ただいま網膜DVD視聴中なので邪魔するな

ちびまるフォイ

テレビを見ているだけの退屈なDVD

「いいか、これから行くのはゴミ屋敷だ!

 家主が泣いてすがろうとも片付けるんだぞ!

 俺たちは近隣住民の後押しがあってきていること、忘れるな!」


「「「 我らは市民の味方!! 」」」


俺を含めたゴミ収集業者たちは謎の朝礼を行って屋敷に向かった。

ゴミ屋敷の強制清掃なんて初めての経験で緊張していた。


けれど、近所でゴミ屋敷と評判のその家は毛色が違った。


「あんまり……ゴミないですね?」


家にはむき出しのDVDが四方八方に散らばっていて足の踏み場もない。

ディスクなのでかさばらないのは幸いだ。


「あのーー、お父さーーん」


家主だろうか。家の奥で食い入るようにテレビを見ている男がいる。

明らかに聞こえている距離なのに、男はテレビ画面から離れない。


「あのーー! 要請があってゴミ撤去に来たんですけど――!」


「いまいそがしい」


うわ、頑固なタイプだ。めんどくさいなぁ。

ゴミ屋敷の家主はどうしてみんなすべからく愛想が悪いんだろう。

勝手に撤去して逆ギレされても困るので、信頼関係を作ることに。


「お父さん、なに見てるんですか~~?」


男がわき目も降らずに見ていたのはDVDだった。


「この映像は?」


「網膜DVDだ。見た映像をDVDにして残されている」


「え!? じゃあこの家に散っているDVD全部!?」


「……」


もう病気だよ。なにが楽しくて毎日生きてるのかわからない。

強引に進めるのはまずそうなのでいったん引き返すことに。


男はずっとテレビの前から動かないもんだから、

散らばっているDVDのうち1つを持ち帰っても気付くそぶりすらなかった。


家でDVDを再生してみると、誰かの目で録画したような目線の映像が出た。


「へぇ、これが網膜DVDかぁ……すごいなぁ」


誰かの日常をドライブレコーダーのように記録している。

きっと男の日常なんだろう。数分で飽きた。


「これをかじりついて見るなんて……マジで頭おかしいな……」


レコーダーからDVDを抜いてゴミ袋に突っ込んだ。

明日はちゃんと撤去しよう。

それがあの家主にとっての精神健全化の一環になるだろう。



翌日もゴミ屋敷……というか、DVD屋敷にいくと

男は変わらずDVDを食い入るように見ている。


「お父さん、DVD捨てますよ」


「…………」


「捨てますからねーー。言いましたからねーー」


「ああ」


男の了承が得たところで散らばっているDVDの山を捨て始めた。

いがいとすんなり進んで安心していたが、別の場所のDVDに差し掛かると

テレビの前から動かなかった男が急に割って入った。


「ダメだ!! ここの網膜DVDはダメだ!!」


「はぁ……なにが違うんですか?」


「まだ調べてないからだ!!」

「え、ええ……?」


男はそれだけ言ってまたテレビの前に座ってDVD観賞を再開。

いったいなにがちがうのかわからない。

こっそり1枚抜いて持って帰ることに。


「なにが映っているんだ……」


レコーダーにDVDを入れて再生してみることに。

捨てていいDVDと捨ててはいけないDVDのちがい。それはいったい…!


「……え? なにがちがうの?」


網膜DVDを全部再生し終わって気付いたことは「差はない」というだけだった。

男の1日で見た映像を記録しているのであろう変わり映えしない映像が

淡々と録画されているだけだった。


これがどうして捨てちゃいけないのか、まったくわからない。


「調べるとか言っていたけど、この映像の何を調べるっていうんだ」



翌日も、その次も、その次の次も。

男のDVD屋敷に行って片づけを続けるうちにすっかりきれいになった。


「お父さん、だいぶきれいになりましたよ」


「頼んどらん」


「まあそういわずに。近所の人から苦情来ない方がいいでしょ?」


「……」


「もうDVD増やしすぎちゃダメですよ」


「知らん」


まったくもう、世話の焼ける頑固おやじだ。

とにかく近隣住民からの依頼は終わったので胸を張って帰れる。


「お父さん、ちなみにこの網膜DVDってどうやって録画してるんですか?」


「聞いてどうする」


「いや、なんとなく……」


「知らん。あんたが関わるもんじゃない」


偏屈な孤立老人の暇つぶしなんだろう。

こうなっちゃ終わりだ。


自分への反面教師の例として心に刻み込んで家に帰った。


「……あれ?」


家に帰ってから、DVDレコーダーを開けるとすでにDVDが入っていた。


「やべっ。あの家から持って来たやついれっぱなしだったか」


なんとなく再生してみると映っている映像は男の網膜で見たものじゃなかった。



『これをかじりついて見るなんて……マジで頭おかしいな……』



映像では、網膜DVDを見ている俺の声が入り

俺の目で見た映像が記録されていた。


その後、トイレに行ったり歯を磨いたり1日が終わるまでの

俺の網膜に焼き付けられた映像が映っている。



「なんだよこれ……。誰がいったい、なんのために……」


自分の網膜の映像が誰かによってDVDに焼かれている。

まるで誰かに私生活を監視されているようだ。


いったいいつどこでこんなことになったんだ。


レコーダーには不定期に俺の網膜DVDがセットされるようになった。


 ・

 ・

 ・


「いいか、これから行くのはゴミ屋敷だ!

 相手がいくら元同僚とはいえ、今はゴミ屋敷の住民だ!

 情け容赦なく捨てるんだぞ! ビバ・断捨離!!」


「「「 ビバ・断捨離!! 」」」


清掃業者が家に入ると当たり一面にはDVDが散らばっていた。


テレビの前にかじりついて、

一心不乱に網膜DVDを再生している元同僚に声をかけた。


「おい! ここにあるDVDは捨てるからな!」




「ダメだ!! そっちの網膜DVDはまだ見てない!!

 誰がいつどこで網膜DVDを仕込んでいるのか、

 映像にうつってるかもしれないだろ!! 解明の邪魔するな!!」



今でも網膜DVDは人知れず勝手に追加されている。

俺は誰がどうやって仕込んでいるのか突き止めるまで、

テレビの前を動く気はない。

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