二〇〇九年九月二十四日 網走ー羽田
第12話 中野さんと天都山
「天都山行きのバスに乗って、山の一番上にあるのが北方民族博物館、すぐ下がオホーツク流氷館、さらに下に網走監獄があるよ」
「北方民族博物館から、網走監獄まで歩けますか」
「ほら、バスの時刻表を見るとそれぞれ数分ずつしか離れてないでしょ」
バスの時刻表には
北方民族博物館 九時四十五分
オホーツク流氷館 九時四十七分
博物館網走監獄 九時五十一分
と、確かに記されている。二分と四分。ふむ。
僕らは、ここでちょっと待てよ、と気づくべきだったのだ。北海道六日目にして、未だに東京感覚が抜けきっていなかった。最初の、北方民族博物館とオホーツク流氷館の間は、たしかに徒歩七分でたどり着いたのだ。だが、十五分以上歩いた今、ちっとも次の目的地、網走監獄が見えてくる気配がない。いったいどれくらい離れているのだろう。
車だけが脇をびゅんびゅんと通り過ぎる。思えばこの旅で、車だけはやたらと脇を通っていくけれど、歩いている人をろくろく見なかった気がする。ただ幸いなのは、道がずっと下りだということだ。歩道がないので縦に連なって歩き続ける。一歩、一歩行くごとに、東京へ近づいているようで、僕は、何度も立ち止まった。カメラがあってよかった、と思う。「白樺を撮りたい」とか「ほら、変わった標識」とか、いくらでも言い訳ができるのだ。
歩き続けると、カーブの手前で真下から、かすかに曲のようなものが聞こえた。
「あれ……監獄かな」
「建物がちらっと見えましたね」
その、真下へ向かう林道があった。明らかに地元の人、わかっている人専用、観光客が踏み込んだらとんでもないことになりかねない小さな道。僕は、その道に入りたくてしょうがなかった。遭難してしまえば、帰らなくていい。そんな考えすら頭に浮かんだ。
だけど、僕らは大きなカーブを曲がって、道路沿いのたしかな道を選んだ。今日、僕らは、僕は、東京へ帰る。今日を、明日や明後日に延ばしたところで。空と海がけして交わらないように、僕と中野さんを分けへだつものが変わるわけじゃあないんだ。わかってる。
「今日、飛行機に乗って帰るって、信じられません」
僕だって信じられないし、信じたくない。この澄んだ大気を捨てて東京へ帰るなんて。中野さん、君との旅が終わるなんて。
「だけれど、帰らなくちゃ旅は旅になれない」
僕の口から出た言葉は気持ちとは全く違うものだった。
「家に帰るまでが、遠足、ですねー」
「そうだよ、中野さん。僕たちは、帰るんだ」
「お土産、何にしようかなあ」
ああ、彼女には待っている人がいる。今日で帰してあげなきゃ。
「網走監獄グッズとかどうだろう」
「あ、すっごく喜びそうな先輩がいます」
あと数時間後には女満別空港を発つ飛行機の中だ。それが現実だ。
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