ひと夏の探偵ごっこ

逆立ちパスタ

第1話 出会いは突然に

「やぁ、はじめまして。突然で悪いんだけど君、最近話題の連続殺人事件に興味あるかな?」

大学のキャンパス内。屋外の喫煙所でぼんやりタバコを吸っていた僕に、女性はそう言った。本人の弁の通り、僕は彼女を知らないし、彼女も恐らく僕の事は知らないはずだ。だが彼女は僕に対して声をかけた。この喫煙所には僕しかいないから隣の人に声をかけたとかはない。

長い髪は手入れが行き届いているようで、昼下がりの陽光を吸いキラキラと輝いている。地毛なのか染めているのか知らないが、チョコレートみたいな焦げ茶はその女性に柔らかい印象を与えていた。長めの丈のスカート、足元は綺麗に磨かれたローファー。見た目はまさに清楚なお嬢様だ。そして何度でも言うが、僕の知り合いにこんな女性はいない。

「あの、人違いじゃないですか」

「いや、君だよ君。そこでさっきから何をするでもなくぼーっとタバコを吸って、無意味に肺を汚している君」

清楚と言ったが、前言撤回。口の悪い女性だ。

「タバコを吸うのは自由でしょ。場所も守ってるんだし文句を言われる筋合いないですよ」

「確かに君の言う通りだ。すまない、評価を改めよう。思ったより口の回るそこの君」

「意味が分かりません」

なぜ僕は初対面の女性にこんなボロクソ言われなければいけないのだろうか。変なのに絡まれたな…と場所を変えるために立ち上がると、彼女はまた口を開いた。

「まだ質問に答えてもらっていないな。さっきも言ったが、連続」

「連続殺人事件でしょ。まだ犯人捕まってないやつ。それが何ですか?僕には関係ないですよ。それじゃあ」

言葉を遮り立ち去ろうとするが、それは僕のリュックの紐を握りしめた白い指に阻まれた。

「まぁ待て。その犯人がこの学校の生徒だとしたら、関係ないことは無いだろう?」

思わず振り返ると、彼女はにんまりと口元に弧を描いた。

「私は探偵じゃないけど、探偵になれる人なら見つけられる。一つ謎解きでもどうかな、ホームズくん」

風が吹き抜けるキャンパスで訪れたのは、ひと夏の恋ではなく、ひと夏の謎解き。

これが、僕の探偵ごっこの始まりだった。


「ほほう、ここは君の行きつけの喫茶店というわけか。いい趣味だな、えー…」

「北川です」

「北川くん。あまり探偵らしい名前ではないが、まぁそんな事もあるだろう」

「帰っていいですか」

「せっかくコーヒーを頼んだのに飲まずに帰るのか?変わっているな北川くんは」

「いや、あなたが面倒だから…」

「代金は支払うのか?私はコーヒーがあまり得意では無いから代わりに飲んでやることも出来ない。というかコーヒーが飲めないのに頼んだのか?見栄なのか?今どきコーヒーが飲めなくても男は何も言われないぞ?甘党の男性だってこの世には多く存在するのだからな」

「もういいですよ…」

発想が斜め上というか、はくちょう座のデネブの方まですっ飛んでいる。少し頭が痛くなったような気がした。

ここは、僕が普段通っている喫茶店“Riposo”。大学から少し離れた駅の路地裏にひっそりと佇んでいるその喫茶店は、都内の喧騒を忘れられる静かで過ごしやすい空間を演出している。苦味にまとめられたオリジナルのブレンドコーヒーは、スッキリとした後味が特徴。ケーキは、自家製のフルーツソースを使っているらしく、優しい甘さがまたコーヒーと良くマッチする。いわゆるここの常連なのだから、それくらいは把握済みだ。ケーキセットは少し値が張るのであまり頻繁には食べられないが、少し贅沢をしたい時に奮発する。そのくらいお気に入りの場所なのだ。先ほど僕が注文したのはブレンドコーヒー。目の前で内装に感嘆の声を上げている彼女はダージリンティーとケーキのセットを頼んでいた。

「…で、そもそも貴方はなんなんですか?探偵がどうのとか言ってましたけど」

席についた時に出された水を一口含んでから、僕はそう切り出した。

「あぁ、自己紹介がまだだったな。私は天音という者だ。様々な事件を追っている。つまり、有り体に言えば君のワトソンだ。よろしく」

「意味が分かりません。よろしくしないです」

握手を求めるように差し出された手を一瞥し、僕はため息をついた。その反応を快く思わなかったのか、天音は眉間に皺を寄せ、テーブルの向こうから身を乗り出して僕の左手を掴んだ。

「ちょっ」

「よろしく頼むよ。なんせ、君はこれから名探偵になるんだからね。北川くん」

大げさにぶんぶんと振られた手を勢いのまま離し、今度は僕が眉間に皺を寄せた。帰りたい、なんで僕はこんなのに絡まれているんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る