第9話 サイクロプス討伐
三日目。遂にこの日を迎えてしまった。話によるとアクアブルツ城からサイクロプスの討伐隊が出発するのは昼過ぎで、それまでの間、俺達はローザのもとで天限無神流の修行を続ける予定だった。
俺はエリスとリネを連れて、バルテアからパスティアの町入口付近にラルラを唱えて移動する。
「あれっ? タクマ君、今日はローザさんの家の近くじゃないんだね?」
リネが不思議そうに言う。俺は周りを見渡し、人気の無さそうなところを探した。
「おい。何処行くんだ、タクマ?」
町の外れを少し歩くと大きな池が見えてきた。麦わら帽子を被った釣り人が遠くで一人、釣りをしているだけで他には誰もいない。
「……集合」
俺は後ろを歩くエリスとリネに手招きした。リネが難しい顔をしている。
「タクマ君が『集合』って言う時って、あんまり良いことない気がするんだよね……」
リネの言う通り、実際俺は良くないことを二人に伝える。
「本日のローザの修行は……サボろうと思います」
「!! マジかよ、タクマ!?」
「嘘でしょ、タクマ君!? ギリギリの時間まで、ローザさんと修行するんじゃないのっ!?」
「二人共、よく聞いてくれ。ローザの技は確かに凄い。だが、サイクロプス相手じゃ全く意味がない」
俺は
「エリスの火球は俺の剣よりは威力があるが、それでも二回ヒットしたくらいじゃ、サイクロプスは倒せないと思う」
それにはエリスも頷かざるを得なかった。
「サイクロプスって7、8メートルはあるっていうし、体力もハンパねえだろうからな。十発くらい当たらなきゃ意味ねえかも……」
「エリスで十発だと、俺の場合三十回以上は攻撃をヒットさせないといけない。そして三十回も攻撃しているうちに、俺はサイクロプスに踏み潰されて死ぬだろう。この推測にはかなり自信がある」
「い、嫌な自信だな……ってか、タクマ。ローザの修行をサボって、それでどうすんだよ?」
「今からゴミ漁りに行く。やっぱりそれが最善の手段だと思う」
「で、でも、このこと、ローザさんには言わないの?」
「言えば止められるだろ。言わない」
「うーん。後で怒らねえかなあ、ローザ……」
「そりゃ怒ると思う。でもな。怒られても死なないが、サイクロプスに負ければ死ぬ。背に腹は代えられないんだよ」
しばらく黙った後、エリスもリネも静かに頷いた。
「よし。それじゃあゴミ捨て場まで行くぞ」
まさにその時だった。
「おおっ!! きた、きた、きた、きたっ!!」
遠くの池で釣りをしていた麦わら帽子のおじさんが大声で叫んでいた。
「こりゃあ大物だあ!!」
かなり興奮しているようで、何となくそちらに目をやってしまう。リネも気になったらしい。
「な、何だろ? どんな魚が釣れたのかなあ?」
小走りで池に走って行ってしまった。俺とエリスもリネの後を追う。
「ねえ、おじさん! お魚、大きいの?」
「そうさ! 久々の大ヒットだ!」
竿をしならせながら、魚と格闘するおじさんと話しているリネの肩に手を当てる。
「リネ。ゴミ捨て場に行こう。今は釣りどころじゃない」
「ご、ごめん。そうだよね……」
だが行こうとした時、池に巨大な魚影が現れていることに気付く。いや……巨大なんてもんじゃない! しなる竿の下、とんでもない大きさの黒い影が浮かび上がる!
「そうりゃあっ!!」
おじさんの気合いと共に、爆発するような水しぶきを上げ、それは地上に釣り上げられた! 同時に地鳴りと地響き! 一本釣りされた、全長10メートルはあろうかという巨大な生物が、
「シャギャーーーーッ!!」
爬虫類のような顔から鋭い牙を俺に剥いている!
「ひいっ!?」
青い鱗に覆われた、手足のないドラゴンのような怪物はドスンドスンと体を捻り、はねて暴れまくっていた!
「な、な、何だよ、コレ!?」
「さ、魚じゃないじゃんっ!!」
俺達は焦ってわめき立てるが、おじさんは冷静に懐から小さな細い物を取り出した。
「リヴァイアサンを釣った後は、この『巨大モンスター用どくばり』を刺して息の根を止めるんだよ」
笑顔で話しながら『ぷすっ』と怪物の胴体に針を突き刺す。すると、
「ギャアアアアアアス!!」
断末魔の叫びと共に、刺した箇所から瞬時に紫の染みのようなものが広がっていく! 青みがかった体は一瞬で紫に変化! あんなに暴れていた怪物はピクリとも動かなくなった!
「この後、毒抜きをしてから焼いて食べると美味いんだ」
にっこり微笑む釣り人に俺は戦慄する。
こ、コレ、食べるの!? リヴァイアサンって伝説の海の怪物じゃなかったっけ!? あ、ありえねえ!! 流石、異世界最後の町パスティアの住人!! 何もかもブッ飛んで……い、いや、ちょっと待てよ……!?
「おじさん!! その『どくばり』……サイクロプスみたいなモンスターにも効いたりするのか!?」
「そりゃまあ『巨大モンスター用どくばり』だからなあ。サイクロプスにも効くんじゃないかな。ちなみにそのサイクロプスって10メートル以下かい?」
「エリス!! どうなんだ!?」
「ああ。どんなに大きいサイクロプスでも10メートル以上はない、って聞いてるぜ」
エリスの言葉におじさんは笑う。
「なら大丈夫だ! 一撃必殺だよ!」
ま、マジか! やった! これこそ俺の望んでいたマジックアイテムだ!
「おじさん! そのどくばり、何本か俺にくれないか?」
「えっ。うーん。それなりに貴重な釣り道具なんだよ。一回使えば消えてしまうし……」
渋るおじさんに、
「あの俺、一応こういう者でして……」
名刺を見せるような感覚で腕の紋章を見せてみる。
「ああっ!? アンタ、勇者だったのかい!! だったら、あげるよ!! ありったけ持って行きな!!」
「ありがとうございます!」
初めて『勇者でよかった』と思ったかも知れない。俺はおじさんから、どくばりを何と十本も貰うことが出来た。
「あと、このどくばりは巨大モンスター専用だから、それ以外の敵には全く効かないよ。それから10メートルを超えるような超巨大モンスターだと、一撃必殺の確率は半分になってしまうから気を付けるんだよ」
「分かった! おじさん、本当にありがとう!」
……こうして。ローザの修行を途中で投げ出し、どくばりに全てを託して、俺達はサイクロプス討伐に臨むことになったのだった。
俺達がアクアブルツ城門に姿を現すと、既に五十名を超える兵士が隊列を為していた。
移動呪文で突然出現した俺達に、兵士の一人が驚く。その後ろにはテイクーンとピステカがいた。
「ほう。本当に来るとは。逃げ出したかと思ったのである」
「言ってろ。今日は目にもの見せてやるからな。なぁエリス?」
「あ、ああ……」
普段勝ち気なエリスは気まずそうにテイクーンから視線を外している。リネも同じだ。二人ともテイクーンに痛い目に遭わされたせいだろう。
ピステカが俺達を見て、にやりと笑う。
「どうか足を引っ張らないでくださいね」
……何てムカつく奴らだろう。どくばりで突き刺してやりたい。『巨大モンスター用』なので効果はないらしいけど。
「それでは出発するのである」
てっきり馬車に乗って行くのかと思えば、テイクーンは呪文を唱え、魔法陣を地に展開する。
「
地面に現れたのは、真っ黒な穴。よく見ると、穴の周りには白くて固そうな物が幾つも並んで付いている。ん……? ひょっとしてコレ……歯か?
「な、何だよ、コレは?」
驚く俺達。だがテイクーンは淡々と喋る。
「この召喚獣インドラの口の中に入れば、数十人まとめてウォルルの砦に行けるのである。パーティのみの移動しか出来ない勇者の移動魔法の上位系だと思って貰えればいいのである」
ぐっ! コイツ、移動魔法まで使えるのかよ! しかも俺のより上位系? ホント、俺らって色んな面で負けてんな!
テイクーンとピステカが怪物の口の中に飛び込む。その後をおそるおそる兵士達が続き、最後に俺とエリス、リネも中に入った。
ぐにゃりと空間が歪んだと思った瞬間、『べっ』と地面の口から吐き出される。
……さっきまでアクアブルツ城門にいた俺達は今、周囲を煉瓦の壁に囲まれた見知らぬ場所にいた。
「こ、此処がウォルルの砦かあ……」
リネが呟く。辺りを見渡すと、兵士達が地面に座り込んでいる。腕や頭に包帯を巻いている者が多く、まるで野戦病院のような有様だ。
だが、現れた俺達に気付くと兵士達の顔が一斉に明るくなった。
「おおっ! アクアブルツから討伐隊が来たぞ!」
「よかった! 助かった!」
涙ながらに喜んでいる。この様子だと、今まで持ちこたえるのがギリギリの状態だったようだ。
やがてテイクーンのところに老齢の兵士が近付いてくる。
「テイクーン殿! 討伐隊の到着、お待ちしておりましたぞ! 治癒魔法を使える者の魔力も尽きて、切羽詰まっておりました!」
「今も交戦中なのであるか?」
「砦の弓矢隊と投石部隊の活躍でどうにかサイクロプスは撤退しております。それでも被害は甚大。次に攻めてこられては一巻の終わり、と覚悟していたところです」
「奴らは何処から来ているのであるか?」
「斥候からの情報によれば、砦より東に岩場があり、およそ十体程のサイクロプスがそこでたむろしているとのことです」
すぐにテイクーンが身を翻した。
「それでは我ら討伐隊五十二名、今よりその岩場に向かい、サイクロプスを根絶やしにしてやるのである」
「な、何と心強い!」
老兵を始め、沸き立つ兵士達。……うん。何かもうお前が勇者みたいだな、テイクーン。
勇者の俺を完全にスルーしつつ話は進み、討伐隊はテイクーン指揮の下、東の岩場に向かって進軍することになったのだった。
三十分ほど草原を歩くと、辺りの地形が変わってくる。足下には砂利、遠くには岩山が見える。どうやら
「敵影発見!」
不意に、物見らしい一人の兵士が声を上げた。
「岩陰にサイクロプス一体を発見しました!」
「一匹か。……おい、お前達」
テイクーンが兵士達の一団を指した。
「此処まで誘き寄せてくるのである」
「は、ははっ!」
少し躊躇いながらも兵士達は言われた通り、遠くのサイクロプスに近付いていく。やがてサイクロプスが兵士達に気付いた。
「ガアアアアアアア!!」
唸りを上げて兵士達を追走する! サイクロプスは見た目通り、そんなに素早くはないが、巨体のせいで歩幅が大きい! 足場が悪いせいもあって、一人の兵士が途中で転び、サイクロプスに追いつかれてしまう!
兵士がようやく体を起こすと、そこには山のようなサイクロプス。逃げても無駄だと悟った兵士が剣を抜き、足首の辺りを斬り付けた。そこまで防御力は無いのだろう。黒い血が垂れる。だが次の瞬間、兵士は俺の視界から消えた。足を切られてもまるで気にすることなく振るったサイクロプスの剛腕が、兵士を吹き飛ばしたのだ。兵士は数メートル離れた岩壁に叩き付けられ、ピクリともしない。
――な、何て腕力! あんなの一撃、喰らったら終わりじゃないか!
サイクロプスはそのままズンズンとこちらに向かってくる。おののく兵士達の前にテイクーンとピステカが躍り出る。
「
テイクーンのかざした手の先、空中に描かれた魔法陣から巨大な火球が五つ現れた! そのどれもがエリスの火球の数倍は大きい!
しかしテイクーンは火球を宙に浮かべたまま、何もしない。今度はピステカが、
「フロテシア」
エリスの火球を一瞬で凍らせた強力な氷結魔法を詠唱する。凄まじい速さで霜が地を駆け、サイクロプスに向かう。そしてサイクロプスの足に届くや、つま先から太ももまでを氷に包んだ。ピステカの氷がサイクロプスの動きを止めた途端、
「行け。ウィル・オー・ウィスプ」
テイクーンが腕を振った。砲弾のような五つの火球がサイクロプスの上半身を爆撃する! 黒煙に包まれ、苦しそうに唸るサイクロプス! 更に、
「グレイシャル・アロー」
ピステカが呟く。すると左手に冷気を発した氷の弓、右手に氷の矢が現れる。つがえた氷の矢がサイクロプスに向けて放たれた。
飛翔した氷の矢はサイクロプスの近くで分裂し、拡散! 数本に分かれ、サイクロプスの全身に突き刺さる!
「ふ、二人共すげえ……! 高位の召喚魔術に、高位の氷結魔法だ……!」
エリスが呟く。嫌な奴らだが、確かに奴らの実力は本物だ。
ピステカは呪文を詠唱、新たな氷の矢を作る。そして動けないサイクロプスに再度グレイシャル・アローを放つ。全身を穿つ氷の矢にサイクロプスが叫んだ。だが……それと同時に破砕音! 最初の呪文で凍らせた足を力ずくで動かして、サイクロプスがピステカに突進してくる!
「ウィル・オー・ウィスプ」
向かってくるサイクロプスに、テイクーンの砲撃がヒットする! 強烈な炎に体を身を焼かれ、一瞬動きを止めたサイクロプスだが、それでもピステカ目掛けて走ってくる! ピステカの顔に焦りが滲む!
「ぐ……グレイシャル・アロー!」
今度は拡散させずに力を一点に絞ったのだろう。すぐそこまで迫ったサイクロプスの巨大な目に、ピステカの放った一本の氷の矢が突き刺さった! サイクロプスはくずおれ、地響きと共に地面に大の字で倒れ伏した!
「……ふう」
ピステカが額の汗を拭う。テイクーンも呼吸が荒く、いつものような余裕は感じられない。
――テイクーンとピステカが力を合わせて、ようやく一体……! こ、これがサイクロプスか……!
俺は自分の考えが甘かったことを思い知る。そして懐に入れてある、どくばりを取り出して眺めてみた。よくよく見れば、裁縫針のようなちっぽけな針である。こんなものでサイクロプスが倒せるのだろうか。何だかすごく不安になってくる。
「お、おい!! リネ!?」
……エリスの叫び声でハッとする。見れば、先程サイクロプスに岩壁に叩き付けられた兵士のもとへリネが走っていく。俺もエリスもリネの後を追った。
リネが兵士を抱え起こした。見た感じ、意識は無いようだが、
「大丈夫! 手当すればまだ助かるよ!」
リネは頭から血を流す兵士に回復呪文を唱えていた。
こんな状況でも優しいリネに、俺とエリスが苦笑いしていると、離れたところで兵士達が叫んでいた。
「おい!! もう一体、来るぞ!!」
ギクリとして振り返れば、新たなサイクロプスが俺達のいる場所に向かって歩いてくるではないか!
「り、リネ! ヤバい! テイクーンのところに戻るぞ!」
「で、でも兵士さんが……!」
俺とエリスで傷ついた兵士をどうにか運ぼうとするが、巨大な足音と共にサイクロプスが近付いてくる!
どうにか安全な岩陰まで引きずって兵士を隠した時――既に、俺とリネの目前にはサイクロプスの巨体があった。
「う、うおっ……!」
あまりの威圧感に、たじろいでしまう。
俺達に、にじり寄ろうとしたサイクロプスだったが、
「ヒータルト!」
エリスの火球が背中に当たる。するとサイクロプスは不機嫌そうにエリスの方を向いた。よ、よし、今だ!
エリスに気を取られているうちに、俺はサイクロプスの足下に走り込む! 手に持っているのは小さなどくばりだ!
――き、効かなかったらどうする!? い、いや……もうこれに賭けるしかない!!
沸き上がる不安をどうにか押し込めて、俺はサイクロプスの太い足にどくばりを突き刺したのだった。
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