Episode_07.21 「使節団」の凱旋


 ドルド河の河原の事件はアルヴァンとノヴァが滝壺に落下し、ユーリーが不思議な魔術・・で敵の魔術師を討ち取って終焉を迎えていた。だが、その状況で尚も頑強に好き勝手なことを捲し立てるルーカルト王子を黙らせるには、ある人物の登場が必要だった。


 その人物 ――ドルドの代表レオノール―― は、事が終わった河原へ自分が盟約を結んだユニコーン・バルザックと共に姿を現した。突然の登場にデイル達騎士やスミの狩人達は大いに驚くことになったのだ。


 そのレオノールは、毅然としつつ棘のある言葉でルーカルトに言い放つ


「私は今すぐにでもリムルベートへ赴き、かのローデウスに自らの愚息の不始末を言い伝えるつもりだが……病の身に更なる心労を掛けるのは忍びない。故に、愚か者に選ばせてやろう! 我が身の成したことを恥じる心構えが有るのならば、せめて自分の不始末は自分で父上に報告するのだ。出来ぬと言うのであれば、今言った通り私が行くが……どうする?」


 ドリステッドの樹上の館で面談したときとは比べるべくも無い、高圧的な男言葉で言い放つレオノールである。その不思議な威厳と迫力に満ちた恫喝に、流石のルーカルトも首を縦に振らざるを得なかった。だが、レオノールは更に一言、


「言っておくが、私の居る限り森の国ドルドはリムルベートなどに遅れは取らぬぞ。不思議に思うならば、それこそ父上か聡明な兄上に聞いてみるのだな……」


 そう言うと鼻で笑うような仕草を残して、今度はデイルと駆け寄ってきたヘルムに言う。


「騎士デイル、貴方達の主アルヴァン殿は無事だから心配いらないわ。今頃女神の懐で良い夢を見ているでしょうね。ヘルムも心配はいらないわよ。ノヴァは娘の道を選んで生きていくわ」


 そしてその視線は蹲るルカンに向く。


「雄々しき一角獣よ、どうする? 角を落として尚あの娘ノヴァにつき従うか、それとも森に残りあらたな乙女を求めるか、貴方の自由よ……」


 その少し憐みの籠った問い掛けにユニコーン・ルカンは力なく嘶く。その嘶きと共に額に有った立派な角がサラサラと音を立てて砂のように崩れていくのだった。


「……見事な覚悟ね。無角獣ノーコーンとなる道を選んだ者は少ない……だけど、きっと貴方の前途は生きる意味・・・・・に満ち溢れているでしょう」


 そう言うと、レオノールはチラとヨシンに抱きかかえられて昏睡しているユーリーへ視線を向ける。そして、少し困惑した視線を送ると、それを無理矢理引き剥がすように再び森の奥へ姿を消したのだった。


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 翌日、下流の洞穴で発見されたアルヴァンとノヴァは二人とも無事だった。アルヴァンは魔術師ライアの放った「光矢ライトアローを左肩に受けていた。しかし、その致命的な威力はユニコーンだった時のルカンの解呪の障壁に殆ど削り取られていたようで、アルヴァンに外傷は無く、軽く肩を脱臼していただけだった。


 衣類を整えた二人はそのまま捜索隊に護衛されてスミの街へ戻ると、心配して捜索の結果を待っていた人々を大いに安心させていた。一方、スミの街では半分監禁された状態のルーカルト王子が不貞腐れたような、感情の動きの乏しい様子でアルヴァンを待っていた。


 少しだけ目を合わせた二人だが、アルヴァンが何か言い掛ける前に、ルーカルト王子の方からその視線を外し集会場の一室に引きこもってしまったのだった。そして、アルヴァンとノヴァが帰還した翌々日に「西方同盟連絡使節団」の一行はスミの街を後にした。アルヴァンの隣には角を落とし「無角獣」となったルカンに跨るノヴァが寄り添うように歩を進めていたのは云うまでもない事だった。


 スミの街を出発した一行は、カナリッジの街で居残っていたルーカルト王子が率いていた一行と合流すると、再度オーバリオンへ向かうこととなった。しかし、その道の途中でスウェイステッドの港町に立ち寄ると、アルヴァンはオーバリオン王国の第一王子ソマンと会談を持った。


 その会談で何を話したのか知る術は無いが、河原で一行を襲いルーカルト王子を暗殺しようとした二人の魔術師の頭部が納められた木桶は、会談後のソマン王子の屋敷に留め置かれたのであった。


 そして、一行は王都オーバリオンで一晩の宿を取ると、リムル海沿いの海岸地帯を抜ける街道を進み、国境を越えてリムルベート王国領内ロージアン侯爵領へ到着した。ロージアン侯爵領では、予定を十日過ぎても帰らない「使節団」をヤキモキしながら待っていたようで、相応に盛大な慰労の宴が開かれた。


 勿論ロージアン侯爵の手配による宴だが、心配したローデウス王が差し向けた第一騎士団の一部隊も参加しての宴であった。アルヴァンの予想では、


「どうせ、あのボンクラ・・・・は国に帰ると掌を返したようになるぞ」


 との事だったが、その予想に反してルーカルト王子の我儘は鳴りを潜めていた。宴席でも至極大人しい素振りを保ち、早々に部屋へ引き上げていたのだった。


(これを機会に、王子も年齢なりに落ち着くのか?)


 アルヴァンは十歳以上年上のルーカルト王子に対してそんな感想を持つのである。アルヴァンの思い通りにルーカルト王子が態度を改めるかどうかは、また別の話になるだろう。


 そしてロージアン侯爵領を後にした一行は、その二日後には王都リムルベートに凱旋していた。既に先触れの使者が王城へ到着していたため「使節団」一行は速やかに第二城郭内部へ入っていく。その後全員下馬して徒歩となり第一城郭の大きな城門を潜ると、第一騎士団と近衛騎士部隊に案内されリムルベート上の中枢である「宮殿」へ正面玄関から入っていく。


 謁見の間には立派な玉座が据えられているが、その主は不在である。代理として玉座の右に立つ壮年の男性 ――ガーディス王子―― が一行に労いの言葉を掛ける。


「この度の連絡使節団の働き、まことにご苦労であった。特に山の王国のドガルダゴ王とポンペイオ王子、それに森の国ドルドのレオノール殿から使節団に対する感謝状が届いている。これはどういう経緯だったのか教えてくれないか? ルーカルト」

「は、はぁ……山の王国では、私が先行して次の目的地へ向かった後のことですから、残ったウェスタ侯爵家の公子アルヴァンにお尋ね下さい。森の国ドルドへは……そもそも私は行っておりません」


 兄であるガーディス王子の問いにルーカルト王子は素直に答える。嘘に懲りた故の正直さと言うよりも「嘘を吐く気力も無い」といった様子で語られる素直過ぎる言葉に、謁見の間に居合わせた官僚や主要な爵家の貴族達がざわめく。


「……うむ……そうか。詳しい話は後で聞こう。疲れたであろう、休むが良い」


 呆れた顔を隠そうともしないガーディス王子は、自分の弟に冷たい視線を送りつつ素っ気なく謁見の時間を終了させてしまう。頭の中にあることは「どうやって父上に報告しようか?」という事だけだった。各所に放っている間者や密偵、その他の情報網から、ほぼ確実な事実を掴んでいるガーディス王子だけに、ルーカルトの活躍を期待している父ローデウス王に「事実」を伝えるのが躊躇われるのであった。


****************************************


 一方、ほぼ二か月ぶりに邸宅へ帰参したウェスタ侯爵領の面々は当主であるブラハリーから手厚いねぎらいを受けていた。今はその慰労の宴の席である。王都の邸宅に居る主だった者達と使節団に参加した面々に加え、渉外担当官五人とミスラ神の僧侶マーヴ、そしてノヴァも加わっている。


「なんと! 最新式の弩を二百丁ですか……それも無料で……」

「そうだ、その内届くはずだ」

「それにこれは……古代樹の素材に……何と! 古代樹の実まで」

「そっちは、どれだけの価値があるか俺には分からんから、オーチェンカスク産のワインを荷馬車一杯にしてお礼として贈ると答えてあるが……よかったか?」

「い、良いも何も……金貨で買い求めることが出来ない物ばかりでございます!」


 とはアルヴァンと屋敷家老のドラストのやり取りである。ドラストの興奮気味な声と大きく丸く開かれた目が驚愕の度合いを物語っている。


「ドラストよ『金貨で買えない』と言えば山の王国の王子から『恩人』と思われるという事実こそ金貨で買えないものではないか。その上秘密にされた成人の儀式にまで立ち合うとは……」


 とはガルス中将の言葉である。それを受けて当主ブラハリーは


「ガルスは、そんな事よりも先に伝えないといけないことが有るんじゃないか?」

「おっと、そうでございました……デイル、お前は早々に切り上げて早く家へ帰れ。ハンザが何か伝えたいことが有るようだぞ」

「は? はぁ……なんでしょうか、父上?」

「ええい、じれったい奴だ! だが、儂が言っては意味が無い。ホレ、早く帰らんか!」


 そう言うと、ガルスは息子デイルの尻を蹴飛ばさん勢いで食堂から追い出してしまった。デイルとしては、早く帰って愛する妻ハンザの顔を見たいと思っていたところだったので、渡りに船、とばかりにいそいそと帰宅するのであった……坂を下る足が途中から駆け足になる。そんな彼には嬉しい報せが待っていたのは言うまでもないことだろう。


 デイルが退出するのを見送るとブラハリーは息子アルヴァンに向かって言う、


「ところでアルヴァン。そちらの美しい女性はどなたか?」

「あ、えーと……」


 露骨に興味を示す父親の目に、アルヴァンは柄にも無く言い淀んでしまう。そこへ


「森の国ドルドのスミの街代表ヘルムの娘ノヴァ・バルトです。アルヴァン様にお願いしてリムルベート王国の王都を見せて貰うために付いて来ました」


 と明るい声で言うのである。それだけでは無いことを承知している、ユーリーやヨシンを始めとする騎士達面々は少し居心地悪そうに身じろぎする。しかし、当主ブラハリーはノヴァの快活な様子が気に入ったようで、


「そうかそうか、私はウェスタ侯爵家当主のブラハリー・ウェスタと言います。見ての通りアルヴァンの父親です。ノヴァさんですね、むさ苦しい・・・・・我が屋敷で良ければ、好きなだけ滞在して行ってください」


 と丁寧な口調で言うのだった。緩んだ目尻が示すように、親子で女性の好みが似ているのは……仕方ないだろう。


「ち、父上、後ほど折り入ってご相談が……」


 そんな様子のブラハリーに、そう切り出すアルヴァンを無言で応援するユーリーとヨシンであった。


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