Episode_05.03 山の王国直営店


 そんなアルヴァンの屈託を知らないユーリーとヨシンは楽しそうに商店を物色して回る。以前はウェスタ城下の高級店に門前払いを喰らっていた二人だが、今はウェスタ侯爵邸宅で準備されたそれなりに上等・・・・・・・な服を身に着けているため、邪険に扱う店は無い。そんな二人は、貴金属類や高級な織物生地を売る店には余り興味は無いが、刀剣類、防具、魔術具の店には興味津々である。


 ユーリーは通り沿いに店を出している「魔術アカデミー認定店」「冒険者ギルド認定店」「魔術具買い取ります」と色々な看板を出している、魔術具店「魔女の大釡」という店が非常に気になったのだが、先を進むヨシンが別の店を見つけて中に入っていたので、先にそちらへ向かう事にする。


「ユーリー! アーヴ! この店……この値段って本気なのか?」


 ヨシンが思わず大声を出したのは、しっかりとした店構えの刀剣防具類を売る店の中に入って直ぐのことである。店の名は「山の国直営店」と書かれていた。店内には一目で業物と分かる凝った造りの刀剣類が片側の壁に沿って整然と陳列されており、反対側には盾類や手甲、足甲が陳列されている。


 そんな店内の一角で、驚きの声を上げたヨシンの指し示す先には、硝子のケースに収められた白銀色に輝く刀身が美しい片手剣が鎮座していた。細めの刀身は木の葉の様に中央部分で膨らみのある曲線を描き、より鋭利に斬る事と突く事を両立させたデザインである。柄には華美に成り過ぎない程度の細工と輝石が埋め込まれていて握りには黒い革が巻かれている。


 全体として如何にも良く切れそうな業物であるが、何よりヨシンを驚かせたのはその価格「金貨二百枚也」である。


「静かにしなよ、ヨシン……このお店は山ドワーフ国の直営店だよ。質は折り紙つきだけど値段も其れなりってことだよ。それに多分この剣は鋼じゃなくて『ミスリル』製だね」

「へー、ミスリルの剣って初めて見たー」


 アルヴァンの解説に感嘆するユーリーと納得が行かない風に首を傾げるヨシンであるが、その三人に店の奥から声を掛けてくる者がいた。


「うるさいなー、買わないんだったら帰れとは言わんが静かにしてくれ!」


 野太い声は大柄な中年男性を連想させる、自然とその顔が有るはず・・の場所へ視線を向けるが、そこには何もない。驚いたユーリーは声の主を探そうと視線を下に向けると、そこにはユーリーの腰くらいの高さのカウンターに肘を掛けた酒樽……いや髭面のドワーフが不機嫌そうに立っていた。


(わっ、ドワーフって初めて見た!)


 と感激するユーリーに


「なんだ!ウチは武器屋だぞ、見世物小屋じゃねぇ!」


 とその酒樽……いやドワーフが怒鳴る。その迫力に押されながらもユーリーは弁解する


「あ、あんまりにも見事な剣なので、安いだろって言っていたところです。うるさくしてすみません」

「この剣ミスリル製ですよね? 山ドワーフ国で造られたんですか?」

「う、うわー。こんな剣いつか使ってみたいなー」


 ユーリー、アルヴァン、ヨシンの順に褒めることで相手を宥める作戦である。最後のヨシンだけ如何にも棒読みなセリフになっているが、全体として息の合った三人の褒め言葉に、先ほどまで不機嫌そうだったドワーフの店員は表情を一変、相好を崩しながら機嫌良さそうに近づいてくる。


「そうだろ、そうだろ、良い出来だろ。こいつは去年『お山』で鍛えられたんだ。残念ながら純粋ミスリルじゃなくて、芯は鋼だがその分安く造れる。切れ味と丈夫さは折り紙つきだ……」


 一気に機嫌の良くなったドワーフ店員の説明は続く。


「ミスリルってのはそれだけで高価で貴重な金属だが、材料が希少っていう他に、精錬・加工が難しいってのがある。『お山』の炉か……そうだな『モリアヌス鉱床』の炉じゃないとまともに加工出来ない代物さ……」


 「お山」というのは、山ドワーフ国のことだろう。そして精錬・加工が難しいというのは本で読んだ知識の通りだ、そう思ったユーリーが何気なく、しかし不用意に口を挟んでしまう。


「軽くて腐食に強く、折れず曲がらず良く切れる。その上魔法との相性も良く、この材質自体を弱点とする魔物も居るんですよね?」


 そのユーリーの解説に、話の腰を折られた店員がジロッとユーリーを見る。そして


「ブハハハハ、物知りだな兄さん。その通りだよ。魔術具の武器の多くはミスリルを基本素材として使っている。それ以外の素材と言えば紅金ロソディリルか、精霊樹の枝、竜の骨なんかになって来るんだが、どれも途轍もなく希少過ぎる。それに比べてミスリル銀ってのはな……」


(あ、なんか調子に乗らせちゃったかな……)


 と反省するユーリーは、アルヴァンのじっとりとした視線と、ヨシンは焦点の合ってない視線を感じていた。結局、その後絶好調に達したドワーフ店員の説明は延々数十分続き、話を中断させる切っ掛けを失った三人はそれを全て拝聴することになっていた。


「アー! 疲れた……」

「まだ午前中なのにすごく眠くなった……」

「まぁ、色々教えて貰って、勉強になったと思えば……ね?」


 店を出てから、余り前向きでない感想を述べるアルヴァンとヨシンに、ユーリーが取り繕う。本当は少し通りを戻ったところにある魔術具店に行きたいのだが、ユーリーの発言を聞いた二人はジトッとユーリーを睨むと、サッサと先へ行ってしまった。


「えー? ちょっと待ってよー!」


 というユーリーの情けない声が雑踏の中に吸い込まれていくのだった。


****************************************


 結局ユーリーとヨシンにアルヴァンを加えた三人の青年は「王都の地理に慣れるため」及び「田舎者臭さを抜くため」という口実を大いに活用し、毎度毎度厳しくなるお側係りのゴールスの監視をすり抜け、丸三日間王都を満喫していた。流石に遊びに来た訳ではないことを承知しているユーリーとヨシンだが、初めての目にする光景や経験に日々驚きの連続であった。


 そして王都到着後四日目の夜、食堂で警備兵や屋敷に詰めている正騎士の従卒兵らと食事をとったユーリーとヨシンはガルス中将に呼び出されていた。


「毎日毎日遊び歩いているそうだが……王都には慣れたか?」


 ゴールス辺りから聞いたのであろう、もしかしたら「小言の一つでも言ってくれ」と頼まれたのかもしれないガルスは、目の前の二人にそう言いつつチラと同席するアルヴァンの方も見る。その視線に気付いたアルヴァンは顔をそらして頬を掻く素振りをしている。その様子に「はぁ」と一つ溜息を吐いた後ガルスは続ける。


「お前ら二人が若殿アルヴァン様と仲が良いことは結構だが、主従の立場はわきまえてくれよ……それで本題だが、ユーリーとヨシンは夫々別の貴族の『遠縁の子』として暮らして貰う。ユーリーは元魔術アカデミーマスターのユードース男爵家、ヨシンはマルグス子爵家だ。身分上は『養子』ということにしてあるが、これはあくまでも王立アカデミー高等部へ入学するための身分偽装だ……」


 因みに、王立アカデミーは小児部、中等部、高等部と別れている。小児部と中等部は貴族 ――つまり爵位を持つ家の子息―― 専用である。それに対して高等部は一般市井へも門戸が開かれているが、それは難関と言われる試験に合格することが求められる狭き門である。一方貴族の子息は無試験で高等部へ入学できるのだから、この部分に一定の身分格差があると言える。


 身分といえば、ユードース家は「男爵家」である。「男爵」とは、ウェスタ侯爵領で言うところの哨戒騎士や、リムルベート王国第一騎士団の一般騎士などと同様の「当代身分」つまり本人限りの地位である。伯爵、侯爵、子爵とは違い「男爵」は世襲されることは無いが、死ぬまで王家から給金を「禄」として受け取ることが出来る。主に高位の行政職か軍事や内政で著しい功績があった者に与えられることになっている。そして幾つか有る恩典の一つが、子息を高等アカデミーへ通わせることが出来る、というものである。


 今回試験を受けていないユーリーとヨシンをアカデミーに潜入させるには、この方法が必要だったのだ。


「え! 魔術アカデミーの元マスターなんですか、そのユードースさんて!?」


 ガルスの言葉に興奮気味のユーリーである。養父メオンからは、度々初歩的な魔術論が書かれた書物が届くが、やはり本を読むだけでは分からないことがある。特に「力場系」と「放射系」は、ほぼ独学で魔術を学ぶユーリーには難しく最近習得が難航していたのだ。だから、


(もしかしたら、教えてもらえるかも!)


 と淡い期待を持ったのだろう。一方のヨシンは何を聞いていいか分からないという風だが、ユーリーにつられて口を開く。


「マルグス子爵ってどういう人ですか?」

「そうだな、一言で言うと『浪費家』だ」

「え?」

「あとは、『美術品の収集家』だ」

「……」


 ガルス中将の言葉に溜息を吐くヨシン。マルグス子爵とは、ヨシンの価値観と真逆の人物のようだ。


(苦労しそうだな……)


 と早くも気が重いヨシンである。そんな落ち込むヨシンと、妙な期待を持っているユーリー、その二人を見てガルスが確認する。


「明日から行動開始だ、明日の午前中に各自の家へ行き当面の行動基盤の確認を行うように。その上でアカデミー正門前に正午には集合するものとする。何か質問はあるか?」


 その硬い口調に、ユーリーは今回の件が任務であることを再び認識していた。そして少し気になる事を質問するのだ。


「以後はユードース家とアカデミーの行き来となるのですか?」

「基本的にそうなるが、定期連絡は密偵がつなぎ・・・を付けることになっている。緊急の場合を除いて人目に付く時間にこちらの邸宅を訪れてはいかんぞ」


 ユーリーの質問にガルスが答える。今回の件は、ユーリー、ヨシン、アルヴァンが夫々他人の振りをしながら標的のグループを多角的に探ることが肝心となっている。そのために関係性を疑われてはならないのだった。


 そして、任務としての学園生活が始まる……


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