Episode_08.02 ノーバラプールの背景


 そして現在に至るのである。


「リリアはリムルベートが良いって言うけど、あっちへは街道が遮断されているし船も出ていないわ。それにノーバラプールにこの子達を預かってくれる所が無い以上……」


 そう言うポルタは、しかし自分を元気づけるように言う


「まぁ! 八人くらい何とかなるわよ! こう見えてもそこそこお金は貯めてるのよ」


 父親と夫を亡くし、その出来事を裏で実の兄が操っているかもしれない、そんな複雑な悲しみを忘れさせる「何か」が必要なポルタである。そしてリリアは姉とも慕うポルタの現状を想うと、どうしても彼女の元を立ち去ることができず、用事の済んだ後もノーバラプールに留まっているのである。


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 ノーバラプールの街は古くはテバ河を中心とした河川交易とリムル海の海路交易の接続点として栄えた港街である。丁度スハブルグ伯爵の領地内で本流から枝分かれしたインヴァル河(東テバ河)を、トルン水門を経て街中に引き込んだ運河の恩恵であった。それによって上流の物資を港に簡単に供給することが可能なことが、ノーバラプールの港の利点だった。


 河川と運河を経由した運搬船は港で積み荷を降ろし、新しい積み荷を載せてリムル湾内を横切ると対岸の王都リムルベートへ物資を供給する。そして更に海風を受けてテバ河を溯るとウェスタ侯爵領の河川港まで達する。そう言った運搬船の循環を背景とした経済が長年ノーバラプールを支えていたのである。


 しかし最近十数年、外洋を往く船が大型化したことでノーバラプールの港は積み荷の取扱量で対岸の王都リムルベートの港に追い越されていた。ノーバラプールの地形は海流の影響でテバ河から流出する土砂が堆積しやすく遠浅の地形が大型船の港としては不向きだったことが災いしたのだ。


 仕事が減り経済が停滞する。そこへ、折り悪く東の大国コルサス王国の内乱を逃れた流民達が大量に流入し始めると、街は混乱を呈した。その事態に、当時未だ健在だったローデウス王は弟のバリウス伯爵と協議し、ノーバラプールを港中心の経済都市から農業を中心とした穀倉地帯へ生まれ変わらせることを決断したのだった。


 ノーバラプールの南には広大な湿地帯が広がっている。ローデウス王とバリウス伯爵の決断は、この湿地帯を農地へ作り替えようという大事業であった。この大規模な土木事業は必然的に大量の労働者を必要とし、流民として街に滞留していた人々にも健全な仕事と収入を与える一挙両得の事業と思われた。


 しかし、一見上手く行くと思われた事業は始めてみると港湾ギルドの強い抵抗や商工ギルドの消極的な対応で事業計画は思うように進まなかった。港湾ギルドは同じ費用を投じるならば港に防砂堤作るよう主張し、商工ギルドがその主張を支持したことが理由だった。


 全体として商業都市から農業都市への変貌を快く思わない勢力は度々工事を妨害し、土木労働者達にも被害を与える。そして、その原因はリムルベート王家とバリウス伯爵の失策だと言い触らすのであった。


 度重なる妨害と辛い労働、それに周到な商工ギルドを中心とする扇動が加わり労働者や一般市民を含めた大多数が王政へ批判的となる。そこへインバフィル、カルアニス、チャプデイン、ニベアスというリムル海交易で栄える独立都市連合の「四都市連合」がノーバラプールの独立を影で支援するような動きを見せると、批判は一気に独立運動へ高まっていった。


 当然バリウス伯爵も手は打ったのだが、大きく膨れ上がった民衆の独立を求める機運を穏便な方法で食い止めることが出来なかった。武力を使えば或いは鎮圧出来たかもしれない暴徒と化した群衆だが、本来守るべき民に武器を向けることを善しとしない高潔な人柄のバリウス伯爵は街の北側の、堀のような水路に守られている居城に籠城することを選択した。


 籠城をするバリウス伯爵の居城へはインヴァル河から運河経由で水路が繋がっているため物資の供給は問題なく、また「市民政府」を名乗るようになった独立派もそれほど厳しく物資の搬入を規制しなかった。そのため居城に残る三百人の兵士を含めた人々は飢えることも無く命を繋いでいる状態を保つことができていた。


 リムルベート王国へ独立を認めるよう交渉する「市民政府」側にとってローデウス王の実弟であるバリウス伯爵は貴重な交渉材料であった。また、街の中央を流れ、人々が「運河」と呼ぶ差し渡し十メートル程の水路を隔てて北側には王政へ肯定的な心情を示す勢力が多く残っていたことも、バリウス伯爵が無事で居られた理由だった。


 そうして七年に及ぶ「市民政府」の支配が継続していたのが、リリアがノーバラプールに到着した頃の街の状況だった。その当時 ――といっても数か月前―― 街中にはそれほど緊張した空気は感じられなかった。リムルベート王国側が性急な武力介入ではなく政治的な決着を重視する姿勢を堅持していたためである。


 そんな七年という月日は民衆の中にあった「独立の機運」という熱を冷ますには充分な期間とも言えた。結局蓋を開けてみれば「市民政府」もバリウス侯爵も変わらず税を取るし、リムルベートとの交易が途絶えたことによる悪影響や、我田引水的な利益誘導を行う「市民政府」の弊害の方が余程民衆の生活には大きかったわけだ。そして、一度熱せられた民衆の熱は冷えると、徐々に「市民政府」への反発を見せ始めるのだった。


 そんな空気が醸成されつつあった三月中旬の或る日、リムルベート側からの粘り強い工作により懐柔された港湾ギルドのデリー会頭一派が「市民政府」からの離脱を表明したのだった。「議会」と呼ばれる市民の代表者 ――各ギルドの会頭や、豪商、船主等が主だった面子である―― が集まる場で離脱を表明したデリーは、議場である運河の北側にある商工ギルドの建物を出たところで何者かに白昼堂々と暗殺されてしまった。まるで、その日その場所で「離脱」を表明することが事前に分かっていたかのような突然の事件だった。


 「市民政府」はすぐさまこの事件をリムルベート王国側の「陰謀である」と発表すると、これまで緩い監視下に在ったバリウス伯爵の居城を「傭兵」を使い包囲した。そして、デリー会頭一派を「粛清」したのであった。


 「市民政府」の手先となったのはカルアニスやニベアスからやって来た傭兵達である。「市民政府」は元々少数の傭兵を治安維持の名目で雇用していたが、この時ノーバラプールに上陸した傭兵は全部で二千人近くの大部隊であった。


 傭兵達は、あっさりとデリー会頭の一派を粛清するとバリウス伯爵の立てこもる居城へ攻撃を開始した。西方辺境地域ではあまり見られない本格的な攻城兵器 ――攻城櫓―― を艀船はしけぶねに据え付けた兵器を持ち込んだ攻撃に七年の籠城に疲れ切った居城側は抗うことが出来ず二日で落城し、バリウス伯爵は虜囚の身となったのだ。


 それだけでも大事件であるが、今ノーバラプールの港には続々と傭兵の後続部隊が到着しつつある。数を三千に増やして尚途切れることのない傭兵達に、街の人々は


「これまでと違う何かが起きる」


 と直感するが、出来る事と言えば自分の家の扉を硬く閉ざすことくらいだった。




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