異世界の暗号解読スキルで返り咲く!
夏野扇
○●○第一章○●○
第一話 異世界の暗号の森!
俺は、高校に通っている男子学生だ。現在、新聞の問題を解いている。クロスワードパズルだ。
寝る前に少しだけクロスワードパズルを解こうと思ったら、かなりの時間を費やしてしまった。でも、高校の課題はすでにこなしてある。手抜かりは無い。
今は、クロスワードパズルの最後の問題を解いている。結構な難問だ。
「なんとか、問題が解けたな」
答えを確認する。
【暗号解読スキルを獲得しました。異世界の誰かの人生に転生します】
「なんだ、これは?」
俺は何かが動き出したことに気づいて、問題の文面から顔を上げた。
信じられないことに俺の家が俺を中心にして、ぐるぐると回っていたのだ。
これは、忍者屋敷か、遊園地のアトラクションか。
「っ……!?」
やはり、脳が損傷したと考えるのが妥当だろう。救急車を呼ぼうとスマホをスタンバイしたが、うっかり落としてしまった。
「しまった……!」
動転している俺の世界は回り、ぐるぐると螺旋を描きながら、俺の魂がどこかに吸い込まれていく。
視界がぐにゃりとゆがむ。俺が俺でなくなるような錯覚がある。
少しの浮遊感の後、ガクンと、うたた寝をして目覚めたときのような感覚に陥った。
「はっ……!?」
小鳥のさえずりが聞こえた。
その音が夢から目覚めるように近く大きくなる。
ぼんやりと顔を上げた。
「ここは、どこだ……? 森の中……?」
辺りを見回すと、辺り一面森が広がっていた。
街中の排気ガスの混じった空気に比べて、ここは清澄で空気が美味しい。
ひんやりとして、湿度があって、木々と土の匂いがする。
「アレ……? 俺の住んでいるところから森は、ほど遠いはずだが……?」
どこからともなく聞こえてきた靴音が、こちらに近づいてくる。
「誰かがこちらに駆けて来ている……? 誰だ……?」
木漏れ日の中を影が現れた。
それは、確実にこちらに駆けてくる。俺の前を通り過ぎる寸前で、それは俺に気づいて自動車の車庫入れのようにバックしてきた。
「このままだと、『暗号』に捕まってしまいますっ! 貴方も『暗号の森』から早く脱出してくださいっ!」
女は、俺に警告しながら、すぐに逃げ出せるように足踏みしている。
そこに居るのはこの女だけだ。後は森が広がっているのみだ。
「この何の変哲も無い森が、暗号の森なのか? そして、暗号に捕まる? どこが暗号なのか全く分からないけどな?」
目の前でうろたえている女は、容姿端麗ですらっとしている。俺は、高校生だ。彼女は、少しだけ年下だろうか。
俺はというと、大木の下で凭れて座っていた。
振り返り、大木の幹の筋を確認していぶかしんだ。いかんせん、こんなところに座った記憶は無い。
木漏れ日の降り注ぐ木々を見上げると、風の音でさざ波のように葉が鳴っている。
「早く逃げてくださいと言ってるんですがっ! 早くっ!」
悠長に構えている俺に、女が怒っている。
視線を戻すと先ほどの女が右往左往していた。
「暗号の森って言っていたけど?」
「そうですっ! 早く『暗号の森』の『暗号』を解かないといけないんですがっ!」
「……暗号を解く?」
「難しすぎてできないですから、早く逃げてくださいと言っているんですっ!」
「暗号を解けと言ったり、逃げろと言ったり、可笑しな話だ。そもそも、暗号なんてものが襲ってくるはずがない」
俺は、ナンセンスだと肩をすくめる。
「でも、暗号は襲ってくるんですっ!」
再び、俺が肩をすくめると、この女はイラっとしていた。
「もしかして、俺は夢を見ているのか? 昨日、寝る前に解いていたクロスワードパズルのせいで、影響を受けた夢を見ているのか?」
「はぁあああっ!? 何言ってんですかっ!? 寝ぼけている場合じゃないですよっ!」
目の前の女は焦っているが、俺は気楽な気分だった。
俺は、ニヒルにフッと笑った。
「どうやら、現在夢物語の中にいるようだ。そういえば、誰かの人生に転生しますなんて、面白い問題の答えだったじゃないか。クックック!」
思い出し笑いをする俺に、この女は呆れ返っている。
「ハッ。もう、眠った方が良いですよっ。ここでいたら、確実に永久に眠らされますので、それも良いかもしれないですねっ? じゃ、私は一人で逃げますのでっ!」
「クックック! 楽しそうだから、暫くつきあってやるか! ハハハ!」
「……ッ!」
面白がる俺に、女はかなり顔面に怒りを溜めているようだ。
「一人で逃げますので、付き合ってもらわなくて結構なんですがっ!」
俺は、立ち上がって土埃を払った。俺は、サラリと髪をかき上げる。
「はた迷惑な話だよなぁ。それで、暗号って誰が仕向けたんだ?」
今度は、疲れたようにため息をついている。
怒ったり疲れたり忙しい女だ。
「……私たちが、暗号の罠にかかっちゃったからなんですがっ」
「えっ? どういうことだ? わけが分からないが、暗号があるなら解いてみたいけどな!」
「ふざけている暇はないですよっ! 早く逃げないとっ!」
俺は、フッとニヒルに笑った。
「まさか、逃げるか暗号を解くかしないと死ぬのか? そんな馬鹿な!」
「死ぬんですっ!」
「は?」
「ほらっ! 暗号が迫ってきているだろうがっ! ですっ!」
女が、涙目で自分の後ろを指差している。
辺りに目を馳せる。
暗号が無数に四方八方から押し寄せてきている。これが暗号なのか。
しかし、俺はホログラムの映像だと甘く見ていた。
「……!?」
不思議なことに、押し寄せてきている暗号に触れることができた。それは冷たくも熱くもないが、押し返せない。それどころか、急速にこちらに近寄ってきていた。どうやら、この暗号が四方八方から迫ってくると、自動的に押しつぶされてしまうということらしい。
そうこうしているうちに、暗号の中に押し込められてしまった。こうなってくると焦らずには居られない。
「何だこれは……!」
気づいたときには、俺は女と背中合わせになって追い詰められていた。
目の前の女が悲鳴を上げた。
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