Episode_03.23 胎動Prologue to Episode_4


 時は少し溯り、十月上旬のこと。ウーブル城下町の外れにある高台に建つ館には、炭袋を荷台に満載にした荷馬車が停まっている。この館は周囲を壁に囲まれて、その上入口門をウーブル領の兵士が固めている。一見何気ない富豪の別荘のような佇まいだが、警備は厳重のようだ。


 ポームは、玄関前の警備の兵を一瞥すると、構わずに屋敷の扉を開け中に入る。外見は地味だが、中は非常に豪華な造りになっていて中央の吹き抜け階段の正面には大きな「シャローナ・ウーブル前侯爵夫人」の肖像画が掛けられ天井からは、幾つものシャンデリアが吊り下げられている。その他にも階段の手すりの先端や、壁の細部に至るまで豪華な細工や装飾が施されている。


 それらの装飾品を、鼻の頭に皺を寄せて一瞥すると、ポームはスタスタと正面の階段を上り二階の部屋の一つの前で止まる。ドアをノックしようとして手を上げるが、


「入れ」


 ノックする前に、中から声が掛かった。ポームはドアを開けると室内に一礼してその中に入る。部屋の主の好みなのだろうが、部屋は雨戸が閉じられとても暗くなっている。そんな室内には灯火の術がもたらす薄い明かりが、天井付近に浮かんでいる。


「ポームか、遅かったな……」

「申し訳ありません、大師様」

「どこで道草を食っていたのやら……」


 ひどく皺枯れた声が、ポームの内心を探るように投げ掛けられる。それだけでポームは震え上がる気持ちになる。目の前の老人とも青年ともつかない「大師」がその気になれば、本当に頭の中を嘗め尽くすように調べることすら可能であることを知っているからだ。そして、調べられたものは「廃人」になってしまう。


(嘘はいかん、正直に正直に)


 自分に言い聞かせると、乾いた喉から何とか声を絞り出す。


「行商人に成りすまし、小滝村一帯の地形の調査は終了しました。途中……その仕入れた品が良く売れたので……つい、欲が出てしまい……それで戻りが遅くなりました」


 そう一気に言うと、「申し訳ありません」と頭を下げる。


「ハッハッハ。それで、幾ら儲かったのかえ?」


「ハ……金貨三十枚と上質の木炭を荷馬車に一杯仕入れてきました」


暑くないはずなのに、顔面に汗が噴き出す。


「そうか……それは構わんが、肝心の地形は如何する? 直接頭の中から抜き取ってもいいのだが」


 その言葉に慌てたポームが懐から紙に書かれた地図を取り出すと「大師」に差し出した。


「毎度のことだが、お主のその『役になりきる』ところは買っておる。が、程々にせんと、その内痛い目にあうぞ」


 そう言うと、「大師」は地図を確認する。いつもながら良く描けていると思うが、敢えて褒めないのは、部下の性格をよく知っているためだ。ポームという男は褒めるよりも恫喝したほうが、良い仕事をするのだ。


「よし、それではこれをもって、北の『里』に出向くとするか。お前も付いて来い」


 出向くと言っても、馬車や馬で行くのでは無い。相移転トランスポートで一瞬にして移動するのである。「大師」はポームの返事も聞かずに術を発動させる。一瞬後の部屋には、だれの姿も無くただ天井付近を灯火の明かりが漂っているだけだった。


****************************************


 十月末のある日、冷え込みの厳しくなり出した小滝村の北東に位置する集落では、集落の女達が蚕舎の掃除をしている。今年一杯は、様子見のつもりだったが、それにしては良い出来の繭玉が作れたと、皆上機嫌でお喋り半分に作業をしている。


 小滝村で行っていた養蚕だが、餌の桑を育てる土地が不足していたため、昨年から東北へ半日ほど山の中に入った場所に新しい養蚕場を作ることにしたのだった。


 桑の木畑を増やす余地が充分あり、余力を駆って他の野菜の作付けが出来るように開墾したのだが、日当たりの良い南向きの斜面は余程野菜造りに向いているかもしれない。斜面の上の森には小さな小川が流れており、来年はこの小川から用水を集落の畑に引き込むことになるだろうと、村の男達は相談しあっている。


 人口も順調に増えつつある小滝村から移り住んだ百世帯余りが暮らしている集落だが、そこは厳しい開拓村の一面もある。全く問題が無い訳では無く、開墾したばかりの土地がゴブリンや野獣に荒らされる事件が頻発しており、明日にも哨戒騎士部隊が来てくれることになっているのだ。今はその哨戒騎士部隊は、小滝村に滞在していることだろう。


 地形のせいか、テバ河の東部沿岸にあるこの地域では真冬でも雪が積もることは少ないので哨戒騎士部隊も任務を行うことできる。冬の間は深い雪に閉ざされる、北の桐の木村や樫の木村に比べると、余程に良い立地であると言える。


 男達は、集落の住居が立ち並ぶ場所の外れ、農地の近くに立つ小屋に集まると農具の手入れをしているのだが、こちらも雑談に花が咲いている。やれ、どの娘が可愛いだの、どの娘の胸が大きいだの、若い男が集まると話すことなど決まってくるものだが……


 その内、一人の男が話の輪から、ふと視線を小屋の外に向ける。


「ん? なんだあれ?」


 にわかに降り出した雪のため、視界が効かないが、畑の隅で何かが動いたような気がした。


「どうした?」


 と仲間の男達も、その男が見ている方を見る。確かに何かが動いているようだ。


「畜生! ゴブリン共に違いない! 追っ払ってやるぜ」


 血の気の多い者達がそう言うと、鋤や山刀を手に外に飛び出した。それを、室内から見守る男達の目に次に映ったのは信じられない光景だった。


 降りしきる雪にまぎれて何かが飛んでくる音がする。そう思った瞬間、先頭を走る男は胸に矢を受け転倒していた。


「え?」


 続く男達は、咄嗟の事に一瞬たたらを踏んで立ち止まる。


ヒュンヒュンヒュンヒュン――!


 そこに無数の矢が降り注ぐと、立ち止まった男達も一人倒れた男も全部まとめて、地面に縫い止められていしまった。全員絶命なのは確かだろう。


「お、おいっ。あんなのゴブリンじゃないぞ!!」

「お、オークだぁ!」


 小屋の中に残っていた男達が騒ぐ。慌てて外にでると居住区の方へ走り出す。蚕舎に居る女や家に残っているものにオークの襲来を伝えるためだ。だが、その背後に斜面を駆け下りてきたオーク達が襲い掛かる。オークの暗緑色の肌と鎧の色が集落を飲み込んでいった。


 その日、小滝村の東北の集落はオークの集団に襲撃され壊滅的な被害を出していた。辛うじて生き残ったのは、運よく森に逃げ込み助かった男女数名だけだった。この知らせは、襲撃を生き残ったその者達が何とか小滝村までたどり着いた翌朝まで、知られることは無かった。


 オークの集団の規模が良くわからないものの、その時小滝村に滞在していた第一哨戒部隊は、襲撃事件を知らせる使者をウェスタに出すと。小滝村東側の防御を固めつつ、敵情偵察のための斥候を何組か送り出していた。


 その日の夕方近くに斥候が戻り始める。彼らの伝える敵の情報は深刻だった。


「総勢百のオーク兵」

「揃いの防具を身に着けている」

「集落跡地に陣地を形成している」

「援軍が到着しつつあるようだ」

「指揮官が居て命令系統がある」


 そんなオークの集団に襲われたことなど無いのがウェスタ領である。これではまるで中原地方に蔓延るオークの傭兵団のようだ。


 第一部隊の隊長は、急いで現状を書き記すと兵をウェスタに走らせた。その前に送った兵は単なる報告であるが、今回は援軍要請である。その書状曰く。


 ――我、オーク兵の侵略部隊と会敵す。敵は東北山中の村を陣地とし勢力を増強しつつあり。彼我の戦力差およそ二倍、我が方劣勢。至急応援求む――


 これが、後世で語られる「ウェスタ領オーク戦争」の幕開けであった。


アーシラ帝国歴492年10月29日


Episode_03 少年兵と絆の人々 (完)

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