葡萄の色
坪井靖洋
上
この街のことを「
アリジゴクに落ちた蟻が最後に見る景色だね、と言ったのは
遥はサキソフォンができた。それで吹奏楽部に入った。私とはそこで会った。私は打楽器係りだった。なにひとつ満足に出来なかった。吹奏楽部の練習場所は食堂だったから、やたらに長いテーブルを隅に寄せてたくさんの椅子を扇形に並べて、その椅子のひとつに楽器と楽譜と、鉛筆を一本置いて居場所をつくった。遥は譜面台に紅いスワブをぶら下げるのが習慣だった。私は彼女のことが気になっていたわけでは無かった。銀とか金の楽器の中にある紅があまりにも鮮やかで、憶えている。
打楽器の同級生男二人は最初こそ吹奏楽団員であったが次第にドラムセットやエレキギターをかき鳴らす高校生バンドグループに変貌しつつあった。高校二年になる頃には打楽器の指定練習場所だった食堂横の控室は、もうドラムとギターの音で何も聞こえなくなってしまった。肩身の狭い私は
「どこまで持ってくの、もしかして泥棒?」遥に笑われた。
「そっちこそ食堂でやりなよ、サックスの奴ならいっぱいいるでしょう」
「いいよ、聞こえないし」
遥はまた楽器を吹いた。何かの曲の、ソロらしかった。前の学校で
夏休みが明けて九月になった。打楽器の練習室はいよいよメロコアバンドグループに占拠されて、私はもう楽器を取りに行くことしかできなくなった。車輪付きの鉄琴は持ち運びが楽なことだけが幸いである。
食堂裏の非常階段には、いつも遥がいるようになっていた。
「最近どうですか」
私は遥に会うたびに、つまらない質問をした。
「可もなく、不可もなく」
遥の返事もいつも変わらない。そうして続く無言の同意が食堂裏に二人を縛り付けた。もう、半年以上も。
その時は、モルタルの壁に張り付いたセミがジジリと短く鳴いた。
私は少し悪い思いつきをした。
「今日、サボらない?」
遥がこちらを見た。
「それ、いいね」
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