サテモ散ル散ル花ノ先
若生竜夜
梅乃と雛芥子
はらりはらりと残り花。あわき
雨がはけずに残る道、梅乃はついと見下ろして、いまいましげにため息落とす、今日いく度目であることか。
舶来あつかう商人の器量評判娘姉妹。姉は十八番茶も出ばな、妹も十七花ざかり。菊乃に梅乃とそれぞれに、うつくしき名のつけられた、気立ては姉が、かんばせは、妹の梅乃がまさるとは、おしゃべり口の町すずめ。
お乳母日傘に育てられ、蝶よ花よの身の上の、その梅乃嬢がなにゆえに、人けもすくなき川べりの林の中へひとりきり、踏み入る用などないはずを。
くちゃり足もとぬかる道、
「もうっ、本当にいまいましい」
舌打ちこそはいたさねど、思わずついて出た口を、アラはしたないと白魚の指が押さえて、あたりを見回し。
「わたくしとしたことが」
通う人もないさまに、だれにも聞かれず済んだわと、ホッと今度は安堵の吐息。
そろりそろりと歩きだす、ぞうりがうす紅まだらを踏んで林の奥へまたさらに。したが数歩と進まぬうちに、花の陰から呼ばう声。
「田岡さま」
されど隠せぬ面やつれ、化粧の下に透けて見え。燠火のごとき暗い火を、目に燈したるこの娘、カッフェに勤める娼妓まがい、雛芥子と名乗る女給なり。
「あなた、どういうつもりなの」
尋ねる声は
「こんなところへ呼び出して、話というなら早くおっしゃい」
雨も上がるや朝早く、そこらの子どもに駄賃して
『かねてよりのご相談、
走り書いたる
そも伊祖上とは何者か。
ことのはじめはこの正月、明けてとんどに松飾りくべて作りしありがたの灰持ち帰り宅周り囲うように撒き終えて、茶果の支度を申しつけ、ひと息ついたあとのこと。
父の懇意の取引が、
それが伊祖上、名は
さてこの伊祖上青年は、娘ごころに気付いたか、まんざらでもない様子にて、以後用ありて寄るたびに、なにやらかやらと梅乃へと、
髪結いあげる
いずれめでたの約束を進めてみるかと父上が、声かけるまでそれほどの時はかからず、如月の半ばも過ぎたとある日に、二人並べて
されどものごと順序あり。姉の菊乃がまず先よ。菊乃の嫁ぎが決まらねば、梅乃が先に許婚持つは世間の笑い
さて、内々とはいうものの、許しが出たには変わりなく。みなの川ではなけれども恋ぞつもりて淵となり、やがてあふれる恋情に、表ですらもわがままを梅乃隠さず見せはじめ、ついには人の口の端に、田岡の下の娘がと、なにかと上るになったれば、噂されるを厭うたか、あれほど顔を見せていた伊祖上の足が遠くなる。
一日千秋いら立ちて梅乃気鬱に過ごすうち、親切めかして奉公の女中の一人が伊祖上の所在行状聞きこんで、ひそりと梅乃に耳打ちし、梅乃の血相変わりたる。
「
まさかそんなとはねつけて、
カフェ・ライオンやタイガーに比べるものにはなけれども、青みがかった
「梅乃さん」
腕にからまる
なれど太きは伊祖上の
「どうしていらっしたのです。ここはあなたのようなお嬢さんの来る店ではありません」
そら行きましょうと口にして、梅乃の細き肩を押し。くるり、店から離れる道を向かせてそのまま歩もうと、足踏み出したが、それしきで
「嫌っ、参りません」
腕振りほどき向き直り、キッと見上げた梅乃嬢。両目にたたえたるものは、いずれ真珠か水晶か、こぼれんばかりに大粒の清らかなるかな涙なり。
「あんまりですわ、庸亮さま。お顔をお見せにいらっしゃらないと思っておりましたら、このような、っ……、このような……っ」
いかがわしい場所へなどと、と伊祖上の胸にすがりてほろほろと涙流してなじりたる。
伊祖上ようやくここにきて、きまり悪げな様子にて、
「いや、まいりました……。梅乃さん、そう泣きじゃくらないで。ぼくが浅はかでありました」
「それじゃもう、もう、こんな場所へはいらっしゃらずに」
「ええ、わかりましたとも。お約束します。ここへはもう、金輪際、誓って参りやしませんから。さあこれで涙を拭いて、いつもの笑顔を見せてください」
ハンケチイフを手渡され、涙ぬぐいてにっこりと梅乃笑いてことは済み、これぞめでたし大団円。
そう思うたのは儚き幻……。
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