第16話 全裸

 勇者の紋章から溢れ出る赤い光がマサオミの体を包んでいく。赤いオーラを身にまとったマサオミの迫力に俺は身震いして――い、いや、実際に俺の足下がぐらついている!! 体からエネルギーでも噴出させてるのか!?


 王の側近達もよろけるが、カイオウは落ち着き払ってアゴに手を当てていた。


「ふむ。攻撃力、防御力共に倍加させたか。なら、ワシも本気を出そう」


 今度はカイオウが青いオーラをまとう! カイオウから発生した突風で、


「うわわっ!」


 俺とリネは飛んでしまいそうになって、体勢を低くした。どうにか踏ん張りながら隣を見ると、小柄な王様が床を転がっていた。


 テイクーンが王に駆け寄り、背中を支える。


「王よ。これは流石にまずいのである。この城が吹き飛ぶ程の力を両者から感じるのである」

「えええっ!! ワシの城、無くなっちゃうの!? そ、それはいかん!!」


 城が吹き飛ぶと聞かされ、好奇心旺盛な王も流石に顔色を変えた。


「やめい!! そこまで!! そこまでじゃ!!」


 王が叫び、数人の兵士達がマサオミとカイオウの間に割り込んでくる。兵士越しにカイオウを睨んでいたマサオミだったが、


「……はっ。もうええわ」


 ぼやくように言うと同時に、赤いオーラも消え失せた。その様子を見てカイオウもオーラを消して、構えていた斧を背中に戻す。


 どうにか二人共、戦闘を止めてくれたようだ。王も側近も、そしてもちろん俺も胸を撫で下ろしていた。こんなのどっちが勝っても負けてもロクなことにならない。下手すりゃ死人が出てたかも。治まってよかったよ。


 王が態度を変えて、ニコリと笑う。


「それにしても双方、凄まじい力の持ち主じゃ! これならば黒蛇王など、恐るるに足らず!」


 上機嫌になった王はマサオミとカイオウの肩を叩いて回った。


「旅の疲れもあるじゃろう。部屋を手配する故、今日はゆっくり休むがよかろう」





 王の間を出た後、カイオウと俺とエリス、リネは二階の部屋に向かっていた。カイオウに割り当てられた部屋は、俺達の部屋のすぐ近くだった。


 一方、マサオミの部屋はピステカやテイクーンが滞在する三階に割り当てられたらしい。まぁ、この配慮は嬉しい。同じ階でバッタリ、マサオミと出くわしたりしたら、また戦闘になるかも知れない。互いに離れていた方がいい。


 カイオウの部屋の扉前。俺は礼を言う。


「カイオウ。今日は色々ありがとうな」

「ワシは契約書に従っただけだ」

「そっか。とにかく城ではマサオミに気をつけろよ? アイツ、またケンカ吹っ掛けてくるかも知れないからさ」


 するとカイオウは呆れたような顔をした。


「ワシより、自分の心配をした方がいい」

「え、俺?」

「お前の首筋を狙った時、奴は寸止めだと言っていた。だがワシが止めなければ、お前の首は飛んでいただろう」


 そしてカイオウは扉をパタンと閉める。エリスもリネも驚いて顔色を変えていた。


「うそっ! あれってやっぱり本気だったの?」

「マジかよ! 最低だな、あの勇者!」

「ま、まぁ、実際は止めてくれたんじゃないかな、流石に。ははははは……」


 どうにか平静を装っていたが、内心ガクブルだった。


 嘘だろ!! 何で出会ってすぐに俺のこと殺そうとするの!? こ、怖ぇえ!! 最近の日本の若者、マジで怖ぇえ!! 意味分かんねえ!!


「あっ、そういえばタクマ君。ローザさんの所、行かなくていいの?」

「い、いや。それはとりあえず明日にしよう。今日は疲れた……」


 武都ウルググでカイオウを仲間にした後、帰ってくればあの騒動だ。夜もとっぷりけていた。


「そう、だね。明日にしよう」


 リネの言葉にエリスも頷き、俺達は別れたのだった。






 翌朝。


 コンコン、と扉をノックされた。城の兵士とは違う優しいノックの仕方だ。きっとリネだな。


 目を擦りながら、俺は扉を開き――そして硬直する。


「やあ、おはようさん」


 目前に金髪タトゥーで殺人未遂の危ない勇者が立っていたので咄嗟に扉を閉めかけるが、マサオミは足を扉の隙間に入れてきた。


「何や何や。何でいきなりドア閉めるんや?」

「お、お前! 俺を襲いに来たんだろ!」

「はぁ? にいさんがええ女やったらともかく、そんなことするかいや」


 優しげにニコニコと微笑んでいるが、目は全く笑っていない。


「そんな構えることないやんか。昨日はホラ、王様の前ってこともあって、気合い入れただけやって。あんなことは、あの場限りや。もうピンクいオッサンにもちょっかい出さへんよ」

「お、俺に一体何の用だよ?」


 すると急に鋭い目を向けてくる。


「テイクーンに聞いたで。にいさん、不思議な魔導具、持ってんのやってな? ギガンテスを一撃で倒したっていうやんか」


 ぐっ! テイクーンの奴! 余計なことを!


「ギガンテスは俺のいた大陸にも、おってな。俺も戦ったことあるで。まぁ俺の敵やなかったけど、それでも一撃で倒すんは流石に無理やった。にいさん弱いのに、よう倒せたなあ」


 押し黙っていると、マサオミは続けて言う。

 

「それからあのピンクいオッサン。ありえへん強さやった。あのままやっとったら多分、俺、負けてたやろな。にいさんは、ステータスは屁みたいやのに、強力な魔導具と仲間を持っとる。ホンマに謎の多い勇者や」


 ……マサオミやテイクーンに俺がラムステイトを行き来していることを知られたら、きっと面倒なことになるに違いない。俺が沈黙を保っていると、マサオミはカラカラと笑った。


「まぁええわ。色々あったけど仲良うしようや。準備が出来たら討伐に行くで」

「えっ、討伐!?」

「何、驚いてんのや。黒蛇王を倒さなあかんやろ。あえて向こうから来るのを待つ必要なんかあるかい。こっちから行って叩き潰す――ってことで討伐や」

「そ、そうか。それじゃあ行ってらっしゃい」

「ああ、ほな行ってくるわ……って何でやねん。天竜と地竜。二人の勇者の力を合わせて戦わなあかんやろが」

「いや、俺はお前みたいに強くないし!」

「ふーん。実際どうなんやろな。まぁ、どっちにしてもや。自分だけ楽しようってのは、あかん。今すぐにとは言わん。俺もこの城の女と――やなかった、準備があるからな。明日にでも出発しようや」


 そう言ってマサオミは手を振って、踵を返した。


 

 ……俺はリネとエリス、カイオウを部屋に呼び、マサオミから黒蛇王討伐の誘いを受けたことを伝えていた。


「何か企んでやがるんじゃねーか? 怪しい野郎だぜ!」

「うん! 私あの人、大っ嫌い!」


 リネもエリスも勘ぐっていたが、カイオウは冷静だ。


「黒蛇王の討伐自体は元々の案件だからな。天竜の勇者の動向に気を配りつつ、行くしかあるまい」


 俺達は頷く。マサオミが何を企んでいようが、頼りになるカイオウが傍にいてくれるなら安心だ。リネもエリスも、その事が分かっているのだろう。差し迫ったような危機感は俺達にはなかった。


「それじゃあ、タクマ君。とりあえずパスティアに行かない?」


 リネはずっとローザの修行をサボったことを気にしているようだ。そんなリネにエリスがぼそりと言う。


「なぁ、リネ。もうローザの修行はいいんじゃないか?」

「えっ! だ、だってエリス、」

「カイオウがいてくれるなら、六凶天の対策は万全だ。それに元々、ローザは実力でアタシ達にパスティアに来て欲しいって言ってたろ?」

「う、うん。で、でもさ……修行止めるにしても、どちらにしても、ローザさんには一言断らないと! 今までお世話になったんだし! ねっ、タクマ君!」

「ああ。そりゃあそうだよな」


 エリスはきっとローザの厳しい修行がイヤなんだ。カイオウも仲間に出来たことだし、さっさと黒蛇王フォトラを倒して、平穏な暮らしに戻りたいんだろうな。けどまぁ俺としてはローザの修行が少し楽しくなってきてたから、悩むところなんだけど。


「なら、タクマ! 今からローザに断りに行こうぜ!」


 エリスにそう急かされ、俺は黙って頷くしかなかった。


 パスティアに行く前に一応、カイオウに尋ねてみる。


「カイオウ。今から俺の移動呪文でパスティアに行くんだけど、来るか?」


 するとカイオウは首を捻った。


「パスティア、か……」

「えっ!! 知ってるのか!?」


 しばらく考えていたカイオウだったが、


「知らん。気のせいだ」

「そ、それじゃあ、ローザ=ラストレイって女戦士は、どうだ? 知らない?」


 俺はローザの特徴をカイオウに伝えるが、首を横に振る。うーん。強そうな剣を持ってたり、時空間操作スキルとか教えてくれたり、俺、ローザってホントはかなり強いんじゃないかって思ってるんだけどな。


「ふむ。ちなみに等級は?」

「パッと見た感じ紋章も無いんだけど……等級は、あえて取らなかったとかじゃないかな?」

「それはない。等級はラムステイトの精霊の力によって与えられる。その者がその等級に値する強さになった時に、右か左、どちらかの腕に見合った紋章が自然発生するのだ」

「ええっ!? 紋章って勝手に腕に出てくるのか!?」


 驚いてしまう。此処ってやっぱりファンタジーの世界だなあ。ってことはローザはやっぱり無等級に間違いなくて、カイオウよりずっと弱いってことか……。


「うーん。最果ての町パスティア、って言ってたのにな。最後の仲間だから強いんじゃないのか……」

「ワシが思うに、最果ての町の最果てとは『未開の地』という意味なのだろう。ラムステイトには確かにまだまだ知らない地域は存在する」

「じゃあ、その中にはすごく強い奴も?」

「いるかも知れん。だがそれでも、紋章がないなら強者ではない」

「そ、そっか……」


 そしてカイオウは椅子にどっしりと腰を下ろしたまま、言う。


「ワシは出向く必要はないだろう。此処で待つ」





 カイオウを残し、俺達はラルラでローザの家に向かった。


 庭で剣の練習をしていたローザは、俺達に気付くと怖い顔でツカツカと歩いてきた。


「マスター! 昨日はどうして来られなかったのですか! せっかくこの間は真面目にやっていたと思ったのに! またサボりですか!」

「い、いやごめん。ちょっと用事があって」

「……用事? 本当ですか?」


 ジト目を俺に向けるローザ。リネが代わって弁解してくれる。


「ほ、本当だよ、ローザさん! 昨日は天竜の勇者が城にやってきたんだ! それでゴタゴタして行けなかったんだよ!

「そ、そうだったのですか……」


 リネは俺より信頼があるのだろう。反省の色を顔に出したローザが俺に頭を下げてきた。


「大変失礼しました。苦しいから修行をサボった訳ではなかったのですね」

「分かってくれればいいんだ」


 そう言いながら、俺はちらりとローザの両手を窺ってみた。うん。やっぱり紋章はないな。


「ローザ。前に聞いたかもだけど、腕に紋章はないんだよな?」

「はい。紋章などありませんが」

「タクマ。ローザはねえって言ってんじゃねえか」


 それでも俺は食い下がる。


「魔法で隠したりとか、してない?」

「しておりません」

「ホント?」

「私は嘘は吐きません」


 どうしてもローザが無等級というのが納得いかない。紋章のことをしつこく尋ねる俺に、やがてローザは溜め息を吐いた。そしておもむろに鎧を外し始める。


「……え」


 あっという間に下着姿となったローザに俺達は愕然としてしまう! 木綿で出来たような簡素な下着は、色気などない全くないデザイン――それでもローザの見事な曲線美に見とれてしまう!


 俺が凝視していると、ローザは眉間にシワを寄せた。


「全く。まだ疑っているのですか、マスター」


 そしてローザは、何と下着も脱ぎ始めた! 俺より先にエリスとリネが叫ぶ!


「お、おい、ローザ!?」

「ローザさんっ!?」


 だが、既に下着は床に落ちていて、ローザは素っ裸になっていた! 大きくて張りのある胸と、そ、それから、か、か、下半身も丸見えで……! うぉう……!


 恥ずかしさなど何処かに置き忘れてきたように、ローザが普通に尋ねてくる。


「ほら。胸にも腹にも背中にも、紋章などないでしょう? これで満足ですか?」

「は、はいっ!! 大満足です!!」

「!? タクマ!! てめえ、何が大満足だ!! このドスケベ野郎!!」

「い、痛ぇえええ!? やめろ、エリス!! 指で両目を押すな!! 目が潰れる!!」

「ろ、ローザさんっ!! とにかく服、着て!! 早く!!」


 俺達がガヤガヤ騒いでいるうちに、ローザは鎧姿に戻っていた。とんでもないことをしたにも拘わらず、ローザは平静そのものだ。


「それでは修行の続きを始めましょうか」


 真っ赤な顔で俺と取っ組み合っていたエリスがローザを睨む。


「ろ、ローザ!! 元々、ローザはアタシらに実力で此処まで来て欲しがってたよな!?」

「はい。それはもちろん」

「なら!! アタシ達は自分達で努力して、此処まで辿り着く!! 今後はもうアンタの修行は受けない!!」

「むむ……。そ、そうですか……」


 凄い剣幕のエリスにローザは少し押されているようだった。


「……仕方ありませんね。分かりました」


 やがて、そう呟くローザ。あーあ。何だかちょっと残念だな。もうローザと明醒の密着修行も出来なくなっちゃうのか……。


 しかし、ローザはエリスにきっぱりと言う。


「前にも言いましたが、教えを乞うた以上、せめて雹撃一二三ひふみは習得してください」

「だ、だから! アタシらにはもうそんな時間が無くて、」

「ならば、急いで修行をしましょう。今日から泊まり込みで修行してください」

「「と、泊まり込み!?」」


 俺とエリスが叫ぶと、ローザは優しく微笑む。


「心配無用。地べたで寝させたりはしません。何ならマスターは、私のベッドを使ってくれて構いませんから」


 ローザのベッド!! な、何だかエッチなことが起こりそうなフラグが立ったんだけど!?


 俺は、だらしない顔をしていたのだろうか。気付けばエリスが凄い形相で俺を睨んでいた。そしてエリスは怖い顔のまま、ローザに視線を移す。


「……ローザ。前からずっと気になってたんだ」

「何がですか、エリスさん」

「アタシはアンタの実力が知りたい」

「実力、ですか?」

「そうさ。等級者でもないアンタは、本当にアタシ達が命がけで此処に辿り着き、仲間にするに値する器なのか――それを確かめたいんだ」

「な、何言ってんの、お姉ちゃん!?」


 俺もリネも驚くが、エリスは真剣きわまりない顔だ。


 ローザは黙ってこくりと頷いた。


「なるほど。いいでしょう」


 そしてローザも真摯な瞳をエリスに向ける。


「それでは今からパスティアの町の外に行きましょう。強力な魔物相手の実戦にて、私の力をお見せします」

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