第5話 宝探し

 前にポポロンと出会った武器屋の近くに行ってみると思いの外、すぐに見つけることが出来た。ポポロンは小枝を使って地面に絵を描いている。どうやらこの辺りが遊び場なのだろう。


「あっ、勇者様!」


 ポポロンは俺を見ると、満面の笑顔でトタトタと駆け寄ってきた。


「わたちの杖、役に立った?」

「ああ! 役に立ったとも!」


 アレがなけりゃあ俺達は惨殺され、町一つ壊滅していた。役に立ったどころじゃない。ノーベル平和賞をあげたいくらいだ。


「でもな、ポポロン。あの杖、使ったら無くなっちまったんだ。それでもう一本、欲しいんだけど……」

「ん! じゃあ、あげる!」


 ポポロンは腰に付けていた杖を俺に差し出した。


「ありがとう! なあ、ポポロン! まだ予備とかってある?」

「お、おい。タクマ……」


 エリスが俺の肩を突く。


「何だよ、エリス。いいか。こういうのは貰える時に貰っておくんだ」と言いながら振り向けば、パスティアの町の人達が、ポポロンを取り囲む俺達を訝しげに眺めていた。


「ぽ、ポポロン! ちょっとこっちに行こう!」


 人目に付くので、俺はポポロンの手を引いて路地裏に連れて行こうとする。


「えー? 何処に行くのー?」

「大丈夫! 怖くない、全然怖くないよ! 何もしないから! ヘヘッ! おにいちゃん、ほんのちょっとお話がしたいだけだから!」


 いや、人さらいか、俺は! 自分ながら怪しすぎるぞ! ま、まぁこういう時、リネとエリスがいるのは、ありがたい! 俺一人じゃあ完全に不審者だからな!


 とにかく人気のない路地裏に辿り着くと、俺は再度ポポロンに雷の杖を懇願した。


「んー。でもね、もうないんだよー」

「そ、そっか。ないのか……」

「まぁいいじゃねえか、タクマ。一本貰ったんだし」

「そうだな……。ありがとうな、ポポロン!」


 頭を撫でるとポポロンは嬉しそうに笑った。


 リネが膝を折ってポポロンに話しかける。


「そういやポポロンちゃんって、この杖で遊んでるんだよね?」

「うんっ! おままごとするの!」


 エリスが顔を引きつらせた。


「お、おままごとって……危なくねえか?」

「そだね。間違って自分に使っちゃうと、雷のおじたん出てきてピリッとするね!」


 その一言にリネも俺も愕然とする。


「アレ……『雷のおじたん』って言うんだね……!」

「そもそも『ピリッ』どころじゃないと思うんだが……!」


 不意にエリスが懐から水晶玉を取り出した。


「ちょっといいか、ポポロン」


 エリスが呪文を唱える。すると、水晶玉にポポロンの能力値が映し出された……。




 ポポロン

 Lv3

 HP2085 MP521 

 攻撃力954 防御力869 素早さ872 魔力357 成長度2

 耐性 火・氷・風・水・雷・土

 特殊スキル 魔導具生成(LV1)

 性格 無邪気



 

「う、嘘っ!! 何、この能力値!? こんな高い数値、見たことないよっ!?」

「おい、エリス! 水晶玉、壊れてるんじゃないのか?」

「いや、壊れてなんかねえよ! これがこの子本来のステータスなんだよ!」


 マジか! これが裏世界ラムステイトに住む子供の能力値か! だとすれば確かにローザとウリエイラの言う通り、俺は虫けらに違いない!


 幼稚園児みたいな子供を畏敬の念を込めて眺める。ポポロンはただ無邪気に微笑んでいた。


「あのね! いいこと教えてあげる! パスティアにはゴミ捨て場があってね! そこに行けば、この杖みたいなオモチャがいっぱいあるよー!」

「ほ、本当か、ポポロン!」


 ゴミ捨て場までの道を聞いた後、俺達は笑顔でポポロンと別れた。


「い、行くの、タクマ君……ゴミ捨て場に?」

「ああ。もちろんだ」


『子供に物を恵んで貰った後、ゴミを漁りに行く』――勇者として……というか人としてどうなのかという気がする。それでも、貴重なアイテムがあるかも知れないと思えば、俺の足は自然とゴミ捨て場に向かうのであった。





 その一角は廃棄場のような感じになっていた。悪臭こそないが、箱やら袋やら何やら山のように積み置かれていた。すぐ近くには小屋があって、窓から覗くと、中でおじさんが巻きタバコを吹かしている。


「あのー、ちょっと聞きたいんだけど。此処にあるものって、勝手に持って行っても大丈夫?」


 すると、おじさんは笑う。


「そりゃあ燃やす予定のゴミだから全然いいよ。けど、役に立つ物なんかないと思うけどなあ」


 おじさんに礼を言ってから、俺達はゴミ捨て場に入る。


「しっかし、いくら何でもゴミ漁りとはな……」


 愚痴りながら傍らの袋を開けたエリスだったが、突然、感嘆の声を上げた。


「お、おい! これ『魔法使いのローブ』じゃねえか! バルテアの町だと500Gはする高級品だぜ!」

「エリス! こんなのもあったよ! 『鑑定眼鏡』! 鑑定スキルが無くても道具や武器なんかの品定めが出来るんだ! これだって貴重品だよ!」


 ……その後。


「魔力が上がったぞ! すっげー! マジすっげー! 半端ねー!」

「うひゃー! このカバン、いくらでも道具が入るよ! どーなってんの! あはははははははっ!」


 二人のテンションは、俺がちょっと引くくらいに上がりまくっていた。

 

「ホラ! タクマ君も頑張って探してっ!」

「あ、ああ。そうだな」

「おい、タクマ! この鉄の剣も、買えば2000Gはするぜ! 棍棒なんか止めてコレ、装備してみろよ!」

「お、おう」


 エリスに貰った鉄の剣をまじまじと眺める。


 ふーむ。このまともそうな感じの武器も此処ではゴミ扱いなのか。確かにゲームでラスボス倒すくらいまで進めりゃ、最初の大陸で売ってた武器なんか全然価値なくなってるもんな……。


 それでも今の俺達にとって此処は宝の山なのだった。




 ……二十分後。


 俺は『鉄の剣』に『鉄の鎧』、更に攻撃力が多少上がるという『力の腕輪』を装備していた。エリスは『魔法使いのローブ』を装備、『魔力の杖』という武器も手に入れたらしい。リネも今まで着ていたのより程度の良い『神官着』と『短刀』などをゲットしていた。

 

 ゴミ漁りに少しくたびれた俺は地べたに座って空を見上げた。眩しく光り輝く、星形の太陽をぼうっと眺める。気付けばリネもエリスも疲れたのか、俺の隣に座っていた。


「何、見てんだ、タクマ?」

「いや、やっぱり此処って違う世界なんだなあ、って」


 エリスも太陽を見上げて頷く。


「……だな。あんな形の太陽、見たことねえぜ」

「ホントだ。星の形だよ。不思議だねー」


 リネも珍しげに言う。リネやエリスにとっても此処は異世界なんだよなあ。つまり俺から見れば異世界のそのまた異世界な訳で……いやもう意味分かんないな。


 そんなことを思いながら空を見上げていた俺の視界に、急に黒い影が横切った。


「うおっ!?」


 ……そこには腕を腰に当て、怖い顔で俺を見下ろすローザがいた!


「マスター。こんな所で一体何をしているのですか?」

「ろ、ローザじゃないか! 久し振りだな!」

「久し振り? 昨日、別れたばかりだと記憶していますが……」

「そ、そうだったっけ? ってか、ローザこそ、どうしてこんな所に?」

「町でマスターのパーティを再び見たという人達がいたのです。ポポロンに会って詳しく話を聞けば、ゴミ捨て場に向かったと言いました」


 ジト目を向けてくるローザに対して、しらを切る。


「いやあ、ちょっとパスティアの新鮮な空気が吸いたくて、また来ちゃったんだよ! スーッ、ハァーッ! やっぱりパスティアは良い空気だナァー!」

「そうですか? この埃っぽいゴミ捨て場が?」


 俺を睨み付けながら、ローザは辺りを見回した。ローザの目が、俺達が掻き集めた武器や道具の山で止まる。


「なるほど。自分のレベルより強そうな道具や武器を探していたという訳ですか」


 そうして俺達に厳しい顔を向けた。


「マスターにお説教などしたくないのですが……このようにして得た強さは本当の強さではありません。簡単に得たものは失いやすい。こんなことは、アナタ方の為にはなりませんよ」


 ま、ま、まずい! せっかく頑張って集めた装備が全部没収されそうな勢いだ! ど、どうする?


 明らかに怒っているローザを見て、焦る俺。するとリネが急にローザに話しかけた。


「ね、ねえねえっ!! ローザさんって、何等級とうきゅうなの!?」


 は!? リネは一体、何の話を……!? いや……そうか!! リネはローザの気を逸らそうとしてくれてるんだ!! よく分からんが俺も話に乗っておこう!!


「リネ! 等級って何なんだ? 俺に分かるように説明してくれよ!」

「ふふーん! タクマ君! 伝承によれば、この伝説の世界には等級っていうのがあってだね!」


 エリスもリネの意を汲んだのか、話に乗ってくる。 


「そうそう! アタシも聞いたことあるぜ! この世界で暮らす者達は、強さごとにランク分けされてるんだよな!」

「うん! 等級者とうきゅうしゃって言うんだよ!」


 俺はニコニコと笑いながらローザに尋ねる。


「それでローザはどのくらいなんだ?」

「そりゃタクマ君! ローザさんなら、きっと『第一等級者』だよ!」


 しかし。ローザの顔は依然、冷ややかだった。


「等級? 等級者? 何ですか、それは。初めて聞きました」

「「「え!?」」」

「……話を逸らさないで頂きたいのですが」


 ローザから離れて、俺達は小声でボソボソと喋る。


「な、何だよ、リネ! 今の話って、まるっきり嘘っぱちだったってことか?」

「う、嘘じゃないもん! 私、ラムステイトのことが書いてある本、読んだことあるもん!」

「ああ! アタシだって昔、ばあちゃんから聞いたぜ! 伝説の世界ラムステイトには等級者ってのがいるって!」


 すると「こほん」とローザが咳払いした。呆れたような顔で言う。


「とにかく。皆さん、もうパスティアには来ないことをお勧めいたします」

「わ、分かったよ。悪かった。ごめんな、ローザ」

 

 素直に謝ると、ローザはハッと気付いたように申し訳なさそうな顔をした。


「わ、私もマスターに対して、無礼な口をきいてしまいました。お許しください」

「それはいいよ。俺達のこと、考えてくれたんだろ?」


 エリスもリネもローザに頭を下げる。


「ごめんね、ローザさん」

「ホント申し訳ねえ」

「いえ。お分かり頂ければ良いのです……」


 そしてローザはニコリと笑う。


「それでは今度こそ、アナタ方が実力でこのパスティアに来られる日を、ローザ=ラストレイ、心待ちにしております!」


 そうして、移動呪文で俺達はバルテアの町に戻ったのだった。





「……ふう、危なかった。全部、没収されるかと思った」


 バルテアの宿屋の前。苦労して集めた装備や道具が取り上げられなかったことに俺は胸を撫で下ろしていた。


 だがエリスは神妙な顔で、ゴミ捨て場で拾って装着したローブを眺めていた。


「でもな、タクマ。確かにローザの言うことは一理あるぜ。こういうことしてちゃ、いつまで経っても強くはなれねえ気がする」

「そりゃあまぁ俺だって分かってるよ。いくら強力なマジックアイテムを手に入れたところで、所詮、楽できるのは序盤までだ。いずれ頭打ちになると思う」

「えっ! だったらタクマ君、どうして?」

「いやだから。天竜の勇者こそが本当の勇者だって言っただろ? 俺は別に世界を救おうとは思ってない。ってか思えない。それはマサオミって奴に任せる」


 俺はポポロンに貰った雷の杖を掲げる。


「でもとりあえずは、これでバルテアがまたデーモンに襲われても大丈夫だ。そこそこ強い武器や防具も手に入れた。今後も、町の周りの弱いモンスターを倒しながら、ある程度はこの世界で生き抜いていけるようにレベルも上げる。けど……俺はそこまでだ」

「そこまで、って? それからどうするの?」

「そうだな。マサオミが魔王を倒してくれたら、俺は現実世界に帰れるかも知れないし……だからそれまでは、この辺りでのんびり暮らすよ」


 エリスもリネも、しばらく沈黙。う……。いくら何でも情けない男だと思われたかな?


 しかし、リネはニカッと笑う。


「まぁ仕方ないよね! タクマ君、弱いもん!」


 エリスも笑いながら頷く。


「そうだな! そのくらいがアンタにゃ……いや、アタシらにゃあ、分相応だ!」

「分相応って何なの、エリス?」

「ベストな選択ってことだよ。此処でバルテアの町を守りながら暮らすってのが、さ」

「ああ。まぁ俺の場合、宿屋にずっと住むって訳にはいかないだろうし、いずれはバルテアを出て行くことになるかもだけど……」


 するとエリスは声を張り上げた。


「で、出て行く必要なんかねえよ!! もしそうなったら、私達の家に住めばいいじゃねえか!!」

「エリス? どうしたの? タクマ君と一緒に暮らしたいの?」


 途端、エリスは顔を真っ赤にする。


「ば、バカ! そういう意味じゃねえ!」

「ふーん。どうしたの、エリス。顔が赤いよー? 何でだろー?」

「リネ! お前っ!」


 逃げるリネをエリスが追いかける。


 そんな和やかで平和な光景を見ていると、いくら俺が弱くても、この子達やバルテアの町くらいはどうにかして守らなきゃな……と改めて思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る