Episode_10.21 殺したい程、憎い奴


(なんでお前はいつもいつも、すまし顔で俺の邪魔をするんだ!)


 ルーカルトは心の叫びを膂力で示す。それは悲鳴のような風切り音となって大剣から発せられる。


(おまえも! ブラハリーも! 兄様でさえ!)


 身体は軽く、今まで感じたことの無い力を発揮している。しかし、繊細な心は傷に塩を塗り込んだようにシクシクと痛むのだ。


(兄様が出来るなら、俺もできるんだ!)


 それは、生まれついての兄との差を理解できない愚かな、しかし悲しい男の叫びだった。幼い頃に兄弟分け隔てなく育てられたのが災いしたのか、それとも父である王がこの弟を贔屓したのが良く無かったのか、はたまた家臣達が腫物に触るが如く扱い続けた結果なのか。恐らく全ての要素が相まって、生来の愚鈍さに上塗りを重ねて造り上げたられた怪物がルーカルトだった。


 その怪物は、自らの都に外敵を呼び込み、民の街に火を掛ける事を許し、実の父を手に掛け、混乱の内にその王位を簒奪した。王位さえ得れば皆の尊敬と忠誠を無条件に得ることが出来ると考えている彼は、軽薄で短慮で頑な、そんな怪物に成り果てていたのだ。


 怪物の周りには、魔術により心を捻じ曲げられた従者が付き従っていたが、今や数は数えるほどしか残っていなかった。王族という身分に対する敬意と畏怖の念を自分自身に対する物と勘違いしているルーカルトの周囲には真心で彼に尽くす者はいなかった。そんな彼が只管ひたすら憎悪の目を向ける青年アルヴァンの周りには、敵を排除した者達が集まりつつある。そんな対照的な状況が一層彼の憎悪を燃え上がらせるのだ。


(構わない! ドレンドさえ居れば。操り人形の如く忠誠を誓う家臣だけが居ればいい)


 そう断じるルーカルトは、一人残った味方の近衛騎士に命じる。


「アルヴァンを殺せ!」


 その近衛騎士は、命令を忠実に守る。防御を捨てて、捨て身の様な攻撃に移ろうとする。しかし――


「させないわっ!」


 敵の兵士達を粗方倒したノヴァがその近衛騎士とアルヴァンの間に割って入る。駆け寄った勢いのままヒーターシールドを叩き付けられ、近衛騎士はたたらを踏むと、ノヴァに向き合う。


「おのれ、小賢しい! 女にまで守られるのか、アルヴァンめ!」


 ルーカルトは憎悪と憤怒に身悶えして吠えると、魔剣「転換者コンバーター」をアルヴァンに向ける。彼には、黒衣の導師ドレンドが付与した強力な付与術「狂戦士ベルセリック」が掛けられている。「身体機能強化フィジカルリインフォース」の更に上を行く効果をもたらす強化術は、肉体だけでなく精神も屈強な狂戦士へと変貌させる。そして、精神の高揚に応じて天井知らずに肉体の機能が向上していくのだ。


 怒りに心を支配されたルーカルトは、それに応じた強力な強化術の恩恵を受ける。その恩恵は、アルヴァンに対して間合いを詰めて斬りかかる、その動作に如実に現れていた。


ドンッ!


 地響きを立てて一歩踏み出したルーカルトは、正に電光のような速度でアルヴァンに肉迫すると、木の小枝を振るうような速さで長大な魔剣を振るう。


ブゥン!


 その斬撃を辛くも躱したアルヴァンだが、姿勢を崩して転倒してしまう。そこへ、


「しねぇぇぇ!」


 脳天を両断せんと振り上げられた魔剣が、アルヴァンの頭上に襲い掛かる。


ギィィィンッ!


「ヨシン、そのボンクラを牽制して!」

「分かった!」


 アルヴァンの危機に飛び込んで、間一髪でその魔剣の一撃を受け止めたのはユーリーの「蒼牙」だった。魔力を籠められた古い魔剣である「蒼牙」は一際青く光る刀身で強力な魔剣を受け止める。そして、ヨシンが一撃を放った状態のルーカルトに対して横から突っ込む。


「下がれ、下郎げろうがぁ!」

「うわぁっと」


 そのヨシンの攻撃に対して、ルーカルトは大剣を振るって牽制する。更に怒りの度合いを増した彼が振るった剣は、既に切っ先を見ることが難しいほどの高速に達している。


「ユーリー、ヨシン、助かった」

「アルヴァンは下がってて!」


 思わず礼を言うアルヴァンにユーリーが声を掛ける。そしてユーリーは、一転して押される格好となったヨシンの援護に向かうのだ。


「ユーリー! こいつ、普通じゃない!」

「分かってる!」


 ユーリーとヨシン、この二人が息の合った連係攻撃を繰り出す。しかしルーカルトは剣技とは別の次元の力でそれを振り払うと反撃に転じる。丁度、ルーカルトの右手を狙った一撃を躱されたユーリー目掛けて、魔剣が袈裟懸けに振り下ろされる。


ガキィィン


 ユーリーは辛くもその一撃を盾で受け止めるが、先ほどの近衛騎士の比では無い強力な一撃にユーリーは堪らず弾き飛ばされ、膝を付く。それを好機と見たルーカルトは膝を付くユーリーに対して一気に距離を詰めようとするが、その空間にヨシンが割って入る。


ゴンッ!


 遠慮無しにルーカルトへ斬りかかったヨシンだが、「折れ丸」は完全に受け止められてしまった。それでも構わずにヨシンはそのまま鍔迫り合いに持ち込むが、ルーカルトは恐るべき力を発揮してヨシンを剣ごと跳ね除ける。予想外の膂力を受けたヨシンの大柄な体が宙に浮いた。そこへ、ルーカルトの魔剣が襲い掛かかる――


「ヨシン!」


 ユーリーの声が響く。ルーカルトの一撃を左肩に受けたヨシンは装甲を強化した哨戒騎士仕様の軽装板金鎧を着ているが、その強化した装甲にルーカルトの魔剣がザックリと食い込んでいた。バッと噴き出た血でヨシンの左頬が赤く染まる。しかし、ヨシンはその一撃を受けても膝を付かない。闘志衰えぬ眼光でルーカルトを睨みつけているのだ、


「不遜な下郎め! 死ね!」


 ルーカルトはもう一度叫ぶと、ヨシンに食い込んだ魔剣を引き抜き、更に叩き付ける動作に入る。肩から離れた魔剣によって、支えを失ったヨシンがよろめく。そこへ割って入ろうとユーリーは|我武者羅(がむしゃら)に間合いを詰める。しかし、


(間に合わない!)


 絶望がユーリーの怒りを掻き立てる、掻き立てられた怒りは「蒼牙」の持つ「増加インクリージョン」の効果によって瞬時に殺意へと膨れ上がる。


(ヨシンをヤルなら、オ前ヲコロシテヤル!)


 駆け寄るユーリーは「蒼牙」を刺突の構えに転じ、切っ先を真っ直ぐルーカルトの喉元に向けた、その時――


バァン!


 謁見の間の奥、玉座から鈍い破裂音と閃光が走った。メオン老師がドレンドを「光矢ライトアロー」で撃ち据えた瞬間だった。そして、玉座からドレンドが忽然と姿を消した。


「ドレンド! お前までいな――!」


 ヨシンへの一撃を止め、その様子を見たルーカルトが、絶望のような声を上げる。しかし、その言葉は最後まで吐き出されることは無かった。ユーリーの繰り出した「蒼牙」が、ルーカルトの首を刺し貫いていたからだ。


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