第2話カピバラ……?
「えっと……俺は……」
なんだか不思議な生き物だ。
カピバラにしては小さくて、フワフワした羽がついてて、しかも人間の言葉を話す。
得体のしれない生き物に本名を知られるとまずい。……ってのは、俺が子供のときに読んでもらっていた絵本じゃ、定番の話だった。
こいつに名前を教えても大丈夫なのか?
のんきそうなフォルムと声で油断させようってやりくちなんじゃないか?
こんな小さい生き物が人間を食べるかどうかは分からないけど、絵本の定番の流れだと、使役されたりとかもある。やっかいなことになるのは間違いない。
「なに?名前、忘れちゃったの?それは困ったかも。ここには何しに来たか、覚えてる?」
俺が答えないのを、カピバラのほうは答えられないからだと勘違いしたらしい。おかげで、俺が内心すごく焦ってるのには、まったく気づかないでいてくれた。
カピバラもどきは人間みたいに首を傾げてから、ふわっと羽を動かした。すいっと俺の周りを一周する。
羽ばたきに音をほとんどたてないくせに、距離が近すぎるせいで空気が動く。これ、ぜったい姿が見えてなかったら、背後から襲われても気づけない。けっこう怖い。
「怪我は……なさそうだね。よかった。アタシ、魔法とか使えないからさ」
その生き物は羽をたたむと、空中にお座りをした。声の感じから、純粋に俺を心配してくれていたのがわかったから、俺はそっと息を吐く。いますぐ走って逃げないといけない相手じゃなさそうだ。
いや、ここに俺、閉じ込められてたんだった。見つかった時点でもうだめだった。
「ありがとう。えっと……?」
「あ、アタシ?アタシ、うらら。うららちゃんって呼んでね」
どうもこいつは警戒心が薄い。
俺が両手を広げると、そこにふわっと乗っかってきた。
……警戒心!!!!!
頼むから!もう少し警戒心を持って生きてくれ!!!
「うららちゃんは……モンスター?動物?」
これだけの不思議生物なんだから、動物ってことはないだろう、人語を操るのなら、高位のモンスターなのかな。うららちゃんは手の上にちょこんと座ったままだ。
いや、だから、警戒心……。
「アタシ?んー、精霊って言って、信じてくれるかなぁ?……ふぉっ?」
俺が両手を軽くすぼめると、自称精霊の毛皮生物は簡単に握れた。硬そうに見える毛は本物のカピバラとは違う。ふわふわしていて暖かくて、つくづくこの謎の生き物が心配になってくる。
なんか、もう……。いいや。
「俺はレオリール。従兄弟たちにここに閉じ込められて、これから餓死させられるとこ」
俺はさっきまでいた扉の前の、水がない場所に向かって歩く。ずっと冷たい水につかってるのはいい気分じゃない。乾いた床に腰を下ろしたところでちょうど、腹がぐうと鳴った。
「餓死させられちゃうの?」
「死にたくなんてないけどね」
はぁ、と俺は大きく息を吐いた。
空腹もそうだけど、喉が渇いてきた。今はまだ我慢できるからいい。……いざとなったら、そこに溜まってる水をすする?その勇気が俺にあるか?
「この扉はがっちり閉まってるからぜんぜん開かないし、助けに来てくれそうな部下とは引き離されてるし、このとおり空腹だし、喉も渇いてきちゃったし、どうしようもないよ」
壁に寄りかかったら、ひんやりしていて体温が奪われていく感じがした。この部屋は冷えすぎだ。
「……助けてあげよっか?」
俺を見上げてくる小さな黒い瞳を見ていたら、なんだか……なんだか、助けてくれとすがりついて泣きたいような気持になった。
座ったまま、俺はうつむいた。
「ここから出すくらいなら、アタシにもしてあげられるんだよ?」
うららちゃんは、俺がすぐにここから脱出しようとしないことが不思議でたまらないらしい。俺だってここで死にたくはない。けど、出ていくのだって、ここから出るのと同じくらい怖い。
「ここを出ても、部下たちがいない。
彼らが帰って来てくれないと俺はなにもできないんだよ。彼らがいてくれないと、従兄弟たちが殺しに来たときに守ってもらえないし」
「なんか、人任せなうえにネガティブだなぁ」
呆れたみたいに言って、うららちゃんは羽を広げた。羽はなんだかフクロウっぽいぞ、と思って見ている目の前で、うららちゃんは扉をすり抜ける。
「わ!?」
すり抜けた!?
ガタン、バタン。と扉の向こうで音がした。ギ、ギ、ギ、と扉が途中まで開いたところでうららちゃんが戻ってくる。
「あとは自分で開けられる?」
「体のサイズのわりに、力があるんだな……」
「ちがっ……んんんんんんんっ……精霊的なあれこれだもんっ!」
うららちゃんは俺の顔の少し前にふわりと浮かぶ。
「ねぇ、とりあえず、こっちおいでよ。
暗くて寒いところでお腹空かせてるから、考えが暗くなるんだよ。人間の食べられるもの、ちゃんと用意してあげるから。……ね?アタシに着いてきて」
すい、と先に進んでしまったうららちゃんをあわてて俺は追いかける。出ていくのも怖いけど、今さら一人になるのも嫌だった。
うす暗く、埃っぽい廊下を進み、塵が積もった階段を上る。その先もまた、たくさんの古びた扉がずらりと並んだ通路だ。俺がこの城に入ってきた壊れかけている扉も通りすぎた。
曲がり角や別れ通路がずいぶんあるから、この城はまるで迷路みたいだ。
やがて、俺たちはこじんまりとした庭園のような場所に出た。暗い所にいたから目の奥が少し痛い。
そこもかなり長い間、人の手が入っていなかった場所だとすぐにわかった。
王城を彩る庭園として造られたのではなさそうな場所だ。ちょっとした、建物どうしの隙間を、見苦しくないようにとだけ整えたような空間。
伸び放題の草木と、崩れた石に埋もれた小さな泉。
「きれいなお庭でしょ」
足を止めてしまったせいか、だいぶ先を飛んでいたうららが今いるのは、バラかなにか、緑色をした茨のアーチのあたりだ。通行部が不自然に小さいような気がするのは、ここも手入れをする人間がいないからだろう。
「こっち」
アーチの向こうに、王宮の離れとしてはずいぶん控えめな建物があった。
貴族の屋敷としても小さい。ちょっとした富豪の館くらいの規模の建物だ。
「入って」
よく磨かれた扉の取っ手を引いて、俺はその建物の中に入った。
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