妹のヤツが異世界に行ってるっぽい。

好風

第1話

 日曜日の昼下がり、自室でマンガを読んでくつろいでいた俺の元に、中学生の妹が訊ねてきた。

「兄さん、兄さん。異世界に行く物語ってありますよね?」

「ん? 異世界物でも読みたいのか?」

 ちょくちょく俺の持っているラノベを読んでいる妹が、新しいのを物色に来たのかと返してみれば、

「あっ、いえ。ちょっとラノベで疑問に思ったことがありまして……」

 考え倦ねているのか、本棚に並ぶラノベへと視線を泳がせながらそう答えてきた。

「疑問って?」

「えぇっと、何て言いますか……異世界で儲けたお金って現代日本で換金出来るのかなと思いまして」

「つまり、異世界の儲けを日本円にする方法が知りたいってことか」

「ですです」

 コクコクと頷く妹。


 才色兼備、品行方正を地で行き、中学では生徒会長もしている妹なんだけど、兄であるオタクな俺の影響かゲームをやり込みラノベを愛読する。

 兄相手に丁寧な口調も、中二病の表れだったりする――中三だけど。何でも、誰にでも丁寧な口調であることこそが、理想的な生徒会長像だとのこと。

 そんな才女だからこそ、面白ければ多少の理不尽さご都合主義にも目を瞑るライトな文系オタな俺とは違って、変なことが気になったのかも知れない。


「行き来自在の異世界転移物ってあんまし見かけないんだけどな……」

 その手の話の大半はVRMMOゲームを舞台にしてる物語ばかりで、ログインログアウトで済むので現実世界での金のやり取りは出てこない。仮に出てきても、せいぜい運営会社からの賞金やら報酬やらだ。


 そんなVRゲーム物ではなく、純然たる異世界へと行く話で戻ってこられるものとなると――

「手っ取り早く稼いだ金貨を金の買取ショップに売りに行く話や、アウトローな連中と接触して非合法なマネーロンダリングを行うってのもあったような」

 記憶の中から呼び起こせたのはそれくらいだった。

「他にはないのですか?」

「その手の物語って、何らかの手段で大金を手にしたヤツが異世界に行ったりするからな。金に困っていないから、異世界での稼ぎを使って日本での生活を豊かにしようとする展開が無いんだよな」

 探せば有るんだろうけど……今度探してみるかな? 大学のサークルで聞けば、知ってるヤツがいるかも知れないし。


「アウトローな知り合いを用意するのは難しいですので、普通の買取ショップに持ち込むとして、その際注意する点はありますか?」

 注意点ね……

「まず、異世界の金がこの世界の金と同一かって問題が浮かぶな」

「同一だと思いますよ。鑑定では金貨って日本語で出てましたし」

 異世界物でデフォ設定とも言える鑑定スキルか。

 それが日本語なのは、書いてる人が日本人だからだろうと思うぞ――っと、心の中でツッコんでおく。


「金が同じとなると、次に気になるのは純度だな。それこそ、金メッキされただけの硬貨を持っていっても恥をかくだけだしな」

「純度ですか」

 ふむっと整った顎に手を添える妹。美少女なだけあってか、その手の仕草が様になる。

 モテるんだろうな……

 そんなくだらないことを考えていると、妹が口を開けてきた。

「金の純度ってどの様に調べるか解りますか?」

「確か、金属の比重は重さ割る体積で割り出せたはずだ」

 スマホで調べてみれば、

「金の比重は19.32だから、その数値に近ければ近いほど純金になってくるらしいな。ちなみに18Kだと15前後だな」

「体積を量る方法ってありますか?」

「ご家庭で調べる方法もあるにはあるな」

 掲載されているサイトを表示し、見せてやる。


「水とカップはいいとして、0.00gまで量れる秤が必要なんですか」

 ざっくり目を通しては眉を潜める妹。

「我が家では無理ですね」

 家にある料理用の秤はアナログタイプなのでそこまで細かく重量は量れなかった。

 まぁ、要はやりようなんだけどな。

「0.0gまでしか量れないなら、金貨の方を十倍にして量るって手もあるぞ」

「ほぇ?」

 一瞬、間の抜けた顔をする妹。意味が理解できた瞬間には、

「すごい! さすがです、兄さん!!」

 喜色満面の笑みを浮かべてみせた。

 これでもし、血の繋がった兄妹でなければ惚れてしまいそうな笑顔だ。

「頭良いです、格好いい――かは微妙ですが、自慢の兄です♪ ありがとうございます。助かりました」

 何がどう助かったのかを訊ねるよりも先に、深々と頭を下げたかと思うとその勢いのままに俺の部屋を飛び出していった。


 ただその後――

 台所から秤と親父の使ってるビールジョッキを自室へと持ち込んでいる妹の姿が若干気になりはした。


      ☆


「兄さん、兄さん。純金の買い取り価格っていくらくらいになりますか?」

 風呂上がりの俺を捕まえたのは、パジャマ姿の妹だった。

「確か、純金の買い取り価格なら五千円くらいだったかな」

 昼間、純度の調べ方を探した時に見かけた買い取り価格を口にした。うろ覚えなので正確さには欠けるだろうけど、日々変動している相場だ。多少の誤差も許されるだろう。

「五千円……1枚約6gだったから、凡そ三万円。全部で36枚あったから、108万!? 丸儲けじゃないですか。そんなに貰って良かったのでしょうか?」

 俺の言葉を受け、ブツブツと何やら計算しては酷く驚いている妹がいた。

「もう用が無いなら部屋に戻るけど、いいか?」

「あっ、待って下さい。まだ色々と聞きたいことが。ダメですか?」

 おずおずと上目遣いな妹にほだされ、部屋へと招き入れることに。本当はこの後、ネットゲーに興じる予定だったんだけど、ボス狩りを約束していたギルメンには泣いて貰おう。

 シスコンのつもりは無いが、可愛い妹の頼みだ。無碍には断れなかった。


「で、今度は何を聞きたいんだ?」

「昼の続きです。金貨の価値は解りましたが、それを買取ショップへと持ち込む場合、何か注意する点は有りますか?」

「それなら――って、誰が持ってく場合だ?」

 ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎった。

「では、私が」

 妹は自分を指して言う。この場合、中学生が――ってことか。

「だったら、まず買取不可だろうな」

「何故です!?」

 驚きに声を荒げてきた。

「何故も何も、女子中学生が金貨を売りに来るんだぞ。真っ当な業者なら、買い取り拒否するだろ。マンガやゲームですら、未成年からの買取には親の同意書が必要なんだからさ」

 高額な金の買取ともなれば、同意書があったとしても難しいだろうな。

「そ、そんな……それでは立て替えたマヨネーズ代すら取り戻せないじゃないですか」

「へっ? マヨネーズ代?」

 へたり込んだ妹が何を口走っているのかよく解らない。

「あっ、ごめんなさい。少し取り乱してしまいました」

 何でも無いように取り繕う妹。

「では、兄さんの場合ではどうですか? 兄さんでしたら二十歳ですし」

「俺の場合か……確かに法的にも成人だから売買するのは問題無いだろうな」

「♪」

 俺の言葉に、何故か拳を握りしめている妹がいた。


「でも、売って数枚程度だな。どれだけ有るかは知らないけど、大量に売るような真似はしない」

「何故? 36枚も有るんですよ」

 やけに明確な枚数だが気にせず考えを説明してやる。

「まず、売値があまりに高額すぎると税金が課せられる。いわゆる所得税ってヤツだな。まぁ、これに関しては真面目に申告して支払えば問題無いだろう」

ってことは、それ以外にも何かあるんですか?」

 才女なだけあって言葉を察するのが早いな。

「金貨を大量に売るとなれば、入手経路が問題になってくるだろ? 売りに来たのが冴えない大学生で、持ち込まれたのは見たこともないデザインの大量な金貨だ。真っ当な買取ショップなら所持してる理由を訊いてくると思う」

「そ、それは……知り合いから貰ったことにすればどうです? お金持ちの親戚からとか、亡くなった曾祖父の家の蔵から出てきたとか」

 妹の言葉に首を横に振る。


「それらの場合、贈与税もしくは相続税が関わってくる。贈与税の場合は誰から贈与されたのか明記する必要があるらしいからな。適当な架空の親戚をでっち上げる訳にもいかないんだよ」

「贈与税って幾らくらいから必要になるんです?」

 スマホで検索してみれば――

「基礎控除額が110万ってあるな」

「110万!? それならギリギリ控除される金額じゃないですか。躊躇う理由が何処にあるのですか?」

「いや、だから最初に言っただろ? 冴えない大学生が見たこともない金貨を大量に持ち込んできたなんて、絶対に不審がられる。それこそ、盗難物かと勘ぐられ警察に連絡が行ったりしたらやばいだろ」

 だから売っても、誤魔化しの効く数枚程度だと話を纏めておく――も、妹は諦めがつかないようだ。


「警察に調べられてもいいじゃないですか。異世界に行って手に入れてきたと言えばいいですし、それを証明する手段でしたら魔法の一つも使ってみせれば済むと思います」

「はぁー」

 深々と息を吐いてやる。

「そいつは愚策だと思うぞ」

 異世界と地球を行き来できることを話、そしてそれを証明した場合、まず起こることと言えば――

「異世界から未知の病原菌でも持ち込んでいないかと、調査の為にも然るべき施設に隔離されるだろうな」

 何気に浮かんだ事柄を指摘してみれば、何故か青い顔をする妹がいた。

「下手すりゃ、パンデミックを危惧して町全体を封鎖ってこともあり得るだろうな」

「! すみません。ちょっと急用を思いだしました」

 いきなり立ち上がったかと思うと、部屋から飛び出していく妹。その際、

「あっ、兄さん。寝る前にはちゃんとうがいをしておいてくださいね。後、除菌シートがあったら、色々と拭いておくことをお勧めします」

 そんな言葉を残していった。


      ・

      ・

      ・


 >>寝落ちします。乙


 落ちる寸前のギリギリの意識状態でそれだけタイピングすると、やっていたネットゲーをログアウトした。

 視界の片隅に見える時計の時刻は午前二時半。いわゆる、草木も眠る丑三つ時を過ぎた家族の誰もが寝静まってる時間帯だ。トイレへと向かうべく進む廊下は暗く――

「ん?」

 隣にある妹の部屋の扉の隙間から、やけに眩そうな光が漏れ出ていた。

「……本当にほんと、勇……ムは……夫なんで……ょね? 大……夫じゃな……ら、こ……すわよ」

 何やら声が聞こえてくるが、きっと電話でもしてるんだろう。

「ふぁぁ……ねみぃ」

 さっさとトイレ行って寝よ。


      ☆


「あっ、お帰りなさい、兄さん」

 バイトから帰ってきた俺を出迎えたのは、俺の部屋でラノベを読み漁っている妹だった。

「おう、ただいま。また何か用か?」

 普段の妹ならば、俺の部屋から勝手に本を持ち出すことはあっても、部屋に居座ってまで本を読み続けることはなかったはずだ。

「昨日の続きです」

 読んでいたラノベを横に置き、俺の方へと身体を向けるべく居ずまいを正してくる。


「金貨の売買が難しいのは解りましたので他の手段を講じたいと思います」

「他の手段か……」

 昨日妹に訊ねられ、俺自身も気になっては少し考えてみたりしたんだけど、

「一番金になりそうな宝石や貴金属は金貨と同じ理由で難しいからな」

 正直、縛りが大きすぎる。

 危ない橋を渡る覚悟があれば、怪しげなショップへと持ち込む手もあるんだろうけど、あいにくとその手の知り合いはいない。

 仮にあったとしても、そんなのに頼ったら最後、尻の毛まで毟られそうだ。


「じゃあ、物を売って稼ぐのは無理なんですね」

「いや、売ること自体は有りだと思うぞ。それに、売る気があれば何だって売れるからな」

「売れるんですか?」

 信じ切れず疑いの眼差しを向けてくる半疑問系な妹だ。


「例えば、異世界にだって芸術品は存在するだろ? 絵画や彫像とか」

「あっ、有ります有ります。昔いた、大勇者って人の一族が芸術家だったとかで……」

「聞いてると、やけに凝った設定だな? オリジナルのラノベでも書くのか?」

「えっ、あぁあ、友達が……考えていて、それの助けを頼まれまして」

 一連の質問は、友人の創作活動の手助けってことか。

「そのお友達に、ラノベが完成したら読ませてくれって言っておいてくれよな」

「あっ、はい……言って、おき、ます」

 ん? 秘密にでもしておきたかったのか、切れの悪い返事だった。


「まぁ、いいや」

 あっさり流して、話を戻す。


「で、何が売れるかって話だったな」

「はい。ですが、兄さん。絵画を売るのも良いんですけど、贈与税とかは大丈夫なんですか? 絵も高い物だと思いますけど」

「絵なら、フリマで安く手に入れたって言えば通じる」

 実際、テレビでやってるお宝の鑑定番組で、そんな感じで数百万とかのお宝をゲットした人とかが出演していたからな。

「だいたい、高い絵ってのは著名な画家が描いたもので、誰も知らない異世界人の絵なんて高額にはならないぞ」

「高くならないんですか……」


「仮に誰が見ても心に訴えてくる様な凄い絵でも、十万いかないんじゃないかな?」

 高額な絵とは基本的に投機対象だ。無名ともなればそれが成り立たないから、安くなるのは必然だ。

「微妙ですね。金貨の価値を三万としたら、かなり目減りしそうです」

 俺もそう思う。

 金を通貨として実際に使ってる世界と、通貨としての価値を無くした金を扱う世界とじゃ、価値が違いすぎるんだろうな。


「いっそ薄利多売ってことで、異世界の工芸品や民芸品の方が儲かるかもな。それこそ、統一されたデザインの品を安定供給できるなら、SNS辺りで紹介されて上手く広まれば、ブランド化も出来るかも」

 捕らぬ狸の皮算用な気もするけど。

「デザインの統一ですか。田舎の村でしたらそういった民芸品もあると思いますので可能ですね。単価も、銅貨数枚でしたし」

「ただ、その手の品で本気で儲ける気があるなら、自分で店を開くか委託できる業者を探す必要があるんだけどな」

「リサイクルショップへと持ち込むのではダメなんですか?」

「ダメでは無いけど、売れても二束三文以下だろ」

 リサイクルショップに並んでいる引き出物のカップセットみたいな扱いだろうな、きっと。

 とても高く買い取ってもらえるとは思えない。


「多少の目減りは覚悟の上で、芸術品でも売った方がいいのかしら?」

「どうだろな――って、そう言えば、異世界ってのはファンタジーな世界観でいいんだよな?」

 一番肝心なことを聞いてなかったのを思いだした。

「あっ、はい。その認識で間違いないと思います。だいたい、中世ヨーロッパの街並みにファンタジー要素が加わってるって感じでした。大きな浮島があったり、ドラゴンがいたりと」

「まるで見てきたかのように語るんだな」

「あっ、いえ、見てきたんじゃなくて……聞きかじったって感じで……」

 ラノベを書こうとしてる友人とやらは、細かく設定を考えるタイプのようだ。


「それなら魔導書とかもあるんだよな?」

「魔法がありますし、王都には魔法を学ぶ学校とかもありましたからね。教科書としてもあったと思います」

「教科書って、印刷技術があるのか?」

「いえ、真っ新な本に別の書物の内容を転写する魔法があるとか」

 それなら単純な材料費だけで済むのか。

「ってことは、本にはそれほど希少価値は無いってことだよな?」

「転写が出来ない魔導書とかもありますが、安いのでしたら本屋で売っていましたね。金貨一枚もあれば、初級の魔導書やちょっとした事典程度なら買えるみたいです」

 一冊数万の書籍か……中世ヨーロッパの聖書とかと比べれば安いんだろうけど、それでも高いな。


「それって紙なのか? それとも羊皮紙なのか?」

「羊皮紙ですよ。あっ、でも、羊の皮以外にも色々な魔獣の皮とかも使ってるみたいです」

 それならいけるな。

 グッと拳を握りしめる。

「兄さん?」

「いやな、羊皮紙の本なら売れる」

「売れるんですか!?」

「羊皮紙で書かれた本ってだけで好事家が買いそうだからな」

「ですが、兄さん。文字なんて地球上のどの言語とも違うんですよ?」

「それはそれでヴォイニッチ手稿みたいにオカルトマニアに受けそうだな。古書店にでもこっそり持ち込めば、面白いことになるかも」

 中二病じみた妄想に、ついニヤけてしまった。


 あと、

「歴史を感じさせる薄汚れた古書とかなら、レイヤー連中も小道具として欲しがると思うぞ」

 魔導師のコスプレとかには必要だろう。

「売れるのでしたら有り難いのですが……コスプレですか」

 俺の言葉が気になったのか、そこに食らいついてくる妹。

「それならば、鎧とか武器とかも売れると思いますか?」

「うーん、鎧はオーダーメイドじゃないからサイズが大変そうだけどな。売れはするんじゃないか?」

 実際、日本の甲冑や西洋の甲冑を制作販売してる会社があるのはテレビで見たことがあったな。


「武器は……銃刀法で捕まりそうだな。ロングソード辺りを刃引きしたとしてもヤバそうだし」

「刃を無くしても駄目なんですか?」

「多分無理だと思う。刃が無くても先端が尖ってるから人を刺せるしな」

 仮に先端を丸めていても鉄の棒だ。そんなの、振り回すだけで殺傷力がある。

「そうなりますと、武器は無理なんですね」

「無理って訳ではないぞ。木製の杖や棍、弓なんかも矢が無ければ問題無いはず。要は、見た感じで殺傷力が無ければいけると思う」


「でしたら、金属製の刃をもたない剣とかでも問題無いのでしょうか?」

「金属製じゃない剣? 光の剣とかか?」

 ファンタジーな世界観ならそう言う伝説の武器的な代物があってもおかしくないはずだ。

「いえ、儀式用の短剣で刀身が鉱石で出来てるヤツです。使い捨てのアイテムらしく、安く手に入ると思うんですけど、どうでしょう?」

「鉱石ってことは、水晶とかそんな感じか? だったら売れるんじゃないかな? ただ、プラスチック製だと安っぽく見えるから、高くはならないと思うぞ」

「大丈夫です。結構幻想的なアイテムっぽい感じでしたから」

 そんな会話を交わした――


      ・

      ・

      ・


 ――数日後。

「兄さん、兄さん」

 数日ぶりに妹に呼び止められる俺がいた。

「確か兄さんはネットオークションのアカウントをお持ちでしたよね?」

「ああ、いくつか作ってるな」

 買いそびれた限定品の確保や不要になったコレクションの販売に使ってるため、アカウントはもっていた。

「でしたらこれ、試しに売っては貰えませんか?」

 そう言って妹が取り出したモノを見て、

「――――ッ!?」

 俺は絶句した。

 大きさは15cmほどで、黒色の柄は無骨ながらも幾本もの赤いラインが走り、何より目を引いたのはその刃先だった。

「プラスチック……じゃなくて、ガラスなのか?」

 触れた感触からして、プラスチックのそれとは明らかに違った。硬質なそれは冷たく透き通っていた。

「こいつはどうしたんだ?」

「先日言った効果の切れた儀し――じゃなかった、えぇっと、知り合いが試しに作ったんですよ。そう、知り合いが。実際に売った場合、どんな感じで売れていくのか知りたくて……」

 一瞬、しどろもどろになったかと思えば、スラスラと言葉が出てくる辺り、言い訳臭い気がするんだよな……

 胡乱げに短剣を見やる。

 まぁ、この出来なら売れそうだな。


      ☆


 翌々日、売れた短剣代を持って妹の部屋を訪ねることに。

『ドアは必ずノックして! とくにお兄ちゃん!!』

 小学三年生の頃に妹が用意したプレートを見ては肩を竦め、ノックする。

 コンコンッと鳴らすこと二回。

「――はい、少し待ってくだ――キャァ!」

 中からは黄色い悲鳴と、


 ガコ、バコ、ズコッ――!!


 複数の乾いた音が聞こえてきた。

「おい、大丈夫か!?」

 慌ててドアを開ければ、部屋の中央で段ボール箱を被るように転けている妹の姿があった。

 セーラー服なのは学校から帰ってきてまだ着替えていないためなんだろう。ただ、その上から見慣れない白い――


「きゃっ!? ちょっと、いきなり入ってこないでよ、お兄ちゃん!」


 バッコーン!

 顔面に何かを投げ付けられ、部屋から追い出された。

「いたたたた、何なんだ……プリン?」

 投げ付けられたそれを手に取れば、未開封のプリンの素だった。


      ・

      ・

      ・


「すみません、いきなり扉を開けるので、少し動転してしまいました」

 素直に謝ってきた妹はセーラー服姿だった。先ほど垣間見えた姿は、セーラー服の上に何か白い物体を身に付けていたように見えたけど、気のせいだったようだ。

「それで兄さん。何の用ですか?」

「ああ、そのことだけど――」

 応えつつも俺の視線は妹の足下に注がれていた。


 それは一つの段ボール箱だ。

 さっき頭から被っていたのはこれみたいなんだけど……蓋の内側に描かれた『あいてむぼっくす』の文字が微妙に気になった。

 そして中にある、金色銀色の輝く小さな物体やプリンの素にマヨネーズやらが詰め込まれているのも――だ。

 たぶん、こいつをぶちまけて悲鳴を上げたんだろう。

 沈着冷静な割りにはドジなところがある妹だからな。

 そんな俺の視線に気付いたのか、段ボール箱を足で押し視線の死角へと押しやってみせた。


「ほれ、短剣代の一万。レイヤーやってる先輩が買い取ってくれたんだ」

 ネットオークションに出品する前、最低落札額の相談をしようとサークルの先輩に見せたところ、有無を言わさず奪い取られたのだ――対価としての一万と引き替えに。

 正直、あの刀身は写真写りが悪くネット越しじゃチープにしか見えず、オークションに掛けたところで五千円もいけば良いところだと思っていたので、それはそれで良かった。

「売れたのですか!?」

 受け取った一万円札を手にし、しきりに感動している妹がいた。

「これで少しは回収できる目処がついたかも」

 材料費でも出していたのかな?

「あっ、それで先輩が、まだ作れるならバイト先のショップに置いても良いって言っていたぞ」

「本当ですか!? 少し待って下さい」

 そう言うと、片隅に隠したはずのアイテムボックスへと振り返り、その中身を漁り出した。


「えぇっと、これとそれとあれと――もう、どれでもいいか、適当に見繕って」

 俺の目の前に差し出されたのは、三本の短剣に二冊の古ぼけた書物だった。

 短剣は先日見たからいいとして、書物は装丁からして歴史を感じさせ、茶褐色の頁を捲ってみれば見たこともない文字列が並んでいた。

 魔導書なら売れるかもとは言ったけど、まさか本当に用意してくるとはな。

 たまに妹の行動力が恐ろしく感じる。


「これは?」

「痛んだ魔法の教科書――っぽいものを作ってみたいんですよ。それも一緒に売ってみては貰えませんか? 一応、羊皮紙風な紙を使ってますから、リアリティ抜群のはずです」

 確かに普通の紙とは質感が違っていた。それこそ、ハリウッドで作ってるファンタジー映画の小道具に使えそうなクオリティだ。

 とても中学生が作った代物には思えなかった。

「あっ、知り合いが作ったんですよ、知り合いが」

 妹には職人の知人でもいるのか?


 ともあれ、本人は隠したがってるみたいだから深く詮索するのは止めておくかな。

「高く売れるかどうかは解らないけど、持ってくだけ持っていってみるよ」

 受け取ったファンタジー的アイテムを両手に抱え、隣の部屋へと戻るべく踵を返した。

 カタッ――

 つま先が何かに当たった。

 視線を落とせば、先ほど投げ付けられたプリンの素の箱がある。

 妹もそれに気付いたのか、俺が何かを口にする前にさっと拾い上げてみせる。そして、何かを思いだしたように、

「兄さん、兄さん」

 それでいて悪戯っぽくも、

「ドラゴンの卵でプリンは作れると思いますか?」

 そんな質問を投げ掛けてくるのだった。


 何て言うか妹のヤツ――

 異世界に行ってるっぽい気がしてきた――かも。

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妹のヤツが異世界に行ってるっぽい。 好風 @air

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