2-3

「一番はきれいにすること。触らないこと。気にしないこと。あなたぐらいの症状なら薬は要らない。数日の我慢よ」

「無理だわ。なんて店なの、」

 娘は手ぬぐいをかぶって、地面を踏みしめるように歩いて行った。

「一個ぐらいで大げさな」

 詩乃がキセルにたばこを詰める。

「そうは言っても、年頃の娘さんには、あれは痛手ですよ」

「だからと言って、変な薬を塗れば、痕になるばかりか、小さくて見えなかったものを大きくさせかねないからね。何事も起こらなきゃいいけどね」


 数日後。

 六薬堂に与力の岡 征十郎がやってきた。

「それで?」

 詩乃は起きたてかのように大あくびをしながら私室から出てきた。

 岡 征十郎は眉をひそめ、―こういう女なのだ、こういう下品な奴なのだ―と呆れながら、

「以前この店で、吹き出物用の軟膏を買った娘の顔がひどく赤く腫れあがったと報告があった」

「吹き出物用の軟膏?」

「そうだ。売ったか?」

「……どんな娘?」

「売ったかどうかを聞いている」

「吹き出物用の軟膏を売ったかい?」

 詩乃が番頭に聞く。番頭は首を振り、

「ですが、在庫が一個足りなくなっていました」

 詩乃は肩眉を上げる。在庫管理をちゃんとしておくように言いつけていたのに、とは言わない。詩乃自体がちょくちょく番頭に言わずに持ち出しているからだ。


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