Episode_06.05 西方同盟連絡使節団
ユーリーとヨシンがデイルと対戦した日から数日後のこと、この日ウェスタ侯爵邸宅の当主ブラハリーの居室では、内密の打ち合わせが行われていた。部屋の中には主のブラハリー、屋敷家老のドラスト、そしてガルス中将と騎士デイルの四名が執務机の前に置かれたテーブルを囲む長椅子に膝を付き合わせて座っている。
「……殿、私は反対です!」
きっぱりと太い声で反対を表明するのはガルスである。デイルは何とも複雑な表情でそれを聞いている。
「ガルス殿、お気持ちは分かるが……なにもそうハッキリと言わなくても」
というのは屋敷家老のドラスト ――ウェスタ侯爵家家宰ドラウドの弟―― だ。ガルスよりも十歳近く若い彼は、遠慮がちにガルスを窘める。が、
「ならば問うが、ドラストよ。あのボンクラ王子が一か月以上もアルヴァン様と一緒に居るのだぞ、アルヴァン様のお気持ちを考えろ!」
「……やめんか、ガルス『ボンクラ王子』は言い過ぎだ」
ガルスの発言を叱るブラハリーだが、苦笑いの表情は隠せなかった。「ボンクラ王子」とは言い得て妙な、ルーカルト第二王子のことである。
「しかし、幾ら厭だといっても、ローデウス陛下直々の指図ですぞ……」
「うむ……」
ドラストは言わずもがなな指摘をする。そして、ガルスは複雑な表情で黙り込んでしまうのだった。今、四人が膝詰で話しているのは、リムルベート王国の同盟国に対する連絡使節団の件についてである。リムルベート王国が正式に同盟を結んでいる国は北西の「山の王国」と西の「オーバリオン王国」それにその北に位置する「森の国ドルド」である。
四年に一度、それらの国を順に訪問し情報交換や親睦を深める使節団が「西方同盟連絡使節団」なのである。この使節団は四つの国が一年ずらしで派遣しているものであるから、実質は毎年どこかの国の使節団が行き来していることになる。通常は国王の名代として、例えばコンラーク伯爵やスハブルグ伯爵など王家の血縁の人物が代表となり第一騎士団の護衛を受けて各国を順に訪問するのである。
今回はコンラーク伯爵の番であったのだが、ローデウス国王の異例の指示で
――使節団の代表はルーカルトとし、補佐としてウェスタ侯爵家公子アルヴァンが同行するように――
ということになったのだ。ルーカルトは日頃からブラハリーを目の仇にしているし、いきおいウェスタ侯爵家全体も
「ブラハリーではルーカルトには荷が重すぎるが、その子アルヴァンならば、気兼ねなく話せるだろう。一か月も一緒に居れば気心知れて仲良くなるに違いない」
と思い付いたためなのだが、ウェスタ侯爵家には「良い迷惑」であった。
ローデウス王はウェスタ侯爵ガーランドをして「人遣いの達人」と言わしめるほど「人の才を見抜く」眼力を持っているが、どうも我が子のことになるとその才能は発揮されないようである。周囲の評価以上にルーカルト王子を良く評価している。一方でガーディス王子の方は「まだまだ、すこし足りない」と思っているのだから、ガーディス王子にしてみれば甚だ不当な評価と言える。
そうであるから、ローデウス王の眼にルーカルト第二王子は「今は未だ若い故に気性が定まらないが、行く行くは落ち着きを持ってガーディスを助けてくれるはず」と映っているのである。もはや願望に近い評価であるが、長く病の床にある王としては我が子兄弟揃って国の行く末を頼みたい心情なのだろう。そして、そうなる事の切っ掛けとして今回の使節団を率いることで見聞を広げて欲しいという親心の表れなのである。
「はぁ……ガーディス殿下も頭を抱えておったよ。アルヴァン云々は置くとしても大切な同盟諸国に非礼が有るのではと、そっちの心配が大きいようだ」
ブラハリーの溜息混じりの声に、他の三人は「さもありなん」と深く頷くのである。
「しかし、例え第一騎士団と言っても所詮は他家の騎士。アルヴァン様をお預けするのはいささか……」
と言うのはデイルの発言である。王家の騎士団である第一騎士団を指して「他家の騎士」というのは奇妙に聞こえるかもしれないが、事実である。他家、つまり王家であるリムル・オンハルト家の騎士達が第一騎士団なのである。そこに若殿を預けるというのは「人質に取られた」ようなものという解釈もできる。
「それは、大丈夫だ。この話があった時にアルヴァンの世話係としてウチの騎士を十名付けることは了解を取っている。人選はデイルに任せるが、デイルにも行ってもらうから残り九人だな」
「それなら……、いやなんでもありません」
ブラハリーの答えに「それなら私がお供します」と言い掛けるガルスだが、途中で思い留まる。ブラハリーの意図はデイルにもまた見聞を広げて来いというものなのだ。そして、息子アルヴァンに対しても同様の思いを持っているからこそ、それほど反発せずに素直に命令を
「分かりました。心当たりの者がおりますので人選はお任せください」
と応じるのだった。
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「えーっ?」
すこし素っ頓狂な、しかしどこか喜色の混じった声を上げるのはユーリーである。横のヨシンは「何の事?」といった表情である。そんな二人の前には騎士デイルが立っている。
「つまり、そう言う事だから。そうだな、一月半は王都に戻らないので、そのつもりでいろよ。出発は来週だ」
そう言うとデイルは立ち去って行き、残されたのはユーリーとヨシンの二人である。ヨシンは話が呑み込めないようでユーリーに訊く。
「しせつだん……ってなんだ?」
「だから、王族の人達と一緒に他の国へ行けるんだよ!」
「え? 他の国に行けるの?」
願っても無いほど良い話だった。当然の如くリムルベート王国の外に出たことの無い二人にとって他国は「想像上の存在」であった。そこへ行ける。しかも任務として行けると聞いて喜ばないはずが無いのである。
「やったな! ユーリー!」
「やったねヨシン!」
そう喜び合う二人の所へ、一人沈んだ顔の青年が近付いてくる。暗い顔色で肩を落として歩み寄るアルヴァンである。
「……君たち、嬉しそうで……よかったね……」
「あれ? どうしたのアーヴ?」
「どうした? 腹痛か?」
「どうしたも、こうしたも無いよ! なんであの
どうやらアルヴァンは本気で面倒臭く思っているらしい。その嘆きの言葉にユーリーとヨシンははしゃいでいた自分達を反省するのだった。
「ゴメン、ちょっとはしゃぎすぎた」
そう言うユーリーの謝罪にアルヴァンはしかし首を振って「いいんだ」と言い残して立ち去って行ったのだった。後ろ姿に少し可哀そうな雰囲気に感じるユーリーとヨシンであった。
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