オレが異世界に行った後
卯月 幾哉
プロローグ
『ちょっと異世界に行ってきます
探さないで下さい
「あの、バカ息子……」
中学二年生の渉は一年ほど前から、ときどき『イセカイ』とやらに遊びに行って帰って来ないことがあった。夏休みに入ってからは大人しくなっていたので、紹子はすっかり安心していた。まさか、このタイミングで『イセカイ』に行くとは思いもしなかった。
もうすぐ二学期が始まるというのに、渉は一体どうするつもりなのか。
「何も考えてないんでしょうねぇ……」
紹子は溜め息を吐いた。良くも悪くも単純で気まぐれな渉の頭の中は、紹子にとって透けて見えるようだった。
渉はこれまでに、最長で一ヶ月ほども異世界に行ったまま音信不通になったことがある。だから、今回もその程度の長期になる可能性を考えるべきだろう。
(そろそろ、出席日数が危ないんじゃないかしら)
最悪、留年という事態になるかもしれない。紹子が学校側へどうやって言い訳をしようかと考えていた頃、玄関のチャイムが鳴った。
(――この非常時に、誰かしら)
そう思いながら、紹子は階段を降りて玄関の引き戸を開けた。
現れたのは、快活そうなブロンドの少女だった。彼女は紹子と目が合うと、にかっと白い歯を見せた。
「こんばんは、ショーコ。今日からお世話になりマス」
彼女は丁寧に頭を下げて挨拶をした。少しアクセントに癖があるが、流暢な日本語だった。
「あら」
紹子は驚きながらも、「そういえば、今日だったわね」と応じていた。
少女の名は、エレナ=スターマイン。紹子の姪で、渉の
渉と違って成績優秀なエレナは、大学の休みを利用して紹子の家にホームステイに来る約束をしていたのだった。エレナの年齢は渉と同じだが、飛び級で進学した天才少女である。
「あの、ワタルはいますカ?」
スーツケースと共に玄関に入ったエレナは、
(この子が来たのは良いとして、渉のことをなんとかしないと……)
エレナの様子をぼんやりと見ながら息子の問題について考えていた紹子は、そこでポンッと手を打ち鳴らした。
「――エレナちゃん、ちょうどいいところに来てくれたわ」
紹子は、問題を解決するための妙案を思いついた。常識的に考えれば無理がある案だったが、紹子にはその案を成立させる自信があった。
「ハイ……?」
そう言われたエレナは困惑した。彼女には、紹子の台詞の意図は全く理解できなかった。
しかしエレナはなぜか、冷たい何かが背筋を滑り落ちたように感じていた。
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