」
期待に胸が膨らむ。正直、いくら目井さんでも難しい可能性も… と少し危惧していたけど、やっぱり目井さんはすごい。
「ええ、ちょっとお待ちください、確かこの本に詳しいやり方が…」
机の上にあった分厚くて古そうな本を開き、目当てのページにたどり着いた目井さんは、しかしやがて首を横に振った。
「申し訳ありません。私にはこんなことはできません」
「は? なんでですか、さっきまでやってくれるみたいな話だったのに…」
「ご覧ください、この方法を使えば確かに夢で見たものを実現させることはできます。夢の持ち主ご本人が生きている限り、それはこの世に実体を伴って存在し続けます。
ですが、夢を具現化した人は、二度と眠れなくなってしまうのです」
「えっ…」
「『夢を
『起きてる時に「夢」を見られるようになるんだから、もう眠って「夢」を見られなくなってもいいよね?』ということです」
「…」
「ご存知かもしれませんが、睡眠には疲労の回復や病気の予防などの様々な効果があり、生きていくために必須なものなんです。二度と眠れないなんて、命に関わります。あまりに危険すぎます」
「… そう、ですね」
「ただ、睡眠を犠牲にせずとも夢を現実のものにするやり方が違う本に掲載されていた気もするので、その本を探してきます。少々お待ちいただいてよろしいですか?」
「分かりました。お願いします」
僕がそう伝えると、目井さんはうなずいてこちらに背を向け、診察室のカーテンの奥へと小走りで入っていった。
あの分厚くて古そうな本の、「睡眠を犠牲にして夢を具現化させる方法」が記されたページを開いたまま。
チャンスは今しかない。
考えるよりも罪悪感を覚えるよりも先に、手が勝手にスマホを起動させ、写真を撮っていた。
30秒もしないうちに数冊の本を抱えて戻ってきた目井さんだったが、どれも最初の本と同じことしか書いていないと僕に丁寧に謝ってきた。
もういいから、気にしてないからと目井さんに返しながら、僕の心はもう決まっていた。
家で改めて、写真に収めたやり方を見直してみた。思ったよりも簡単にできそうだった。
必要なものを買ってきて、書かれている通りの手順を踏んだ。
これでよし。あとはあの人が現れるのを待つだけ…
僕は椅子に腰かけ、そっと両の瞼を閉じた。
だって、許せないじゃないか。
あの人の存在を認めてくれないこんな世界なんて。
反撃してやらなきゃ。一矢報いてやらなきゃ。
あの人と僕のささやかな願いすら叶えてくれない世界の
眠れなくなったっていい。病気になったって苦しくなったっていい。死んだっていい。
目を覚ます時のあの寂しさをもう二度と味わわないですむのなら、僕の持っている何を犠牲にしたっていい。
ほんの少しの間でも、あの人と一緒の世界に実在したいだけなんだ。
左肩にゆっくりと重みが乗ってくる。重みが触れたところから、徐々に温かさが伝わってくる。
瞼を持ち上げ、左肩を見やる。
いつも眠りの中で見る、愛しい手。
そのまま首を後ろへと向ける。
実在してほしいと願い続けた、愛しい笑顔が、そこにあった。
まずは、そっと微笑みを返した。
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