第10話 50%
『ぷすっ』
サイクロプスの右足に、どくばりを刺した瞬間、様々な思いが交錯した。『足なんかで良かったんだろうか』『心臓に近い方が効くんじゃないか』『そもそも本当にサイクロプスに通用するのか』……
しかし。
俺の不安を一掃するように、刺した箇所が瞬時に紫色に染まる! 毒々しい紫はあっという間にサイクロプスの全身に広がり、
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
耳をつんざくような絶叫を上げ、サイクロプスは『ずしーん』と大の字になって地面に倒れた。
俺、エリスやリネは勿論、テイクーンとピステカでさえも目を丸くしていた。
しばらく呆然としていた俺はハッと気付いて、剣を抜く。今がチャンスだ! トドメを刺さなきゃ!
だが水晶玉を片手に持ったエリスが俺の肩に手をやった。首を横に振っている。
「タクマ。サイクロプス……もう死んでるぜ」
「えっ?」
確かにサイクロプスはピクリともしない。い、いや、でもまさか……こんなにアッサリ!?
俺はどくばりの恐るべき効果に戦慄する。
いや何だ、コレ!? どくばり、ハンパねええええええええええ!!
エリスとリネもどくばりの効果に驚愕していた。そして兵士達は、目の前で起きた理解不能な状況にざわついている。
「い、今、一体、何をしたんだ?」
「分からん! サイクロプスの足下に手刀を喰らわしたように見えたが……」
ただでさえ、小さな武器だ。遠くで見ていたせいもあって、俺がどくばりを持っていたことに誰も気付いていなかった。更にどくばりは使い切りタイプ。既に俺の手から忽然と消えて無くなっている。
しばらくの沈黙の後、
「流石、勇者様!! 素手でサイクロプスを仕留めるとは!!」
一人の兵士がそう叫んだ。するとそれに同調するように周りの兵士達も口々に俺を讃え始めた。テイクーン指揮の下、霞む程に影の薄かった俺に称賛が送られたのだ。これまでの立場が逆転したかのように、テイクーンとピステカのもとから多数の兵士達が、俺達三人の周りに集まってくる。
「そんな……! サイクロプスを一撃……ですって?」
離れたところで、ピステカが唖然とした表情を浮かべている。ふっふふ! 何だか気分が良いな!
だが浮かれた気分を打ち消す報告が届く。近くの岩山に上り、様子を見ていた物見の兵が血相を変えていた。
「た、大変です! 今度は三体のサイクロプスが我らを囲むようにして迫って来ます!」
俺が倒したサイクロプスの断末魔の叫びと、倒れた時の地鳴りのせいだろう。岩場にいるサイクロプス達が此処に集まってきているらしい。
だが、どくばりの効果を目の当たりにした俺に、もう焦りはなかった。余裕の表情でテイクーン達を見る。
「お前らは一体、仕留めてくれ! 俺は二体をやる!」
言うや、俺はどくばりを持って駆け出した。
まずは視界に入った一匹目の足下に滑り込むようにして、
『ぷすっ』
「グギャアアアアアアア!!」
一匹片付けた後は方向転換。走った後は、もう一匹の背後に忍び寄り、
『ぷすっ』
『ギャアアアアアアアアアス!!』
こちらも一撃で即死させる。
もと居た場所に戻ると、テイクーンとピステカが魔法を使いながら、どうにかサイクロプスにダメージを蓄積させている。
手間取っているようだったので、
『ぷすっ』
『ウッギャアアアアアアア!!』
そのサイクロプスも、どくばりで仕留めてやった。
自らの獲物を一瞬で倒されて、ピステカが鼻をヒクヒク痙攣させていた。
「う、嘘よ……! こ、こんな……! こんなことって……!」
エリスが狼狽しているピステカに叫ぶ。
「へんっ! 見たかっ! これがタクマの……勇者の実力だ!」
「ぐっ!」
ピステカが悔しそうに歯噛みする。いやまぁ勇者の実力っていうか、どくばりの実力なんだけどね!
それでも俺は兵士達の大歓声に包まれていた。エリスもリネも嬉しそうだ。だがそんな中、テイクーンは、ピステカのように悔しがるでもなく、観察するように遠くから俺を見詰めている。
――も、もしかして、どくばりを使ったこと、バレてるのか? いやまぁ別にバレてもいいんだけど……な、何かあの視線、イヤだな……。
テイクーンの視線も気になるが、もう一つ、気掛かりなことがある。この岩場にいるサイクロプスの総数だ。俺の快進撃はどくばりあってのもの。どくばりが無くなれば俺は無力化してしまう。
こっそり懐からどくばりを取り出す。残りは六本。テイクーン達が最初、倒した一体と合わせれば合計五体倒したことになる。聞いていた情報によると岩場にいるサイクロプスは十体程だと言っていた。何とか足りてくれるといいが……。
やがて、岩山にいる物見の兵が声を上げる。
「また来ます! つ、次は五体! 固まってこちらに歩いて来ます!」
「な、なぁ! サイクロプスは他もいるのか?」
「いえ! 周囲、遠方にも、その五体以外見当たりません! 岩場にいるサイクロプスはこれで最後だと思われます!」
よし! 情報通りだ! その五体を倒せば終了! 全部どくばりを使って倒しても、まだ一本余る!
念の為、テイクーンとピステカに一体くらいは倒して貰うか……なんて悠長に考えていた矢先、物見兵が叫ぶ。
「や、奴ら、おかしな動きをしていますっ! 一カ所に集まって、そして……そ、そ、そんなバカな……!」
何があったか聞くまでもなく、物見兵の視線の先を見て、俺は理解する。
離れた岩場にいつの間にか、サイクロプスの二倍はある超巨大なモンスターが出現していたのだ!
物見の兵が震えるように言う。
「や、奴ら五体……体を重ねるようにして……そして……!」
「合体したってのかよ!?」
待て待て待て!! 嘘だろ!? サイクロプスってそんなこと出来るの!? ってか、あの大きさ……
緑がかった筋骨隆々の肉体に一つ目――ヴィジュアル自体はサイクロプスとそんなに変わっていないが、驚くべきはその全長だ。山のような巨体は軽く10メートルを超えている!
「……ギガンテスであるな」
テイクーンがぼそりと呟く。
「その生態は謎に包まれていたのであるが、成る程。ギガンテスは数体のサイクロプスが合体して出来上がるのであるか」
テイクーンは冷静に分析しているが、俺とリネは焦りまくる。
「た、タクマ君! アレは流石にマズくない?」
「あ、ああ! どくばりの効果の範囲外だ!」
そう! どくばりをくれたパスティアの釣り人いわく、10メートルを超えるモンスターだと、どくばりの一撃必殺の確率は二分の一に下がってしまう! そんな恐ろしい超巨大怪物が今まさに、
「グオオオオオオオオ!!」
怒号のような唸り声を上げながら、俺達に向かって走ってくる! しかもサイクロプスより速度がある!
「一旦、退却するのである」
テイクーンが腕を振り、指示を出した。兵士達が一斉に踵を返す。
「タクマ!! アタシ達も逃げた方がよくねえか!?」
「そ、そうだな!」
俺達も逃げ出したその時。逆にギガンテスの方に歩んでいくピステカとすれ違う。ビックリして俺は叫ぶ。
「えっ!? お前、何してんだよ!?」
「私の氷の矢でギガンテスの一つ目を潰すわ!」
「外したらどうすんだよ! 逃げろって!」
「うるさい! 至近距離なら外さない!」
そうか、ピステカの奴! 俺達が活躍したからイラついてんだ!
「どうなっても知らないからな!」
俺はピステカから離れて走った。だがしばらくして気になり、背後を振り返る。ピステカは射るような目を迫り来るギガンテスに向けながら、氷の弓に矢をつがえていた。
「グレイシャル・アロー!」
ギリギリまでギガンテスを引きつけてから、威力を一点に集中した氷の矢を放つ! 凄まじい速度で飛翔する矢はギガンテスの一つ目に命中した!
――おおっ! やるじゃん! 流石、選定魔術師! 言うだけのことはあるな!
俺は密かに感嘆する。ギガンテスは目を失い、行動不能に陥る筈だった。だが、
「そ、そんな……当たったのに……!」
愕然とピステカが呟く。
まるで目にゴミが入っただけのように、ギガンテスは一つ目を瞬かせただけだった! そして、矢を放ったピステカを見て、ニヤリと笑っている!
「ひっ……!」
ギガンテスの巨体はピステカの目前だった。ピステカが逃げるより早く、巨大な手がピステカの体を掴んだ。人間がフィギュアの人形を扱うように、軽々と片手で持ち上げる。
「ま、まずいぞ! テイクーン! ピステカが捕まった!」
俺はテイクーンに叫ぶ。しかし、テイクーンは振り返りもせず、スタスタと岩陰の方に歩いていく。
!? おいおい、仲間だろ!! そんな簡単に見捨てるのかよ!?
リネが俺の肩を揺さぶった。
「た、タクマ君っ! ピステカさん、殺されちゃうよ!」
「わ、分かってる! 嫌な女だけど一応、助けなくちゃな!」
「やるのか、タクマ! なら、最初にサイクロプスをやった手順だ! アタシが火炎魔法でアイツの気を逸らす! その隙にどくばりを叩き込め! でもチャンスは一回だけだ! アイツはサイクロプスより素早い! 外すと攻撃を喰らうぜ!」
そして、その攻撃が俺の死を意味することは疑いない。第一、うまくどくばりを刺せたとして、倒せる確率は二分の一。何度も刺せば確実に倒せるのかも知れないが、ギガンテスはそんな暇を与えてくれそうにない。
「あぐうっ……!」
遙か頭上で苦しげにあえぐピステカの声が聞こえた。ギガンテスが手に力を込めたのだろう。口から血を吐いている。もう一刻の猶予もない。
「いくぜ、タクマ!」
「お、おう!」
ギガンテスの背後に回り込んでエリスが火球を放つ! 背中に当たるが、まるでダメージは無さそうだ。それでもギガンテスは後ろを振り向いた。
よし、今だ!
俺はギガンテスの足下に近寄り、どくばりを刺そうとする! だが、その瞬間、ギガンテスの巨大な一つ目と俺の目が合ってしまう!
くっ! もう気付かれた……!
ギガンテスは俺を潰そうと片腕を振り上げる。アレを喰らえば、俺はペシャンコ、一巻の終わり。だが、それより早く俺のどくばりはギガンテスの足下に刺さっていた。
た、頼む! 効いてくれ!
しかし……サイクロプスを倒した時と違い、まるで手応えがない! 毒が浸透する証である紫色が皮膚に発生していない!
「逃げてえっ!! タクマ君っ!!」
リネが絶叫する。どくばりは失敗。そして次はギガンテスの攻撃のターン。巨大な手が振り下ろされれば俺は即死だろう。
……うん。まぁ、何となくこうなるって分かってた。俺、力も弱いし、運だって別に良くないからな。二分の一の確率……外すんじゃないかって思ってたよ。
だから。
ゆらり、と。最初のどくばりを放った俺の腕から残像のように、もう一本の腕が現れる。そして、その手には新たなどくばりが握られている。
――だから、前もって発動してたんだよ。
「
時空間操作スキルが生み出した俺の二撃目は、ギガンテスが攻撃動作に移るより早く、連続攻撃を可能にした。外した一撃目よりやや上部の足下にどくばりが打ち込まれる。
――これがマジでラストチャンスだ! 効いてくれ!
攻撃の後、そう願いながら、地面を転がるようにしてギガンテスから離れた。その後、恐る恐るギガンテスを見上げる。
すると、
「オオ……オオオオオオオオオオオオオ!!」
全身を紫色に染めたギガンテスが胸を掻きむしりながら喘いでいる!
き、効いた!? 効いたんだ!! 雹撃――役に立ったぞ、ローザ!!
だが、ふらついたギガンテスが前のめりにくずおれる!
え……! や、ヤバっ! 潰され……?
俺が巨体に潰される寸前、エリスが俺にタックル! 二人で岩場を転がった! 同時に激しい振動と轟音! ギガンテスが倒れ、辺りに土煙が舞い上がる!
「い、いててて……」
しばらくした後、何とか立ち上がり様子を窺う。ギガンテスは倒れ伏したまま、動かない。ピステカを掴んでいた巨大な手が力を無くしたように開き、ピステカがどさりと地面に倒れた。リネがピステカに向かう。
俺は黙って隣のエリスを見る。
「倒した……んだよな?」
「ああ、倒した。間違いねえ」
「ありがとな。エリスがいなきゃ潰されてたよ」
「そんなことより、すげえよ、タクマ。あんな怪物、倒しちまうんだから」
「あはは。全部どくばりのお陰だって」
笑うが、エリスは熱っぽい視線を俺に向けていた。
「……かっこよかったぞ」
「ん? そ、そう?」
少し照れていると、
「ピステカさんは無事だよ! 怪我してるけど、これなら治せるよ!」
リネの声がした。そしてその声と同時に辺りは兵士達の歓声に包まれる。
「倒した! 勇者様がギガンテスを倒したぞ!」
「サイクロプスも全滅! これからはもう巨人族に脅かされずに済むんだ!」
しばらく俺は兵士達の熱い賞賛を浴び続けた。ようやく熱気が治まった後、エリスが嬉しそうに声を上げる。
「おおっ! すっげえレベルが上がってるぜ!」
「私もっ! 新しい呪文、覚えたよ!」
「ま、マジか! 二人共、すごいじゃんか!」
デーモンの時と同じだ。サイクロプス数体とギガンテスを倒したことで、エリスもリネも大幅にレベルアップしていたらしい。
「なあ、エリス! 俺も見てくれよ!」
「ああ!」
エリスは呪文を唱える。そして水晶玉を見た後、黙って頷く。
「ど、どうだ? 俺、そこそこ強い子供になったか?」
するとエリスは親指を立てた。
「タクマ! もう子供は卒業だ!」
「!! マジか!?」
「ああ! 『町に住んでる平均的な人』の能力値になってるぜ!」
「そ、そうか……! 俺……ようやく大人になれたんだな!」
遂に子供から脱却出来た! そうだ、俺は『町の人』! 『平均的な町の人』なんだ!
そして……俺は剣を思い切り地面に叩き付けた。
「嬉しくねえよ!! 何でギガンテス倒したのに、町人どまりなんだよ!?」
「ま、まぁまぁタクマ君! ホラ! 前よりステータス、すごく上がってるし!」
俺はエリスの水晶玉を覗く。
Lv17
HP175 MP48
攻撃力91 防御力74 素早さ67 魔力11 成長度9
耐性 無し
呪文 ラルラ ギラルラ
特殊スキル 時空間操作(Lv1)
特技 雹撃
性格 普通
……そりゃまぁ以前に比べれば数値はだいぶ上がってる気がするけど……それでも町人なんだろ。はーあ。何だかなあ。
だが、不満げに水晶玉を見詰めていた俺は、ラルラの下に新しい呪文が増えていることに気付く。
――ん? 『ギラルラ』? 何だコレ?
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