Episode_04.26 死闘
三方向から牽制するように近づいてくる人間に対して、オーガーは右側の哨戒騎士に襲い掛かる。巨体に見合わず素早い腕の振りだ。その攻撃を辛うじて、殆ど馬の本能によって避けた哨戒騎士だが、オーガーの指先に生えた鋭い爪で肩の辺りをざっくりと抉り取られ落馬してしまう。
オーガーはその落馬した騎士を次の獲物と定めたようで、掴みあげようと更に腕を伸ばす。落馬した騎士は恐怖に顔を引き攣らせながらも、懸命に剣を振るうがそれを気にも留めないオーガーの手が迫る――
ヒュンヒュンヒュン!
その時、風切音がほぼ同時に聞こえるほどの連射で放たれた三本の矢がオーガーの顔の左側面めがけて空を切り裂いて飛ぶ。オーガーは倒れた騎士を掴みあげようとしていた動作を止めると、素早い動きで不意の矢の攻撃を払い除けていた。そして、食事の邪魔をした矢の主を探す。
「ユーリー! 弱体化だ!」
そこには、斜面を物凄い勢いで走り降りてくるルーカの姿があった。その言葉にユーリーは咄嗟に養父メオンから贈られた三本の魔水晶の事を思い出していた。
(くそ、こんな時に忘れているなんて……)
そう歯噛みしつつも、ユーリーは弱体化の魔水晶を取り出し使用方法の記述を思い出しながら、オーガーに投げ付けた。魔水晶と呼ばれる硝子の棒は青い燐光を曳きながら放物線を描くとオーガーの肩に当たりかけるが、これもオーガーは右手で跳ね除けようとする。
毛むくじゃらの太い腕が振るわれ、魔水晶を打ち据えた。その瞬間、それは粉々に砕け散り周囲にごく薄い水色の光を振りまく。
グゥゥゥ……
その光に包まれるなか、オーガーは呻き声のように聞こえる唸り声を上げた。
(効いたかもしれない!)
そのユーリーの手応えは、デイルも感じていたようで、
「うぉぉぉ!」
デイルは裂ぱくの気合いと共にオーガーに斬りかかる。対するオーガーは振り上げていた右腕を反射的に振り戻す。しかしデイルは、その攻撃を寸前の所で見切り、振り抜かれるオーガーのその手の先、人差し指と中指めがけて大剣を打ち込む。
ザンッ!
ユーリーの強化術を受けたデイルの斬撃は、強力な弱体化術を受けたオーガーの右手を捕えると、鈍い音を響かせて丸太ほどの大きさの指が二本宙を舞った。しかし、指二本を切り落としたデイルは、他の指先の爪を何とか紙一重で躱そうとするが……薬指の爪で甲冑の胸甲を抉られると後ろに吹き飛ばされてしまった。
「デイル!」
悲鳴のようなハンザの声が響く。「防御増強」の術で軽減された上に甲冑で一番装甲の分厚い胸甲に攻撃を受けたにも拘わらず、胸甲には横一文字に鉤裂き状に破損し、傷から血が噴き出す。デイルは、
(「身体機能強化」が無ければ、上半身を吹き飛ばされていた)
と、オーガーの攻撃力に驚愕する。
一方、オーガーは自分の右手の指を切り飛ばした人間に憎悪の目を向けると、起き上がろうとするデイルを叩き潰そう両腕を振り上げて跳躍の動作に入る。
そこへ、ユーリーの
グォォ!
苦痛の叫びを上げて仰け反るオーガー。だがルーカは表情を変えずに、むき出しになった腹や喉めがけて黙々と矢を射続ける。一方哨戒騎士達は、これを好機と考え棒立ちになるオーガー接近しようと試みるが――
「未だ早い!! もっと弱らせてからだ!!」
今まで聞いたことの無いようなルーカの大声である。流石に尋常では無い雰囲気に哨戒騎士達は踏み止まる。更にルーカはユーリーに向けて言う
「ユーリー、ぼさっとするな! 攻撃術を撃ち込め!」
ルーカとしては、これまで度々戦場で苦しめられてきたオーガーの怖さは良く分かっている。攻撃力とか瞬発力ではない、オーガーの怖さは生命力なのだ。弱ったと思って油断したところで返り討ちに合った仲間を何人も見ているルーカだから、自然と語調が厳しくなるのだ。
一方ユーリーは、
ドォォンッ
大きな炎の矢は、オーガーの腹に着弾すると周囲に爆風をまき散らしその巨体を数歩分後ろへ吹き飛ばす。流石のオーガーにもこの攻撃は効いたようで、仰向けに地面に倒れ込んだ。
ユーリーはその威力に呆けるように見入るが、それも一瞬のことで、直ぐに精神集中すると
傍目でみると、ルーカとユーリーの一方的な攻撃が続くのだが、それでもオーガーはその巨体を起こそうとする。腹の辺りは焼け焦げた肉がむき出しになり頭部を中心に無数の矢を突き立てた状態で、である。
(ここで諦めたら負ける……こんな化け物に負けて堪るか!)
ユーリーの根性の叫びが、底を付きつつある魔力を呼び覚ます。そして、使用可能回数を越えて「
もしもこの光景をメオン老師が見ていたら、即刻止めさせる程に危険な行為である。しかし、この時メオン老師はここには居ない。
(凄いな……ユーリーは……こっちは腕が攣りそうだ)
先程から五分近く連射を続けているルーカである。矢を満杯に詰めた矢筒は北の高台に腐る程あった。彼はそれを四つ掴み肩に掛け、更に両手で二つ運んできた。そして、得意の「固定砲台」となる。持って来た矢は三分の二を撃ち切るところだが、腕が限界を迎えつつある。歯を喰いしばるがどうにもならない、小さく痙攣を始めた腕が鉛のように重く感じる……
その時、フッと誰かがルーカの右肩を触る。ルーカはその感触に驚くが、右手に溜まっていた疲労が嘘のように抜けていった。
「なっ!?」
驚いたルーカが振り返るとそこには、灰色のローブをまとった少女が二人立っている。その内一人がルーカの肩に手を触れたのだった。それはまるで神蹟術のような効果であったが、それを行った少女を見たルーカは、別の事に驚いて目を見開いていた。
(えっ! リサさん!!? いや、ユーリー??)
ルーカが咄嗟に思い浮かべたのは、遠い記憶の彼方の出来事。まだ「銀嶺傭兵団」で活躍していた頃の自分。喧嘩をして絶交状態になっていたフリタと自分の間を苦笑いしながら
(……なんだ、この感じ……)
目の前に居るのは、先ほどオーク兵から助けた少女である。しかし、今感じたその不意の印象で頭の中の整理がつかないルーカは、思考の無駄な部分を切り捨てると一つだけ分かることを少女に言う
「助かった! 出来ればあの少年も助けて欲しい。俺達の頼みの綱だ!」
咄嗟にルーカの口を突いたその言葉に、少女 ――リシア―― は微笑み頷き返すとユーリーの元へ駈け出していった。
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