Episode_08.28 もう一つの救出劇
傭兵集団に一人混じっていた女の声に、他の十人程の傭兵達は一斉にユーリーの方を見る。殺気とは異なるが、探るような目線が向けられてユーリーは一瞬固まる。
(……騒ぎは起こせないな……どうしよう)
と、ユーリーが戸惑っていると、傭兵達のリーダー格の中年男が立ち上がる。細身の身体に板金鎧を身に着けた姿は若々しくしゃんとしている。そして、腰の
「ダリア、他の客に絡むな……済まない、見た所冒険者だな。俺達は今仲間の死を悼んでの酒盛りだ……辛気臭くて迷惑を掛ける」
そう言うと、軽く頭を下げるのだった。
「ブルガルト、そんなのどうでも良いでしょ! もうこの街とも
ダリアと呼ばれた女性が、ブルガルトという男に言う。対するブルガルトは「まぁ良いじゃないか」と言うと、ワインの入った壺を持って三人のテーブルに近付くと
「袖振り合うも多生の縁というからな、良かったら一杯やってくれ」
その言葉は気さくなものだが、ユーリーもヨシンもブルガルトの立ち振る舞いに警戒を強める。端的に言えば、
(隙が無い)
のだ。直ぐにでも自分達を切って捨てる準備が出来ている。だからこその余裕であり気さくさだと感じる。そんな二人は緊張しつつも、その杯を受け取りワインを一口づつ回し飲む。そして最後に口を付けたブルガルトがそれを飲み干すと、
「あー! ガンスがいたら楽しいのになぁ!」
と大声を上げる。そして、ユーリー達に向き直り、
「冒険者ってのは食い詰めに成りやすい稼業だ。見た所腕が立ちそうだな……
そう、小声ながら、低くドスの効いた声で言う。そしてテーブルの仲間達に向き直ると
「時間だ! 撤収、撤収! さっさと帰るぞ!」
と言い、金貨を三枚店主に投げてよこすと文字通り「サッサと」店を立ち去って行った。
(騎士団って……バレてたのか? ブルガルトって言ったか……怖い人だな)
と言うのがユーリーの感想であった。そこへ、傭兵達と入れ違いにリコットが店に飛び込んで来た。
「リリアちゃん、皆の居場所がわかったよ!」
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ノーバラプールの港は遠浅な海に対して南北に長く広がっている。運河の河口周辺が商業港となっており、中型の帆船が接岸できるようになっている。一方南の方は喫水の浅い漁民達の船が主に利用することになっている。そのため、南側には魚介類を取り扱う市場があり漁港区と呼ばれているが今は人気が殆どない。
漁民らの逃亡や、漁民に扮したリムルベート側からの侵入者を警戒した「市民政府」が当面出漁を禁じたせいである。それが、市中の乏しい食糧事情に拍車を掛ける事になっていた。しかし「市民政府」はそんな市民の苦境に配慮するどころではないようだった。
そんな漁港区の一角に一際古く大きな倉庫が有る。その場所はリリア達「旅鳥の宿り木園」の面々が略奪を避けるために逃げ込んだ「ノーバラプール盗賊ギルド」のアジトの一つであった。既にノーバラプールに潜伏して三日目のユーリー達であるが、この倉庫に未だ孤児たちが捕えられたままか? 確証を得ることに時間を費やしていたのだった。
「あの倉庫で間違いない?」
「ああ、出入りしている盗賊から聞き出した」
「みんな無事なの!?」
「分からないけど、その盗賊は『クソガキどもがうるさくてアジトに戻りたくない』って言っていたから無事だと思う」
ユーリーとリコットの会話にリリアが割って入る。リリアは今すぐにでも倉庫に行って皆を助けたいという気持ちだが、
「夜まで待とう、ジェロさん達の準備が終わって逃げ道を確保しないと……」
と言うユーリーの言葉は尤もだと思うのだ。そして乱雑に積まれた漁具の間から倉庫の様子を盗み見る「ジリジリ」とした時間が過ぎ、やがて周囲は月明かりの乏しい夜の闇に包まれ始める。
その闇の中を少し騒々しく進みながら近づいて来る三人の人影にユーリー達は一瞬警戒するが、
「リリアちゃん、準備完了だよ!」
とジェロの声が聞こえてきた。どうやら首尾良く漁船を調達したらしい。
(このご時世にどうやって調達したんだろう?)
とはユーリーの疑問であるが、今は些細な事にこだわる時ではないと思考を切り替える。
「ジェロさん達……本当に一緒にやってくれるの?」
「勿論さ!」
「でも、盗賊ギルドに喧嘩売るとその後面倒なんじゃ?」
ユーリーの確認する言葉に二つ返事で答えるジェロ、続く質問にも明快に答える。
「盗賊ギルドが怖くて冒険者が出来るかよ。それに……愛するリリアちゃんの役に立てるならば『たとえ火の中、水の中』ってもんだ!」
その答えに、一瞬だけイラっとするユーリーである。一方リリアは何とも言えない表情で明後日の方を向いている。
「もう、水の中は二回経験済みだけどな」
「じゃぁリコット、次は火の中へ行ってみるか?」
「戦いからは、逃げない」
いつも通り、リコットの言葉にタリルが突っ込みイデンはマイペースだった。
「じゃぁ作戦について、なんだけど……」
…………
……
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トントン、トン……トントン
倉庫の扉が叩かれる音に、扉の前に座っていた男二人が覗き穴から外を伺う。そこには一人の少女が立っていた。
「だれだ?」
「リリアです……トルン砦から戻りました」
その言葉を聞いて一人が倉庫の奥へ駆けていき、残った一人が扉を開ける。
「入りな」
「お邪魔しまっす!」
リリアの姿に油断して扉を開けた盗賊は、次の瞬間、屈んで身を隠していたヨシンに殴り飛ばされていた。
「行くぞ」
ヨシンの後ろに続くユーリーが静かに合図をする。大声を上げる場面ではないユーリー達は静かに素早くアジト内に飛び込む。入口を通って直ぐは小部屋となっていて、次の扉の向こうが大部屋である。リリアの記憶によって作られた倉庫の見取り図は全員の頭に叩き込まれている。そして――
ヨシンが次の扉を蹴り破り中へ飛び込む。既に全員が強化術の恩恵を受け戦闘準備を整えた状態での奇襲である。ヨシンに続いて大部屋へ飛び込んだユーリーは、すかさず「
椅子やテーブルが蹴り倒される物音や、斬り倒された盗賊の悲鳴もほぼ無音となる空間に、残りの盗賊達は混乱するが、そんな混乱の中ユーリーの横をすり抜けたジェロがヨシンと共に次々と盗賊達を遠慮なく斬り倒していく。
一方、盗賊達ではなく、壁際の窓へ取り付いたリリアは頑丈な鎧戸を開けると、大部屋の奥の扉から飛び出てくる盗賊に対して「|鎌鼬(ウィンドカッタ)」の精霊術を放つ。見えない真空の刃はそれだけでは相手に致命傷までは与えられないが、充分に牽制攻撃となるのだ。
奥の扉から飛び出てきた先頭の盗賊が、突然腕をザックリと見えない何かに斬られ、驚きと共に立ち止まる。そこへ後ろから勢いの付いた仲間の盗賊達がぶつかり、扉の辺りは将棋倒しとなった。
そのモタついた様子に苦笑いしつつも、タリルは「
バンッバンッ
と音を響かせるが、その頃には大部屋の制圧は完了していたのだった。
「リコットさんとジェロさんは船の準備へ。ヨシンとイデンさんは残党がいないか倉庫を調べて」
「分かった!」
ユーリーの言葉に冒険者達が次の行動に移る。そしてリリアを伴ったユーリーが奥の部屋からポルタを始めとする八人の子供達を連れ出す頃には、倉庫内の確認を終えたヨシンとイデンも大部屋に戻っていた。
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真夜中に達する前の、この時間は本来街の明かりが灯っているはずのノーバラプールだが、昔の賑わいが鳴りを潜めた街は抑圧された夜の闇に沈んでいる。その光景は、河口湾を挟んで反対側に広がるリムルベートの賑やかそうな雰囲気とは真逆のものである。そんな対照的な二つの街を見比べるユーリーは今、海に浮かぶ漁船の上に立っている。
脱出に協力してくれた漁船の漁師は五十半ばの男性だが「フジツボ亭」の店主の紹介と言う事だった。リムルベートへ大手を振って渡れると、ジェロ達から聞き鼻歌混じりで操船している。
その漁師が鼻歌混じりで操船するのは、出港してから
そんな二人の後ろには、狭い甲板に座り込むジェロを除く「飛竜の尻尾団」の三人がいた。ジェロがこの光景を見ればショックだろうな、そう思い心配していた三人だったが、今は呆れた気持ちになっている。なぜなら、当の本人であるジェロは孤児院の園長であるポルタにひと目惚れしたようで、船の後ろの方でしきりに彼女に話し掛けているからだ。今は、その様子をジト目で何か言いたげな表情で見つめる三人なのであった。
「
(このまま、ずっとこうしていたいわ……)
(手甲越しか……なんか勿体無いな……)
夫々術を発動しつつも頭の隅でそう想い合う二人には、ジェロがポルタをしつこく食事に誘う声が聞こえることは無かった。
アーシラ歴494年5月
Episode_08 トルン砦の虜囚【ノーバラプール攻防戦(前編)】完
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