竜宮輝夜記 時めきたるは、月の竜王/糸森 環
角川ビーンズ文庫
登場人物紹介/一章 華やかなるは、月の秘儀 其ノ一
◆◆◆登場人物紹介◆◆◆
◆紗良(さら)
神竜に奉仕する、神奴冶古(かめやこ)として召し上げられる
◆由衣王(ゆいおう)
半神半人の竜のひとり。桔梗の里の主
◆月時王(つきじおう)
半神半人の竜のひとり。紅梅の里の主
◆多々王(たたおう)
半神半人の竜のひとり。春椿の里の主
◆小瑠王(こるおう)
半神半人の竜のひとり。曼珠の里の主
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
獣は微睡む。
獣の花が香るまで、
その眠りは誰にも妨げられることがない。
百年がすぎ、二百を超えようとも。
獣は宵の帳の奥で、息を潜めて眠り続ける。
天が
これは
「竜の君」
彼女は
どうして、と彼女は泣きたい思いで竜を見つめる。今生ではもはや二度と会うことはないだろうと
だから来世に夢を見た。もしも生まれ変わることができたら、毎夜、
そのとき、ひとめだけでもいいからあなたに
──けれど、本当の望みは
「つむじ曲がりな心
天の都にある
そのしるしに、地上を照らす月光の
天空暮らしの貴人が乗る
神車の
神車は月光の路を
「大漁だわ……!」
その夜、一人の
年の
本来はふっくらとした愛らしい
「でもどうしたんだろ、今日に限って
鮑玉とは
他の海女たちは、さすがに
漁は当番制なので、仕事を割り当てられた海女はそこで一時的に
緒屋に戻る海女たちは「
これで粉薬を作りたい。真珠は装身具の他、薬としても重宝される。女に活力を
紗良には親がいない。五年前に、生誕の地である
だが紗良は、自身を
里人たちは、
「今日の漁、かなりおいしい。もう一回
手に乗せた貝を見つめてにやついていたが、ふと冷静になる。
今夜はなぜか手元がよく見える。というより、月がやけに明るい?
おかしいと紗良は疑念を
夜空に目を向け、紗良は固まった。頭上を、黄金の神車の列が渡っている。
輿の
彼らは大胆な
天上人は基本として肌を晒さないものだが、そういった事情もやはり紗良にはわからない。ただ、官吏の
官吏の一人が紗良に近づき、
「葉月の十の宮、三日月夜に生まれたる
ぽかんとしていると、官吏は手にあった
「紗の名を持つなら、
そりゃ織物より漁のほうがここでは手っ取り早く
里人は
「……ふん、孤児だったか? なら仕方がない」
官吏は勝手に
「まあいい、誉れに
「誉れ?」
「──
「
紗良は
はじめはそんな感想しか出てこなかったが、じわじわと理解が追いつく。
甕月儀。貴なる神竜。神奴冶古。
──
そのなかでも
天都には
彼らのなかに交じるもっとも若い娘に目をとめ、紗良は内心あっと声を上げる。
──選ばれたのは私じゃない!
葉月の季節に生まれたのは紗良だけではない。
自分の片割れに等しい存在である彼女を、紗良は
紗和子は、いままでに見たことがないというほど
見つめ合って、気づく。とうに紗和子は自分が選定されたことを知っているのた。今夜のうちになにか神がかりな知らせがあったのかもしれない。
紗良は
そちらを見る
二人は
紗和子の
「神霊の奴として召されしこと、上無き
「なに言ってるの紗良!
紗良はとっさに後ろ手で彼女の
「……なんだ? そちらの里人が紗の
官吏がいぶかしげに扇を軽く
「私です!」「あたしです!」と紗良と紗和子は同時に挙手し、睨み合った。
「どういうことだ。里人
官吏の声に
「どちらでもよいだろう」
官吏とは別の、若い男の声が横から割りこんできた。
「紗だろうが
男の
姿を現したのは、心
──天上人ってすごい。
紗良は
「そもそも甕月儀など、里人
目を白黒させる官吏を見下ろし、
「どうせ数年
「そ、そのようなことを、
慌てふためく官吏の言葉を、男が一睨みでとめる。
年は若いようだが、官吏よりも
「それで」と男が視線をこちらに投げてくる。まるで
「どちらの娘だ」
紗良と紗和子は全身を
近い未来にもたらされる死を想像することは、やっぱり
「わ、私です! 私が行かせていただきます!」
「ばかっ、紗良! あたし! あたしが行くのよ!」
夫婦の
花直衣の貴人は鬱陶しげに紗良たちを
「……より健康な娘はどちらだ」
その問いかけに、紗良たちはふたたび顔を見合わせた。
つまりこれは、「長期の労働に
「──当然ながら! 私です! 健康と言えば私です、なにせ生まれたときから熱ひとつ出したことがありません!」
「紗良ったら!」
「海にも長く
「なっ……、あたしのほうが、
「壊れる織り機が悪いのよ!」
「
紗良は内心
──
「そうだ! 私は身寄りがないので死んでも
「紗良!! ふざけたことを言わないで!」
天上人の前だというのに、紗和子が顔を真っ赤にして
「それに、学はありませんが、文字は読めます! ものを数えることもできるし、
すっかり頭に血がのぼってしまっていたために忘れていたのだが、
まずい! これだとすぐ死にそうだって誤解される!!
実際、花直衣の男の視線が厳しくなっている。
「見てください、この通り紗良は
ここぞとばかりに紗和子が
「ちょっとやめて紗和子、私が健康なのはよく知っているくせに──げほっ、ぐぇ」
「ほら、無理をするからよ!」
花直衣の男が近づいてきた。紗良は咳きこみながらも紗和子を背に
「ほ、本当に身体は
「──おまえを連れていく」
「だめです、紗和子には情をかわした相手がいるんだから──えっ? がふっごほ」
花直衣の男は、紗良の頭をぽこんと軽く
健康そうな女じゃなくて、いまにも死にそうに見える女を連れていく……?
なぜ? 混乱する紗良を、彼は
「それにしても
「ばか! ばか紗良! 絶対に許さないから!」
よろよろと
「あたしが選ばれたって言ったじゃない!」
「でも、どっちでもいいみたいだったし。紗良も紗和子も似たようなもんだわ」
少なくとも彼ら天上人にとっては、入れ
「よくないわ! なんにもよくない。だいたいさっきの言い草はなんなの? 身寄りがないとか後腐れがないとか、あたしたちの前でよく言えたわね!」
「
「ならないわばか! あんたはあたしの妹分でしょ、さっきの取り消しなさいよ、なんて
紗和子がわんわんと声を上げて泣く。
「ねえ、紗和子が
「なに言ってるの、本当にばかなんだから……。二度とここに帰ってこられないのよ、あたしたちと会えなくなって、あんたは平気なの?」
「会ってるときだって、会っていないときだって、私は紗和子たちが恋しいわ。だからどこにいたって同じでしょ?」
紗和子が泣きじゃくるせいで、こちらまで鼻の奥が熱くなってくる。困ってしまう。
「神仕えの身になるのよ。きっときれいな衣をもらえるだろうし、
幸せになれ、限りなく幸せになれと
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