ロスト・オリジナル
柳居紘和
トムと博士
私は科学者だ。人気のないこの山奥で一人で暮らしていた。
私は人間が嫌いだった。外面良く振舞っている反面、心内で醜い考えを持っているところが嫌だ。
人間は信用ならない、他人は恐ろしい、隠された心の中は気持ち悪い。
だから私は社会から離脱した。今は自給自足の生活を送っている。
しかしながら私も人間であることにかわりはなく、話し相手がいないと自我を保つことが難しい。
だから私は、それを作ろうと考えた。信用できる友人を。
そうして出来たのがトムだ。
彼は人間ではない。骨格の代わりに鉄の脊椎で身体を支え、筋肉の代わりにゴムやバネで身体を動かし、神経の代わりに電気回路で自分を制御・駆動させ、血管の代わりのチューブにはオイルが流れている。
ブレインとなる人工知能は私の脳をコピーして作った。だから彼は私の分身といってもいいくらいに同じ思考回路を持っている。
トムを完成させるまでに何度も失敗を繰り返した。どうしても思考回路の同期が上手くいかなかったのだ。
ある機体は記憶の保持に問題があり、またある機体は自我を持てずに発狂してしまった。
それらの幾つもの機体を処分、解体、研究し、私はついにトムを作成することに成功したのだ。
「調子はどうだい、トム?」
私は彼に尋ねる。そろそろメンテナンスの時期だ。不調のあるパーツは新しいものに交換しなければならない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「調子はどうだい、トム?」
ドクターが僕に尋ねた。彼は僕の主治医だ。
「そうだな…少し膝の関節が痛いかな。」
最近気になっていた身体の痛みを僕は伝えた。
ドクターは僕が作ったロボットだ。
人間が嫌いな僕はこの山奥で暮らすことにした。しかし、食料は自給自足できても病気や怪我は一人ではどうしようもない。
だから僕は医学書、機械工学書を徹底的に読み、独自の研究を重ね、ドクターを開発した。
彼と暮らすようになってからは定期的に身体を検診してもらっている。おかげさまで僕は健康に暮らすことができている。
しかし彼はまだ不完全だ。近々改良を施さなければならない。
不具合がなくならないようならば、一度取り壊してまた新しい機体を作る必要がある。
今の不調の具合を診させたら、話をしてみよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一週間後、必要な部品の作成が終わったので私はトムをラボに呼んだ。
トムの電源を落とし、痛覚を遮断する。人間でいうところの麻酔だ。
そしてガタが着ていた関節の駆動モーターとゴムベルトを交換し、トムの電源を入れなおした。
「どうだい?トム。関節は痛むかい?」
「うん、良くなったよドクター。」
「そうかい、良かった。もし動きにくくなることがあるなら言ってくれ。」
「…。」
私は不要な部品をジャンクボックスに放り込んだ。部品は金属質な音を立てて、古い物の上に積み重なった。
「ドクター、話があるんだ。」
「ん?どうした。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
トムもまた、失敗作だった。
彼は自分が私を作ったと勘違いしていたのだ。
錯乱したトムは私を殺そうと、近くにあった鉄パイプで私に襲い掛かってきた。
私は咄嗟にスタンガンで彼の活動を強制的に終了させた。
危うく自分で作った機械に殺されてしまうところだった。
殴られた左腕が強く痛む、どうやら骨が折れてしまったようだ。
車の運転ならば右手でも可能だろう。私は横たわるトムの頭を踏みつけ、車の鍵を探した。
踏みつけられたトムの頭はただの鉄くずになった、後で倉庫に片付けなければならないだろう。
全く、いつになったら完全なロボットを作ることが出来るのだろうか。
折れた左腕に目をやると、衣服が破れ、腕からは骨の代わりに鉄骨が顔を出し、血液の代わりにオイルが流れ、火花が散っていた…。
私は車の鍵を探すのを止め、トムを担ぎ上げ、今までの失敗作が打ち捨てられている倉庫の鍵を開けた。
倉庫は肉が腐ったような、鼻にまとわりつく異臭に包まれていた。
「…そうだったのか、私もまた―」
ロスト・オリジナル 柳居紘和 @Raffrat
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