utilized hair
「前から思ってたんスよ。
髪って、確かに頭を衝撃や紫外線から守るっていう大事な役割があるけど、それだけじゃなくてもっと色々な可能性を秘めているんじゃないかって。
だって、太くても 0.1mm程度だって言われてるくらい細いのに、実はすごい丈夫で、理論上では1人分の頭髪で約15トンの重さの物を引っ張れる力があるんスよ?
それが頭の保護にしか使われてないって、もったいない気がしません?
こっちは真剣なのに、こういう話するとみんなすぐ『髪フェチがエスカレートし始めた』とか言うから
目井さんと言えば年齢不詳で有名ッスけど、あの人顔的には20代か30代くらいに見えまスけど、あの髪って全部白髪らしいッスよ。
透き通った白で、絹糸みたいな手触りでうらやましいッスよねえ… いつもまとめて後ろで一つ結びにしてるだけッスけど、違う髪型にすればまた違う良さが出ると思うんスけどねえ。あー、ああいう白髪になりたい…
え、何の手術だったのかって? ああ、髪を自分の意思で動かせるようにする手術ッスよ。
見ててください… ほら! ここの一房左右に動いてるでしょ? 今自分で動かしてるんスよ。
もちろん、それだけじゃなくてこんな風に… 髪で鞄のチャック開けて、中の物を取りだせるんス! 器用なもんッス。触手みたいなもんッスよ! これこそ私の求めていた髪の活用方法で… あ、これ免許なんでどうぞご確認を…
はいはい、髪のことは分かったけど、それにしたってその姿はなんなんだって聞きたいんでしょう? 今お話しまスから…
手術からしばらく経って、流石に前髪が伸びてきちゃったから、洗面所の鏡の前で自分ではさみで切ったんスよ、チョキって。
次の瞬間、何が起こったのか分からなかったッス。全身に電気が走ったのかと思いましたよ。
立ってられなくなってしゃがみこんで、パニックになってたら、たらーってトマトジュースみたいな色の液体が、何十筋か垂れてくるのが視界に入りました。
細い糸みたいなそれは全部、たった今自分で切った髪から出てました。
そこで初めて、今感じてる感覚が痛みだって気付いたんス。
そう言えば、手術前に目井さん『注意事項です』って何か説明してたけど、ワクワクしすぎて全然聞いてなかったなって。
『この手術は、要するに髪の1本1本に神経を通す手術なんだとご説明させていただいたつもりだったんですが… よっぽどワクワクしてらっしゃったんですね』
連絡を受けてうちに来てくれた目井さんは、私の髪に包帯を巻きながら言ったッス。
『もはやあなたにとって髪を切ることは、肉体の一部を切り落とすのと同じことなんです。それを知らずに思いっきりやってしまったなんて、なおさら痛かったですね…』って。
だから、私もう髪切れないんスよ。
とは言え、前髪が目にかかって前が見えにくいって事実は変わらない。ヘアピンでも留めようか、でも切ったところに当たると痛いんだよなと悩んでたんスが、ちょうどその頃から髪が進化し始めまして。
…いや、そんな目しないでください。本当なんス。
ある日町中を手探りで歩いてたら、両目が前髪で隠れて視界が閉ざされてるはずなのに、うっすらと何かが見え始めたんス。
あれ? と思ってる間にそれはどんどん鮮明になってきて… いろんな人達が往来を行き来する光景でした。
もしかしてと思って、なんとか髪をどかして目で見てみました。髪がかかってる時に見えたのと同じありさまが見えたッス。
目で物を見られなくなった状況に対応して、髪が目の代わりに見てくれるようになったんス。今もこうして顔が全部髪で覆われてまスが、はっきり見えてるッスよ。あなた、いいブロンドッスねえ…
進化はそれだけにとどまらなかったッス。髪がどんどん伸びて増えて、匂いが分からなくなってきたから髪で顔の正面に出っ張り作ってみたら髪が鼻の代わりに匂いを認識してくれるようになったり、聞こえづらくなってきたから頭のてっぺんに2か所出っ張り作ったら音を集めてくれるようになったり。味覚以外の五感はむしろ前より鋭いくらいッス。
今や腕よりも髪の方が長くなって遠くにある物も取れるようになりましたし。
やっぱり、髪ってものすごいポテンシャルを秘めたパーツだったんだなあって実感してるッス。ほれぼれ…
で、さらに髪が長くなってきたし、怪我したところも治ったから、もうこれで全身覆っちゃえば服も着る必要ないし、いいんじゃない? と思って実行してるんス。
というわけで、私が熊じゃなくて人間だって分かってもらえましたか?
困るんスよね。最近外歩いてるとたまに勘違いされて麻酔銃やら実弾やら撃ち込まれそうになって危ないったらありゃしない。今のところは毎回髪ではね返せてるからいいんスけど、万が一のことがあったらどうしてくれるんスか?
そもそも、熊がこんな鞄とコンビニの袋持って普通に町中にいるわけないでしょ!
本当、気をつけてくださいね!」
「は、はあ… そうでしたか… 申し訳ありませんでした…」
僕は
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