【コルサス王国編】放逐騎士と荒野の王子

Episode_12.01 思いの強さ


 オークの軍勢に急襲されたトトマの街は混乱に陥っていた。デルフィル側の国境に続く西の入口、そしてダーリアに続く東の入口、さらに北側の外壁を乗り越えて三方向から押し寄せたオーク兵達に、トトマを防衛する衛兵隊の対応は後手にまわったものになる。東西の入口には衛兵団の詰所があるが、現在は専ら南へ続く街道側の監視を優先させていた彼等は碌な備えも無く、虚を突かれる格好になっていたのだ。


「北側にはいつもの歩哨小隊を出していたのだぞ、なんで突然襲われるんだ?」

「団長! そんな事よりも住民の避難を!」

「なぜだ? ベロス、お前の責任だぞ! オレはちゃんと、やるべきことはやっていたんだぞ!」


 街の中心に或る衛兵本部ではトトマの衛兵団を率いる団長が、突然の襲撃、という現実を受け入れられないように叫んでいる。副官のべロスは取り乱す団長の気を静めさせようと、あれこれ声を掛けてみるが、病的な取り乱し方は治まる気配が無かった。その様子にベロスは、不意に見限ったような表情となる。


(こいつぁ……さっぱり駄目だ)


 各村や街に配された衛兵団、その団長は騎士を除けば兵士の最高位に当たる。王子派の国境伯アートン公爵家が支配する村や街にはこのような衛兵団があって、各一人の衛兵団長が警備と治安の維持を担っている。重要な役職であるが、その役に就くものの経緯は様々だ。ベロスの目の前で、年甲斐も無く取り乱す四十絡みの男は、


(……たしか、行政管理官殿の次男だったか……まぁ、仕方ない)


 ベロスは何か決心したように、部下の兵長達へ指示を飛ばす。


「北側の住民を数か所に集めて兵を配置しろ……街道会館とその周辺の宿あたりが良いだろう。その後、順次守りの堅い南側の居館へ誘導するんだ。南側の住人には直接居館へ逃げ込むように呼び掛けるんだ」

「ベロス副長、応援は?」


 ベロスの指示に問い掛けるのは、ベロスと同郷の森人の弓兵長だ。


「そうだな、火急の事だ。ダーリアの衛兵団と南のエトシア騎士団に伝令を出してくれ」

「分かりました!」


 その兵長はすぐさま別の兵に伝令を出すことを指示する。指示を受けた衛兵が詰所の建物を飛び出して行った。ベロスはその後ろ姿をチラと見た後、さらに指示を続ける。


「東西と南への街道の交差地点、それにトトマ街道会館の外壁を利用して防衛線を作るんだ。敵はオークだ、略奪して気が済めば引き上げていくだろう」


 ベロスの判断は、街を取り囲む外壁近辺の人家や商店をある程度犠牲にする前提のものだ。対応が遅れてしまった防衛側である衛兵団が、これからむやみに広い地域を防衛しようと頑張れば、折角の防衛線が破綻しかねない。


「調子に乗っている時のアイツらは厄介だが、抵抗が強固だと知れば退いて行く、良いな!」

「はい!」


 森人の若者の返事を合図に各兵長が散っていく。その後ろ姿を見ながらベロスは残った兵に申し付ける。


「団長を安全な部屋にお連れしろ」

「は?」

「閉じ込めて置けということだ! 変な指示を出されたら困る」

「わ、分かりました!」


 残った兵達に両脇を掴まれて地下の倉庫へ連れて行かれる団長は未だなにか喚いているが、そんな後ろ姿を見送りつつ、ベロスは溜息を吐く。


(こりゃ……俺も兄貴みたいに衛兵団を追われるかもな……兄貴はリムルベートで木こりをやってるんだっけか……いっそ、その方が気が楽か)


 十歳ほど年の離れた兄は、十二年前の或る大戦を契機に衛兵団を追放されていた。ベロスはそんな兄ロスペの事を思い出すが、この後の心配よりも今を何とかするために頭の中を切りかえて、外へ駈け出して行った。


****************************************


「マーシュさん! 街が……トトマが燃えています!」

「なに!」

「なぜだ! まだ早いぞ……それに火を掛けるなど、打ち合わせと違う!」


 トトマの街付近、北の森に潜伏していた「解放戦線」の面々は、斥候を買って出たダレスの報告に色めき立つ。特にマーシュとロージはその内容に動揺が大きかった。


「兄貴、開始は夜明け前のはずだろ?」

「ああ、間違いない。それに、少し略奪するだけのはずなのに……」


 作戦に何か手違いがあったのか、予定が間違って伝わったのか? しかし、ここでこうしてジッとしていては、これまでの約半年を掛けた作戦が台無しになってしまう。そんな思いからマーシュは部隊に号令を掛けた。


「予定変更だ、これからトトマへ向う!」


 マーシュの号令を受けた「解放戦線」騎兵五十に歩兵が四百の部隊は粗末な野営の痕跡を消すと、隊列を整えて南下を開始する。目指すは炎を上げるトトマの街である。


****************************************


 トトマの街へ駆け出したユーリーは、後ろを付いて来たレイを制止させるために馬を止めざるを得なかった。ユーリーの騎馬である黒毛の軍馬は、速度を緩めるとレイモンドの駆る馬の進路を邪魔するようにして行く手を塞ぐ。そして、


「レイ、君は戻るんだ」

「駄目だ、民を救わなければ!」

「君には関係ないだろう!」

「違う! 私は……」


 そんなやり取りをする内に後続の隊商が追いついて来た。その先頭は騎士アーヴィルとヨシンだ。アーヴィルは馬の勢いのままレイに近付くと馬上から、同じく馬上のレイの右腕を掴む。そして、


「いけません! 御身の安全を第一に!」

「……アーヴィル! 離せ!」

「離しません!」


 そんな二人のやり取りを横目で見つつヨシンはユーリーに近付くと、アーヴィルほどでは無いにせよ、大き目の声で言う。


「ユーリー、一体何を考えてるんだ! どう考えたって突っ込んで行っても、太刀打ちできる数じゃないぞ」


 問い詰めるように言うヨシンは前方の炎に彩られたトトマを睨んでいる。炎に浮き立つ影の数は二百前後、その輪郭はオークのそれだった。そんなヨシンの言葉はユーリーも理解していた。しかし、このまま見棄てるわけには行かない、そんな思いに頭の中が埋め尽くされ、それが言葉となり口をついて出る。


「しかし、サーシャ達が街の中に――」

「サーシャ? ああ、あの給仕の子か。お前なぁ、肌触れ合うも多生の縁とは言うが、そんな事で一々命を張っていたら――」

「うるさい、この意気地なしが! だったらヨシンは見ていればいい。それに、袖振り合うだ、肌なんか触れ合ってない!」


 ユーリーはそう叫ぶように言うと、再び馬の頭を街へ向けようとするが、そこへ――


バゴッ


 鈍い音が響く。そしてヨシンに一発殴られたユーリーは、仰け反って鞍から落ちそうになるが、何とか馬上に留まっていた。そんなユーリーに対してヨシンは言い聞かせるように静かに言う。


「いいから落ち着け。じっくり見極めて、一番効果の有る方法でやるんだろ? いつもユーリーが自分で言ってる事じゃないか……さぁどうすればいい? 俺に教えてくれ!」


 普段は危険に対して果敢に、いの一番に駈け出す猪振り・・・が目立つヨシンだが、決して頭が悪い訳ではない。ただ、一緒にいるユーリーがヨシンに輪を掛けて明晰なため「考えるのはユーリーの仕事」と思っているだけのヨシンなのだ。


 しかし、そんなユーリーは時として、例えば今のように、冷静さを失うことがある。特に自分が保護する対象と認識した者が理不尽な暴力に曝される状況では、言い方は悪いが「逆上する」傾向がある、とヨシンは感じているのだ。不器用なヨシンが、逆上した親友を止めるには一発殴るという荒っぽい方法しか無かった。


 一方のユーリーは殴られた左頬を反射的に抑えつつ、そう語る親友を睨む。しかし、直ぐにバツが悪そうに一度視線を外すと血の混じった唾を地面に吐く。そして、


「わかった……目が覚めたよ」


 と言うのだった。そして、


「でも……ちょっとは加減しろよ、もう少しで歯が折れるところだった」


 と、付け加えていた。言われたヨシンは後ろ手で兜の上から頭を掻く仕草をして見せるだけだ。


****************************************


(騎士でもなければ、兵士でも衛兵でもない者が、これほど民のために行動しようとしているのに……私はこのままでいいのか?)


 そんなユーリーとヨシンのやり取りを横目で見ていたレイは、強い口調で後退するように言い募るアーヴィルを見詰め返す。レイの視線、その碧い瞳には尋常では無い力がある。二人の若者のやり取りに何か感じる所があったのか、一度は説得されかかった気持ちを強く堅くして、何かを問うようにアーヴィルを見るのだ。そして言う。


「アーヴィル……私は決めた」

「っ! 何をお決めに?」

「お前は何度も私に語ったな、王や貴族が城の中で庶民よりも良い物を着て良い物を食べる。寒さに震えることも無く、飢えを恐れることも無い。その理由は何だったか?」

「……」

「同じ人間であるはずなのに、一段上の高い場所から相手を見る理由は何だったか?」

「……王も貴族も、民人たみびとのために在る存在だからです……」

「アーヴィル、国が先か王が先か? 先に在るのはどちらだ?」

「……国でもなければ王でもありません……」

「そうだ、先に在り、そして今と、この先の未来にも変わらず在るのは民ではないのか?」

「如何にも」

「民の危急は国の危急、それを見てみぬふりをする私は王たるや? 燃え落ちる我が家に見てみぬふりをするばかりの者を家の主と誰が呼ぶのか?」

「しかし……」


 ユーリーもヨシンも、そして少し離れた場所にいるゴーマスや隊商の戦士達もいつの間にかこのやり取りに耳を傾けている。チラチラと遠間で揺れる炎に照らされたレイの姿は威厳を帯びていた。


「王子……」

「アーヴィル、御旗を掲げるのだ、ゴーマス、旗手を務めよ! ユーリーにヨシン、済まぬが手を貸してもらうぞ!」


 レイモンド王子の言葉にアーヴィルとゴーマスが動揺する。「今はその時では無い」と言いたいのだが、言葉が出なかった。それほど迄にレイモンド王子は堂々と命じたのだ。そこには、アートン国境伯に良いように担ぎ出された少年の姿は無かった。そこに在ったのはアーシラ帝国期から続く由緒正しい西方鎮守府、コルサス王国末裔の姿だった。


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