『夢世界』〜ストレス社会に生きる貴方に捧ぐ、非日常〜

したらば

1.プロローグ

目が覚めると、初めてこの世に生を受けたばかりの、動物の気分になる。


そんな朝が、たまにある。




──アリーシャは、両手を天に掲げ、春先の早朝の清々しい空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。


「ふぁーあ...っと。んー、五臓六腑に染みるわねぇ」


生糸のように繊細で、美しく真っ直ぐに、長く伸びた金髪を撫でつけながら、アリーシャはどこか中年男性のような独り言を呟きながら、大あくびを誰もいない空間に披露した。


姿鏡に自分を映し、今日の私自身を確認する。



スラリと伸びた長身に、黄金比を忠実に再現した凹凸に、成長を止めることのない胸囲の主張。


それだけで我ながら惚れ惚れしてしまう。


つり目がちな大きな碧眼をぱちくりさせながら笑顔を作り、アリーシャは姿鏡の前でクルッと一回転してみた。

長い金髪が身体を中心に、衛星のように後から付いて来る。


横に長く伸びた耳は、彼女が正真正銘の──エルフだということを証明している。


満足すると、アリーシャは歩み出した。



目覚まし時計のように、決まった時間に毎朝聞こえてくる小鳥の囀りさえずりが、鮮明に室内にこだまする。


部屋の片隅に設置された小さな祭壇の前にひざまづき、アリーシャは両手をしっかりと握りあって目を瞑ると、小さく祈りを捧げた。


「我が神よ、今日も平和な一日をお与え下さい」






「──おーい!アリーシャ、いるか~?」



まだお祈りが終わっていないというのに、神聖な静寂をぶち破り、部屋の外から、元気な声がアリーシャに存在をアピールする。


二件隣に住む幼馴染みの青年、ヒュッケだ。


片方の口角がピクピクと痙攣するのを確認して、あ、いけない、いけない。平常心を保たないと。



ここまでが毎日の日課。


ヒュッケは、この時間になると必ず私に声をかけ、まるで生存確認するためだけに来たかのように去っていく。


「全く、いつもいつも、何しに来るのかしら。そんなに私のことが好きなら、そう言えばいいのに」


冗談のつもりで呟いたが、仮に、もし仮に、嘘から出た真実まことになったらどうしよう。そんな事を考えながら、アリーシャは更に考えた。



そういえば、私のお祈りがまともに済んだ試しは、ここ数年間なかったのではないだろうか。



──深い溜息を吐くと、まだ肌寒い朝の空気がほのかに白く色付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る