Episode_02.20 それぞれの誓い
ウェスタ城では、今回の誘拐事件 ――若君アルヴァンを狙った一連の騒動―― の黒幕をほぼ特定していた。桟橋で捕えられた賊達の頭領ランダンは、ノーバラプールの新興盗賊ギルドの中頭であった。かなり厳しく拷問を加え事情を洗いざらい喋らせた結果、彼らが「女侯爵」と呼ぶ盗賊ギルドのパトロン的存在が居ることが分かった。今回の件は、その「女侯爵」から直接の依頼だったようで、若君アルヴァンを殺害又は、跡取りで無くすというのが目的であったとのことだった。結局は最終的にランダンが暴走し、誘拐して身代金を取る事を企て失敗した訳だが、黒幕の目的を知ったところで、
「そらみたことか、ウ―ブルの鬼婆め!」
と喝采を上げた侯爵ガーランドであった。
その後は、当主のブラハリーが王都で、現ウ―ブル侯爵である鬼婆の息子を接待という形で何度か私邸に招き「やんわり」と有ったことを話して聞かせた。勿論騒動の黒幕については伏せたままだが、
「この件で、父のガーランドは怒り心頭に達しており。相手がどこの誰だろうと一戦交えて決着を付けると大変な鼻息で困ります。なんでも方々で、下賤な者共を使いあちこちを調べ回らせているとか…。元気なことは結構ですが、もう少し年寄りらしく大人しくして欲しいものですなぁ」
と持ちかけ、兼ねてより領内での母親の権勢に頭を悩ませていたウ―ブル侯爵の賛同を得たが、
「万が一にも、ウ―ブル領へ攻めることが無いとも限りません。今しばらくは、我ら二人だけでも、連絡を密に……」
とブラハリーに言われると、生来の大人しい性格から顔色を無くしていたと言う。北の小滝村周辺の領地問題を蒸し返そうとする母に自制を強く求める書状を送ったのはその翌日の事であった。
父のウェスタ侯爵ガーランドから、後は好きにするが良い、という言葉と共に得た情報で、穏健な方法ながら年上の侯爵に恫喝を加えるところは、中々に当主ブラハリーも豪胆なところがある。そんなブラハリーだが父からの手紙の一節には頭を抱えてしまった。曰く、
「儂の可愛い孫を『廃嫡』にするという話はどうなったのか? その後の知らせが無いが、心変りしないのであれば、このまま儂の手元に引き取り養子として、どこぞの伯爵家から嫁を娶るつもりじゃが、良いな」
侯爵からの手紙を届けたガルスは、当然中身は知らないが、珍しく血の気の引いた当主の顔色を見た思いがした。
ブラハリーはその日の内に、早馬を仕立てると父親宛ての手紙を持たせ、ウェスタ城に走らせたのだった。こうして、若君アルヴァンの『廃嫡』が無かったことになると、沈みがちだった王都のウェスタ侯爵邸は喜びに沸いたのだった。
話は前後するが、ユーリー、ヨシン、アーヴの三人の新兵の生活は事件後も特別変ることは無かった。アーヴとしては、一件が決着したのだろうし直ぐに王都に戻されると思い、折角仲良くなった親友との別れに落胆していたが、祖父のウェスタ侯爵は当分アーヴの「新兵生活」を続けるつもりのようで、御側係りのゴールスも何も言ってこない。
(本当に廃嫡されちゃったのかな……それならそれでもいいか……)
とも思うようになっている。それほどに、新兵訓練課程が板について来たのだった。
変ったことと言えば、朝夕の食事が前のように不味い物に戻った事だろうか。誘拐から一夜明けた翌朝に、臨時雇いの調理員が登城しなかったという噂が聞こえてきた。それからは、食事の質は以前に逆戻りしたが、そこから徐々に改善を見せ始めている。厨房の古参の調理兵は、セガーロの料理に食堂の雰囲気が変ったことを忘れられずに、腕を磨く決心をしたのだろう。この調子で改善されれば、今年の終わり頃には以前の水準を取り戻すかもしれない。
もう一つ変ったことと言えば、ユーリーを目の仇にしていた中年の兵士が失踪したことだろう。直接訓練兵には関係の無いことだったが、雑用を押し付けられる事が減ってユーリーはほっとしていた。一方で、セドリーは事務仕事が二人分に増え悲鳴を上げることになっていたそうだ。
「あんな無能でも、居なくなると困るなんて……」
とブツブツ言いながら、仕事をしているようだ。もしかしたら、身近な手伝いとしてユーリーに白羽の矢を立てるかもしれないが、ユーリーはそのことに気付いていない。
そんな中で、一番変ったのは、三人組の成長だろう。其々に下地が出来ている三人であったので、昼間の訓練課程ではそれ程変化は無いが、夜の特訓では、大分様相が変って来た。これまでは、タイプの違いがありつつも三者三様に良い所があり拮抗していた実力だったが、大人数での実戦を経験したヨシンがそこから一歩飛び抜けた感じになった。この変化に黙っていられないのがユーリーとアーヴである。「打倒ヨシン」を目標に特訓に打込んだのだった。何と言っても、十五歳の若者である。伸びるきっかけさえ掴めばグングン伸びる。少し調子に乗っていたヨシンが焦り出すのは時間の問題だった。そうして、雪が降る頃には再び三つ巴の実力に戻っていた。
灯火の術による明りが微かに消えかかる寸前の明りを放つ夜の訓練場で何時ものように特訓を終えた三人は脱力したように、地面に座り込んでいる。外は雪が降っているのか、やけに静かに感じる。寒い筈なのだが、力一杯動き回っていた三人の額には汗が浮かんでいる。
「なぁ、ユーリー、ヨシン」
「なんだ?」
「僕がもし王都に帰っても、友達だからな……忘れるなよ」
「えー、帰っちゃうの?」
「もしもだよ!」
「そりゃー、友達だろ。決まってるじゃん」
「そうだよね!」
「……ありがとう」
何気ない会話だが、ユーリーもヨシンもアーヴの調子がいつもと違うのを感じていた。実はこの日の午前に、久しぶりにゴールス経由で呼び出されたアーヴは久々に祖父と対面していたのだ。祖父であるウェスタ侯爵はここ半年で一段と逞しく成長した孫の姿に満足気に頷くと、
「そろそろ、王都に帰っても良い頃じゃろ、来年の春前には戻れるようになる」
と告げたのだったが、
「……そうですか……」
と残念そうに返事をする孫に驚いていた。ガーランドとしては、アルヴァンは喜ぶと思っていたのだった。
「なんじゃ、アルヴァン、この暮らしが気に入ったのか……しかし、お前には侯爵家の息子、ウェスタ家の跡取りとしての役目があることを忘れてはならんぞ」
「はい、それは分かっております」
「お前はいずれ、ウェスタ家の当主としてこの領民を守り、家臣を束ねて行かねばならない。今回の件は、将来その時に何かの助けとなるじゃろう。そういう気持ちで残りの日々を過ごすんじゃぞ」
というやり取りがあったのだった。何となく、落ち込んだ風のアーヴを元気づけようと、突然ヨシンが大声を出す。
「我らテーブルの三騎士! 一人は皆の皿に! 皆は一人の皿に! 残さず喰うべし!」
突然変なことを叫びだしたヨシンにアーヴが吹き出す。
「ハハハ、ヨシンなんだよそれ?」
「テーブル同盟の誓いだ! 今考えた」
横ではユーリーが腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
「良いか! 今や同じ班の奴らは我らの敵では無いが、いつか必ず我らに挑みかかってくる敵が現れる。その時には、我ら集いて共に敵を打ち払わん!」
存外、真面目な顔で言っているヨシンである。
「……そ、そうだね。僕達三人はテーブル同盟だ!」
笑い過ぎて目に涙を溜めたユーリーとアーヴが同意すると、三人で合唱するように
「我らテーブルの三騎士! 一人は皆の皿に! 皆は一人の皿に! 残さず喰うべし!」
と声を上げる。
「よし! もう一回!」
「我らテーブルの三騎士! 一人は皆の皿に! 皆は一人の皿に! 残さず喰うべし! ――」
屋外の練兵場は、すっかり雪化粧をしている。雪の積もる夜はシンと静まりかえるものだ。この夜の三人の誓いも、降り積もる雪に吸い取られると、ただただ三人の心の中にだけ響くのであった。
アーシラ帝国歴491 冬
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