第8話 救いようのない答え

「問題を保留?」

「そうだよ、君だってなんのことかくらい分かるよね?」

「鈴原 庚のこと、以外ないか」

「そう」

「そもそも君は誰だい?」

「それを言うつもりはないよ。私の正体が分かっちゃったらもん」

「じゃあ、どうして君はこうして僕の前に現れたのかな」

「デウス・エクス・マキナって知ってる?」

「...。確か劇で、登場人物が物語の進行につまづいてる時に神様なんかが一石を投じて話を進めてあげる表現技法、だよね?ラテン語で“機械仕掛けの神”」

「まあざっくりしてるけど...さすが、君は博識だね」

「なんでそんな質問を?」

「私は傍観者として物語を見ていたいのに、話が停滞したらつまんないでしょ?だったら、私が“機械の神様”になろうって思ってね」

がその一石だと?」

「そうだよ」

「そもそも鈴原さんの一件は僕の記憶力が乏しいってだけで、問題だとは思ってないのだけど」

「君だってそんな理由じゃ納得してないでしょ?それにこの一件は君の“特性”に対する理解について問われてるようなものだからね」

「どうして君がそれを...」

「君を取り巻く物事全てを知っているからね」

「なら教えてよ、僕の忘却の理由を」


「――特性だよ」

「特性?」

またそれか。

「そう。君は自分の特性についてどう認識しているのかな」

「...不満とかストレスとか、とにかく嫌なことを捨てることが出来る」

「厳密に言うと少し違うんだけどね」

「?」

「まあそれを今ここで言うつもりは無い。というか君はそういう解釈をしているのになんで答えにたどり着けていないのかな」

「それと忘却がどう関係があるって言うんだい」

「考えてもみなよ、君は嫌な感情を捨てることが出来る。なら捨てた感情については覚えているかい?」

「覚えていない。少しは覚えていてもすぐに忘れてしまう」

「でしょ?それに、君は人間関係において淡白な人間だ。ちょっとしたことでも、人との繋がりを簡単に捨てられるんじゃない?」

「...」

「君は無意識のうちに答えから目を背けていたんじゃないのかな?こんな結末、少し考えれば分かるものだよ?」


「..つまり、僕は三年前...」

「そう、君は三年前、“鈴原 庚との関係”を捨てたんだよ」



次の瞬間には僕の意識は覚醒していた。

枕元の時計は七時四分を指している

「鈴原さんとの関係...ねえ」

正直、答えがわかったところでどうすることも出来ない。捨てたのが関係そのものならもう彼女についての記憶は戻らないのだし、それを知ったところで僕の、彼女への接し方が変わるわけでもない。

そもそも“あの人”は誰だったのだろうか、話し方が聞いたことのあるものだった気がする。ひょっとしたらあの人も、僕が捨てた“誰か”なのかな。

僕は自嘲気味に、自分の救いようのない状況に落胆していた。


その日の部活もいつも通りに終わった。

鈴原さんに、真実を話してもきっと信じてもらえないだろう。話したところでどうにかなるものでもないし。

ただ、このままというのもなんだか後味が悪いので、僕は帰り際の彼女に一言、声をかけた。


「鈴原さん」

「ん?」

「なんとなく、まだほんの一部に過ぎないけど、君のことを思い出したよ」

嘘だ。

「えっ」

「だから、君とのことを少しでも多く思い出せるように、たまにでいいから三年前のことを話してほしいんだ。僕は、君との記憶を早く取り戻したい」

本心だ。

「うん。分かった」

彼女は、どこか嬉しそうだった。


放課後の風は日に日に熱を伴い始めており、少しずつ夏に近づいていることを感じさせる。

さっき鈴原さんには「記憶を早く取り戻したい」なんて言ったが、恐らくそれは叶わないだろう。これまで僕はたくさんの感情を捨ててきたが、唯のひとつも、試しがない。捨ててしまったものが帰ってこないことは僕が一番よく知っている。ではなぜあんなことを言ったのか、言うなれば意思表明みたいなものだ。

捨てた関係に対して前向きに考えようという。



こうして僕と彼女の二度目の邂逅の話は終わり、見知らぬ、けれど初対面ではない少女との二度目の学園生活が始まった。



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