Episode_04.28 剣の花嫁


 後に「ウェスタ領オーク戦争」と呼ばれる一大事変は、小滝村を奪還したその日の作戦で終息を迎えた。早朝夜明けと共に開始された反攻・奪還作戦は昼前には終了し、小滝村に駐留していた敵のオーク兵約千百匹は全て討伐され、その一族を率いていた族長オロは捕えられた。


 大方の人々がオーク兵撃退と小滝村奪還の「勝利」に沸く一方で、ウェスタ侯爵領の受けた被害は甚大だった。丸々一つ分の村と二つの小さい集落が全滅し、哨戒騎士団の被害は騎士三十八名、兵士百十名が命を落とし、正騎士団でも騎士が十二名、従卒兵が百八十二名犠牲になっていた。


 この戦いは、多くの被害をウェスタ侯爵領にもたらしたが、一方で何人かの英雄とそれに纏わる逸話を生み出していた。まずその筆頭に挙げられるのが、当主ブラハリーの息子アルヴァンである。初陣でありながら正騎士部隊の半数を指揮し敵陣に突撃、お飾りでも手柄を譲られた訳でもなく、正真正銘に軍の指揮を取り見事な采配でオーク兵の将軍バルを討ち取る大手柄を立てたのだった。その輝かしい功績から領民の多くはその呼び名を「若殿」に変えたのだった。


 次に語られるのが、「決死隊」として絶体絶命の任務に就き、悪路を行軍の末に敵の背後を突き、オーク兵二百を殲滅し、その切り札である「オーガー」をも打ち倒した「第十三哨戒部隊」である。特にその隊長女騎士ハンザと副長デイルの恋物語は、その前後のエピソードを含めて長く領民・騎士・兵士に語り継がれる美談となって行く。しかし、その第十三部隊の若き兵士ユーリーとヨシンの名が人々の話題に上るのは今しばらく待たなければならない。


 そのような華々しい話題の影に隠れ、事実を伏せられた出来事もある。パスティナ救民使白鷹団イザムの死の間際の所作や、「聖女」リシアの起こした奇跡は調査の結果、軍事的に考察の価値無し、として公式な記録に残されることは無かった。尤もこの決定は、新しい一団のリーダーであるジョアナがリシアの「奇跡」については内密にして欲しいと、ウェスタ侯爵ガーランドに申し出たことが理由なのであった。


 そんなジョアナは、弟イザムを亡くした悲しみの中にありながら「もっと多くの人々を救う」という宣誓をパスティナ神に立てると、何処ともしれずウェスタ領内を去って行った。


 戦闘終了から丸二日間昏睡していたユーリーは、いつかの様にトデン村の村長宅のベッドで目を覚ますと、先ずまっさきに「聖女」リシアの行方を捜した。しかし、周りの領兵団もヨシンもその行方は知らなかったのである。この事実に、ユーリーは自分の胸にポッカリと大きな穴が開いた気がしたのだった。


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 戦闘終結から五日後、ウェスタ城では哨戒騎士団の編成に関する話し合いが行われていた。正騎士とその従卒兵に関しては夫々の家に任せる方針だが、哨戒騎士団の補充は頭が痛い問題だったのだ。予算面の制約から、これまで「少数精鋭」を強いてきたことが仇となり哨戒騎士の補充が間に合わないのだ。「見習い騎士」であったものを全て哨戒騎士に繰り上げたのだがそれでも定員を満たせなかった。結局、十五あった哨戒部隊は十二部隊に再編制されることになった。これに伴い、パーシャは正式に領兵団の「副団長」となり弱体化した哨戒騎士部隊の再編制・補充員の育成を担当することになった。


 軍事面では人材の育成を待つことになったが、待てないのが復興作業である。略奪され破壊された小滝村には、可也の資金と資材が投下され、急いで建物の修復が行われている。しかし、養蚕と養殖という産業基盤にも損害を受けていたため、本当の意味での復興は時間の掛かる仕事となりそうだった。そして、その仕事を任されたのがウェスタ城の事務官セドリーであった。彼の苦労と奮闘の場は城内から小滝村に変わりこれからも続いて行くのだろう。


 全体として少しずつ復興への努力が行われる中、ユーリーとヨシンの二人には嬉しい出来事があった。十二月の或る日、ウェスタ城の第一城郭に呼ばれた二人は、ウェスタ侯爵ガーランドから直々に「お褒めの言葉」を授かることともに、アルヴァンと再会を果たしたのであった。アルヴァンは王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅から騎士達を伴い無断・・で王都を離れた乱行・・の罰として、当主ブラハリーから「三か月の謹慎」を言い渡されていたため、王都に戻らずウェスタ城に滞在していたのだった。


 久々に再会した三人は、お互いの近況や戦場での活躍を話し合う。


「へー、デイルさんてやっぱり凄いなー」

「やっぱり、ハンザ隊長とデイルさんて、そう言う仲だったんだぁ」


 少し前の「親善試合」とそのの前後の様子を話すアルヴァンに、ユーリーとヨシンの感想である。


「そう言えば、ヨシンは自前の剣を買ったの?」

「あー、これ。これデイルさんの折れた剣を貰って修理したんだ」

「ヨシンたら可笑しいんだよ。この剣に『折れ丸』とか変な名前付けてニヤニヤ笑ってるんだよ。殆ど毎日」


 ユーリーの言葉に吹き出すアルヴァンである。


「ブハハハ、ヨシン、それはコワイ!」


 アルヴァンの指摘に憮然とした表情のヨシンである。そんなヨシンに対して、一応ユーリーが機嫌を取ろうとする。


「でも凄いんだよ、オーク兵を十五匹やっつけたんだよ、この『折れ丸』で」

「えぇ! 十五匹って……それ凄いな」

「十五じゃない! 十匹だって……ちゃんと数えていたから間違いない」


 照れる訳ではないが、親友に褒められて面映い気持ちのヨシンは戦果を訂正するのだが……


「ちがうって、ヨシンは『五』と『八』を三回と『九』を二回数えてたって他のみんなが言ってるよ」

「え?ほんと?」


 そのユーリーとヨシンのやり取りに再びアルヴァンが笑い出す。


「そ、そ、それはヨシンらしい」


 褒められているのか、笑われてるのか分からないヨシンは話題を変えようとする。


「そんなこと言うんだったら、ユーリーなんてもっと凄いんだぜ! あのなんだっけ……火が出る奴とか、強くなる奴とか、あー名前忘れた。とにかく、もう作戦の要なんだよ!」


 いつまで経っても自分の使う魔術の名前を憶えてくれないヨシンに苦笑いするユーリーであるが、アルヴァンは素直に驚きの声を上げる。


「凄いな……もしかして全力で戦ったらデイルさんにも勝てるんじゃない?」

「まさか、ナイナイ絶対無理!」

「あっ! そう言えばこの間の試合でデイルさんに勝ったのがオールダム子爵の三男なんだけど、あの人も魔術と剣を組み合わせて戦ってたなぁ」

「へー、会ってみたいなー」


 アルヴァンの言葉にユーリーは世の中の広さを思う。一度王都にも行ってみたいという好奇心が湧いてきたのだ。


「あっと、話してたら忘れる所だった! これを二人に渡さないと!」


 何事か思い出したアルヴァンは部屋の隅のテーブルに置かれていた羊皮紙の書状を取り出すと一枚づつユーリーとヨシンに渡す。そこには、


――「樫の木村出身、ユーリーに見習い騎士の任を命じる」――

――「樫の木村出身、ヨシンに見習い騎士の任を命じる」――


 それは見習い騎士の身分に昇格する辞令であった。ユーリーとヨシンの二人は顔を見合わせると、力を籠めて手を握り合う


「おお、すげー!」

「やったぁー!」


(頑張った甲斐があった……)


 二人の様子にアルヴァンはしみじみとそう思った。この辞令を出させるために、色々働き掛けたのだ。別に実績や実力が問題視されたのではない。単純に彼等の年齢、年が明けて二人とも十七歳という若さが哨戒騎士団史上前例に無い、と言うだけの理由だった。身分とは責任が伴うため、年齢を重視するヨルク団長の気持ちも分かるのだが、アルヴァンの説得に最終的には折れたのだった。


 夢に一歩近づいたことを大喜びするユーリーとヨシン、それを見守るアルヴァンはこの時未だ知らなかった。半年後に王都リムルベートで再会する未来があることを……


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アーシラ帝国歴493年5月1日


 その日のウェスタ城下は見事な晴れ空であった。


 ウェスタ城下にあるラールス邸の、普段はガランと広く見える庭は、この日いつもと違う装いに彩られていた。厩舎の或る方向にそれを隠すように幕が張られ、祭壇のように飾られた一段高い舞台が用意されている。そこから赤い絨毯が屋敷の門の方へ続いており、来客はその両側に設置された椅子を埋め尽くして、主役の登場を待っている。


 舞台の上には中央に戦の神マルスの司祭が立ち、その右にはピカピカに磨かれたウェスタ侯爵領正騎士団・・・・の深緑色の重厚な甲冑に身を包んだデイルが立っている。そのデイルは、ふと今日までの出来事を思い出す。


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 デイルとハンザは本来年が明けてから、そろって哨戒騎士団に除隊届を出す予定だった。そして、その届を二人で一緒にヨルク団長に提出したのだが、そこで思わぬ事態となった。


 常々家臣団の重鎮ガルス中将の一人娘が配下の哨戒騎士団にいることにやり難さを感じていたヨルク団長だったが、今は人手不足が極まった状況である。副団長のパーシャはよく遣り繰りをしているが、それでも人材の育成は時間がかかる一大事業である。時間がかかるのだ。そこへ、今や哨戒騎士団の英雄と巷で呼ばれている二人の除隊届である。事情はわきまているものの、素直に受理できないヨルク団長は、なんとか二人を遺留した。


「なんとか、三年……いや一年でも良いから。思い留まってくれ……」


 一方、そう言う事もあるかも知れない、と思っていたデイルとハンザの二人は(やっぱり……)と思ったが、彼等はもう待てない気持ちだ。嫌がるヨルク団長の机に届けを置くと、


「よろしく、お取り計らいの程を!」


 と言って執務室を出て行ってしまった。困ったヨルク団長はすがる思いでガルス中将に手紙を書くが、返事はなんとも素っ気なく


 ――俺は隠居がしたい――


 のみだった。それを受けたヨルクは内心


(なにが、隠居だ……この間だって散々戦場で暴れていたくせに……)


 と不満一杯になるのだった。


 そして、こうなったら「のらりくらり」と受理を先延ばしにして二人には働き続けて貰おうとヨルク団長が考え始めた矢先、今度は若殿アルヴァンが、デイルをラールス家の養子として認める旨と、デイルとハンザの婚約を発表したのだ。


(あっちの方が一枚上手だった……)


 その思いに最後、「ダメで元々」の精神でウェスタ侯爵ガーランドに直訴したヨルクであったが、


「はよう、受理せんか!」


 と逆に叱られてしまった。侯爵も哨戒騎士団の事情は分かるが、二人の仲を知りつつ危険な任務を課した手前、これ以上ラールス家に負担を掛けることはしたくないのだった。


 こうして、二人の除隊届は先月四月中頃に正式に受理されたのだった。


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 檀上で主役の登場を待つデイルは、チラと来客最前列の端に座るヨルク団長を見る。その表情は「何とも微妙な」としか形容の仕様がないものだった。その時、門の外に詰め掛けた野次馬達から歓声が上がる。今日の主役の登場だった。


 ワーとか、キャーという悲鳴とも歓声ともつかない声援の向こうから、今日の主役 ――花嫁ハンザ―― が登場する。ここ数か月ウェスタの住民の注目を浴びていた二人だが、その関心は主にハンザに向けられていた。


 ――小柄ながら甲冑を身に着け剣を帯び、颯爽と任務に向かう。ひとたび敵と向き合えば、凛々しくも圧倒的な剣捌きで並み居る敵を次々と斬り倒す――


 そんなハンザの活躍を、まるで見ていたかのように語る吟遊詩人の物語にウェスタの住民、とくに年頃の女子達は夢中になったのである。今も物珍しさで見物に来た人々とは別に、明らかな目的を持った女性の一団が門の前に待ち構えており、姿を現したハンザに黄色い声援をおくっている。


(なんとも、今日は一段と……大人気だな……)


 そう思うデイルであるが、それもそのはずである。今日のハンザの、父ガルスに伴われて堂々と絨毯の上を進むその姿は、ハンザに夢中になる女性達が空想しそうな格好をしていた。つまり、花嫁が身に着ける純白のドレスの上から磨き上げられた深緑色の哨戒騎士団仕様の甲冑を身に着け、左腰にいつものロングソードを帯びた勇ましい姿である。


 流石に兜と盾は持っていないが、細い金髪を肩下まで垂らした上に薄いベールを被り、左手を剣帯に手を添え、右手を父ガルスに預けた状態で絨毯の上を進むその姿はまるでマルス神の神話に登場する戦乙女バルキリーそのものである。


 本来、花嫁の恰好として非常に珍妙な恰好なのだが、顔を上げしっかりと生涯の伴侶を見据えて堂々と歩くその姿に、詰め掛けた来客は思わず感嘆の声を漏らす。その凛とした姿を見たものには「この人こそ、この恰好で無ければ」と言う印象を与えるのだった。


 やがて舞台に上がった新婦ハンザは右手を今は新郎デイルに預けると、マルス神の司祭が読み上げる婚礼の祝福詩を聞きながら、デイルを見つめる。勿論デイルもそのハンザを見つめている。


「 ――この人生を戦場に喩えよう 生涯裏切らぬ伴侶と言う味方を得た戦士よ―― 」


 滔々と詩を読み上げる司祭の声など耳に入っていない二人は熱い眼差しを交わし合う。やがて祝福詩篇を読み終えた司祭が「誓いの口付けを――」と語り掛ける。


 その様子を来客席の末席から見守るユーリーとヨシンは、新品の見習い騎士用の甲冑姿である。そんな二人が見詰める先で、檀上のデイルがベールをそっと外し、ハンザに口付ける。その光景を見ながらユーリーは、


「ハンザ隊長、綺麗だね。剣の花嫁って感じだね!」


 と隣のヨシンに話しかけたのだが、会場の来客や門外の野次馬が息を呑んで檀上の二人の口付けを見守っていたため、その興奮気味の声はやけに大きく会場に響いた。自分の声が場違いに静寂を破ったことに赤面するユーリーであるが、本人をそっちのけで、「剣の花嫁」という形容があちこちで囁かれる。まさに言い得て妙な喩だったのだ。


 檀上では、司祭が婚礼の完了と夫婦になったことを宣言するが、会場のざわめきはやがて大きく成ると、最前列の貴賓達にも伝わる。そして、主賓のアルヴァンが立ち上がると


「若き勇者と剣の花嫁にマルス神の祝福を!」


 と言う。そして会場の来客と門外の野次馬は皆一斉にその言葉を唱和するのだった。


「若き勇者と剣の花嫁にマルス神の祝福を!」

「剣の花嫁に神の祝福を!」

「剣の花嫁に神の祝福を!」

…………

……


 いつの間にか、唱和される言葉から自分の事が抜けていることに気付いたデイルだが、


(……まぁいいさ、本当の女神の祝福はここに……)


 と思い、はにかんだ表情で頬を赤らめているハンザに、優しくもう一度口付けをするのだった。


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