lunch
hiyu
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最初は目だった。
そのやたらに澄んだ濃い茶色の瞳を見ていたら、どうしても我慢ができなくなった。
とろけるような刺激を。
俺の両手はお前の頬から後頭部を逃がさないようにつかんでいた。俺が顔を近づけると、お前はびくりと震え、そのきれいな目に怯えの色を滲ませた。
「濁らせてんじゃねーよ」
その色が気に入らなかった。さっきまでのくもりのない澄んだあの瞳はどこへ行った?
お前はまたびくりと身体を震わせ、目を閉じて泣きそうな顔でごめんなさい、とつぶやいた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「うるせぇ」
俺は指先に力を入れてその閉じた目を無理矢理こじ開けようとした。後頭部に爪を立てられ、お前はひっと声を上げた。ごめんなさいの羅列が消えて俺は少し気分がよくなった。
恐る恐る目を開くと、まだ怯えの色は残っていたが、涙が滲んでさっきよりはその濁りが薄れているように感じた。目のふちをふらふらと動く涙が光る。
俺は口元を緩ませ、親指でその涙を拭った。
「食わせろ」
そういうと、お前はまた震えた。
目を閉じることは許さなかった。俺の口が近づいたとき、お前が恐怖に引きつったような顔をしたのが分かった。
舌の先でお前の瞳を舐めてやる。ぺろりと、一度。
両手で押さえたお前の顔はがたがたと震えたままで、俺はますます気分がよくなった。だからもう一度、舌を這わせる。目のふちをなぞり、円を描くようにゆっくりと。白目を行き来する俺の舌が怖いのか、それとも舐められると痛むのか、お前がぼろぼろと泣き出した。
しょっぱい。
俺は顔を離し、にやりと笑う。ようやく自由になった顔をうつむかせ、右手で目を押さえてるお前は、恐怖のあまり膝から崩れ落ちてへたり込んでいる。
チャイムが聞こえた。お楽しみタイムが終わりを告げた。
俺はお前を見下ろし、
「ごちそうさん」
自分の唇を舐めながらそう言った。
ああ、まだ足りない。
本当はあの目、吸い出して、食い尽くしてやりたかった。
次に引き付けられたのは首筋。細く白いそれは、薄い皮膚の下にかすかに青い血管を浮き上がらせていた。
昼休みの始まりと共に、俺とお前の時間が始まる。
人気のない場所ならどこでも良かった。空き教室や、使われていない準備室、倉庫、屋上へ続く階段の踊り場。候補は沢山あったが、一番手っ取り早く資料室に決めた。狭いそこは鍵もかかり、めったに人が来ない。
とりあえず今日も怯えるお前を引きずって、俺はお前を食い尽くす。
お前が息を殺して俺の行動を窺う姿は、まるで肉食動物に狙われた小動物みたいだと思った。びくびく怯えて、隅の方でうずくまって、けれど俺からは逃げられるはずがないとちゃんと分かっている。
俺はお前に近づいてその首を左手で押さえた。壁に押し付けられるような格好になったお前が、うっと苦しそうにうめいた。
「立てよ」
そう言うとおとなしく従った。
俺は首をつかんでいた手に力を入れ、さっきよりも強く壁に押し付ける。
息苦しさに首を振ったお前を、しばらく黙って見ていた。ゆっくりと10数えてからその手を放すと、お前が大きく息を吸い込み、そしてむせた。何度も何度も。むせながらその合間にひゅう、と音を立てて大きく呼吸を繰り返す。
お前の首筋の血管が、さっきよりも色濃く浮いていた。俺はお前の身体を押さえつけてその首筋に舌を這わせる。頚動脈をなぞり、あまり目立たない喉仏を舐める。お前はまだ深く息をしていて、そのたびにそれがひょこひょこと動いた。
舌から感じるその感覚がたまらない。
俺は舌を離すと、その喉仏に噛み付いた。もちろん、最初は軽く。
けれどお前はびくんと身体を震わせた。歯が当たる。そこを舐める。そしてまた歯を立てる。今度はさっきより強く。そしてまた舌でなぞる。また、歯を立てる。今度は痕がつくくらいに。
その歯形に舌先を当て、ちろちろと舐める。お前はもう、ひっく、と喉を鳴らしながら泣いていた。
涙が頬を伝い、首筋に落ちる。
俺は今度は頚動脈を狙って噛み付く。歯を立てながら舌をそのふくらみにぺたりと当てた。鼓動を感じた。
食いちぎりたい。
真っ赤な血が噴き出すのを見たい。それがお前の顔を、身体を、真っ赤に染めていくのが見たい。そしてそれは俺をも染める。
立てた歯に力が入る。
このまま、食いちぎりたい。
「う、」
お前の声が漏れた。俺の制服をつかむ両手はさっきから震えっぱなしだ。
俺は口を開け、立てていた歯を外した。けれど舌だけはそのまま頚動脈をなぞるのをやめなかった。
涙に濡れたその首筋はやっぱりしょっぱくて、俺はおかしくなる。舌を離すと、そこから一本の銀糸が伸びた。
「食いたい」
そう言うと、俺の制服を握り締めていたお前の手が少しだけ俺を押し返した。その目は怯えながらも、俺を拒絶しようと必死になっているように見えた。
「食わせろよ、なあ」
お前はぶんぶんと首を振り、震える手にさっきよりも力を入れた。
「抵抗すんなら」
俺はお前の手をつかむ。そして俺の制服から引き剥がす。
「制服握り締めてないで、手のひらで押し返すもんなんじゃねーの?」
その指をわざわざ一本ずつ開いてやり、俺の胸に当ててやる。そしてそれで身体を押し返す真似をして見せた。お前は操り人形みたいに俺にされるがままになっていた。
「そんなにぎゅっと握り締められたら、逆効果」
俺はお前の耳元でそうささやいてやると、もう一度その首筋に舌を這わせる。
やっぱり頚動脈はとくとくと動いていて、それを食いちぎりたくてぞくぞくした。
お前の首は歯形だらけになっていて、このあと、それを周りの人間にどう説明するつもりなのか考えて、笑いたくなった。
「お前の血、すげーうまそう」
食いたい。
ああ、ここで俺がこの喉を噛みちぎってしまえば、お前も余計な言い訳なんかしなくて済むよな。
血の海の中で息絶えるお前は、とても美しいに違いない。
俺はその血を全部すすってしまいたい。一滴も残らず。
このまま組み敷いて、喉を噛み、血にまみれながらお前の身体を食べ尽くす。首から肩、胸、腹、腕、足。その肉を食いちぎり、咀嚼し、飲み込み、俺の中で消化されていく。
そんな想像を、もう何度したかわからない。
俺はお前に執着している。恐ろしいほどに。
目の前で泣いているお前を、狂おしいほどに求めている。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。お前は震えながら深く息を吐き出し、身体中の力を抜いた。
タイムリミット。
俺は歯形のついた首筋を指先ですっとなぞり、お前を置いてその場を去った。
今日はわき腹。
制服を捲り上げ、俺はあばらの浮いたその身体を舐める。その骨の下、くぼんだ場所に手を当てる。そこからゆっくり手を下ろし、腰骨の上辺りを撫でる。ここにした。俺はがぶりと噛み付き、そこに歯の痕を残した。それを舐めてやると、お前が身体を揺らした。痛いのか、くすぐったいのかは分からないが、どっちにしろ俺には関係ない。
俺は同じ箇所を噛む。薄い皮膚は簡単に痕を深め、そのくぼみは何度舐めても舌先にでこぼことした感触を伝えた。
肉付きが薄いせいか、弾力が足りない。俺は場所を変えてもう少し腹に近い所を噛んだ。今度はさっきよりも感触が良かった。力を入れて皮膚を噛み切ると、血が滲んだ。けれど思ったよりも出なかった。じんわりと広がるそれは色も味も薄く、俺は満足できなかった。
喉に比べたら痛覚も鈍いのだろう。お前は涙目ではあるが、声を殺したり、泣きじゃくったりはしない。宙を見つめてただ黙っている。
つまらない、と思った。
けれどしゃくなのでその血を舐め続けた。唾液と交じり合ったそれはますます薄く滲むだけで、どんなに噛んでも、手で搾り出しても、思ったような濃い色にはならなかった。
俺は諦めて身体を離し、その場に座った。
お前が顔を上げて俺を見た。どうしてやめたのか分からないようだった。けれどその目にはまだ不安が残っていて、俺の様子を窺うように目を細めて見ている。
「今日はやめた」
俺が言うと、お前が身体を起こした。まくりあがった制服を直し、恐る恐る俺を見る。
俺はなんとなくその場を動かず、お前もどうしていいか分からずにそのまま座っていた。
お前の首には包帯が巻かれていた。昨日の痕を隠すために。
お前が首の包帯に手をやった。噛まれた痕が痛むのか、うずくのか、そこをさすった。
それを見ていたら、さっきの言葉を撤回したくなった。俺はその手をつかんでお前を押さえつけた。そしてその包帯を外す。
「やだ」
「うるせー」
包帯が落ちると、そこには無残なくらいに赤く腫れたり、青く変色した歯形があった。
腹よりもこっちの方がましだと思った。だから一番どす黒く変色していた場所に歯を立てた。血が滲み、俺はそれを吸い、舐めとる。
「う、あ」
お前が顔をゆがませる。
そりゃ痛いだろう。でも俺はやめなかった。
流れる血を飲み込み、歯を立てる。
「うう」
お前の声が小さく響く。もっと痛みを。身体中を駆け巡るような痛みを。
俺はお前を離さなかった。身じろぎしながら短く声を漏らすお前が泣き出しても、チャイムが鳴るまでずっと。
俺にあんなことをされると分かっているのに、お前は今日も学校に来る。
俺は机に頬杖をついて隣の列、3つ分前の席に着くお前の後ろ姿を眺めていた。4時間目はかったるいことこの上ない数学で、俺はとっくにやる気をなくしていた。お前は真面目に授業を聞き、ノートをとっている。
お前の首に巻かれた包帯を見つめた。
怪我でもしたと思わせたいのか?
けれどそれじゃ逆効果だ。首に怪我なんて、一体どうしたらできるんだ。
あの包帯の下には俺がつけた歯形が隠れているのだと考えたら、恐ろしく興奮した。
俺がお前を食おうとした痕跡。
早く食わせろ。
時計は授業終了まであとほんの数分だった。
今日はどこを狙おうか。そんなことを考えるだけで最高に楽しい。
チャイムが鳴り、俺はいつものようにお前を呼ぶ。怯えながらも素直に俺についてくるお前を、今日も無人の倉庫へ連れ込んだ。
「お前も救いようのない馬鹿だな」
お前は黙って身を震わせている。
さあ、どこを食おう。
全身を嘗め回すように見る俺の視線から逃げるように顔を背けたお前の足元が少し震えていた。後ずさりしようとしてよろめき、なんとか体勢を立て直す。
その瞬間、食うなら太腿が一番うまいんじゃないかと考えた。
だからお前の腕を引っ張り、そのまま押し倒して、ベルトに手をかけた。お前がそれに気付いて暴れだす。両足をばたばたと動かし、両手で俺を叩くように、けれど俺はそれを意に介さず簡単にベルトを外した。お前の爪が俺の頬に傷をつけたが、そんなことは気にならなった。
俺は露わになったその太腿に噛み付いた。お前がうっと声を漏らす。そのままぎりぎりと力を入れると、血が滲んできたのが分かった。口の中に錆びた味が広がった。
俺はそこに吸い付き、その血を残らず飲み込んだ。
弾力と柔らかさのバランスがいいと思った。だから再び、そこに噛み付く。何度も何度も。数え切れないくらいの歯形をそこに残してやる。いくつかは血が滲み、その白い肌の上をゆっくりと垂れていく。
ぞくぞくした。俺はそれをみんな舐め尽くす。そうしたら止まらなかった。本当に食いちぎりたくなった。白い内腿がまるで頬を染めるように赤く色づいていた。
また今日も泣き出すお前が、両手で顔を覆っていた。もう抵抗はしていない。
「何、で……」
泣きながら小さな声でつぶやいた。
「……こんなこと」
「食いたいんだよ」
「どう、して」
「お前を見たときから、食いたかったんだ」
俺は再び太腿に噛み付いた。このまま力を入れれば、食いちぎれる。そうしたい。今すぐにでも。
べろりと舐めると、お前が震えた。恐怖で? それとも──
「お前のこと全部、食い尽してぇ」
何がそうさせるのか。俺の欲求は日に日に増す。
お前だから。
「もう、いやだ……」
吐息混じりのその声は、本当に拒絶なのか?
「無理だ」
「いやだ……」
両腕をクロスさせるようにして自分の顔を覆い、お前が泣く。短く息を継ぐ。その息は熱かった。
俺は気付いていた。さっきからずっと。
俺が噛み付いた太腿。舌を這わせたそのすぐ近く。
お前が勃起していた。
けれど何も言わなかった。俺も、お前も。
俺は最後にまだ滲んでいた血を舐めると、立ち上がる。
チャイムが鳴る前に俺はその場を去った。
あれで興奮するお前はどうかしている。
今日もお前は真面目に授業を受けている。その後ろ姿はどこか頼りなく、小さく見えた。
俺は昨日飲み込んだ血の味が忘れられなかった。今すぐにでもあいつを押さえつけて、また肉を噛み切り、血を流してやりたかった。そしてそれをすすりたかった。
そんな風に思う俺も、どうかしている。
そんなことは初めからわかっていた。けれどその衝動は止められなかった。
授業終了のチャイムが鳴った。俺はお前に目をやった。なぜかお前は俺より先に席を立ち、俺の方へと歩いてきた。俺の前で立ち止まり、きゅっと口をつぐんで俺の言葉を待っているようだった。
俺は無言で席を立ち、教室を出る。後ろからお前が静かについてきた。
空き教室。俺はそこに入る。お前も続いた。きちんとドアを閉め、鍵をかける。
振り返ると、お前も足を止めた。
おどおどしながら、お前が俺を見つめる。俺はお前の腕をつかみ、壁に押しやった。背中を壁にぶつけ、お前が少し顔をゆがめる。
「なあ、食わせろよ」
俺はお前を壁に押し付け、その顔を動かないように固定した。
「食いたい」
俺の舌がゆっくりと自分の唇を舐める。それをお前が目で追っていた。
にやりと笑ってやると、俺の目を見た。
俺の舌が気になるなら、いくらでも味あわせてやる。その代わり、俺ももう容赦はしない。
噛み潰す。
お前の眼球を。
食いちぎる。
お前の喉を。
咀嚼する。
お前の太腿を。
お前の目が揺らいだ。涙の滲むそれを、俺は見つめた。
まるで時間が止まったかのような静寂。俺の両手の間におとなしく収まるお前の頭。そして俺から目を離さないお前。
俺は黙ってその目を見つめ返す。
その焦げ茶色の瞳を、吸いだしたい。口の中で転がして、噛み潰したい。ぷつんと音を立ててそれが潰れるとき、俺の口内にどんな味が広がるのか試してみたい。
俺は自分の唇を舐める。ゆっくりと。
次の瞬間、お前が俺の唇を奪っていた。
重ねられた唇は最初はぎこちなく、そしてゆっくりと俺の舌を吸い込む。お前の舌がぬらりと絡まる。深く。
お前の呼吸が荒くなる。俺は静かにその様子を見ていた。すぐ近くに閉じられた目があった。うまく息継ぎができないのか、時々唇がずらされ、大きく息を吸い込み、また再び舌が絡まる。
ようやくそれが離されたとき、お前が泣きそうな顔で俺を見ていた。
いかれたのかと思った。
何でこいつは俺にキスなんてするんだ。
「お、れ……」
お前が震える声でつぶやく。けれどそのあとは声にならなかった。ぽろぽろと涙をこぼして、そのまましゃくりあげる。
「おい」
俺が声をかけると、お前は濡れた目をこちらに向けた。
「食いたい」
ぴくりとお前の肩が震えた。
俺はお前の唇に自分のそれを重ねた。お前が目を閉じるのを確認してから、俺はおもいきり歯を立てた。お前の唇からはとめどなく血があふれてきて、俺たち二人の口内を侵していく。
多分──このまま俺がお前を食い尽くしてしまっても、お前はきっとそれを後悔したりはしないのだろう、と思った。
今、お前の舌を噛みちぎれば、きっとその血はもう止まらない。俺はそれを飲み干し、お前の舌をも飲み込む。
お前の舌は執拗に俺を求めて口内をさまよう。けれど、俺はただ、あふれるお前の血液を飲み尽くすことだけを考えていた。
了
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