第10話 父さんな、山手線でも全裸になるんだ

Aパート

 東京の大動脈――JR山手線。

 朝に夜にと多くのサラリーマンを都内へと運び、昼に営業さんを東京中に循環させる。そんな役割を担っている、日本きっての大規模路線は、平日の夕方から夜21時にかけて、多くの人で溢れかえっていた。


 相互乗り入れ。

 東海道線からやって来たオレンジの電車が品川へと入る。

 そこから、飛び出す五つの肌色の影があった。


 全裸。全裸。全裸。全裸。全裸


 全裸。全裸。全裸。全裸。全裸。


 全裸。全裸。全裸。全裸。全裸。


 わっしょーい!!


 プラットホームに現れた五つの忍者ならぬ、五つの全裸。

 きゃぁ、いやぁ、と、ビジネス終わりのOLたちが叫び声を上げる中、うるさい黙れと、焔さんが一喝する。

 流石に本職、背中の阿修羅を見せつけて、すごんで見せれば、ひぃと彼女たちは顔を蒼くしてひきつらせるのだった。


 しかし――。


「……あら、可愛いイソギンチャク」


「すごーい!! 君は包〇のフレンズなんだねー!!」


 焔さんが倒れた。

 ここまで目いっぱい目いっぱい、隠語でその形状についてやんわりと隠して来たというのに、OLとはげに残酷である。


 しっかりするんだ焔さんと、僕は彼の肩を抱えて持ち上げる。

 陸いそぎんちゃくがぴくぴくと、微かに蠢動していた。


「俺ァ、ここまでだぜ、要よォ……あとは、お前等だけで頑張ってくれェ……」


「何を言っているんだ!! 山手線はもうすぐそこじゃないか!!」


「そうだ、気をしっかり持つんだ焔さん!!」


「ワルプルギスの夜に負けてはいけない!!」


「立つんでーす!! 焔さーん!!」


 ぐぬぬ、と、眉間に皺を寄せる焔豪一郎。僕たちの励ましを受けて、彼はなんとか両の脚で立ちあがると、まだだァ、と、復活を果たしてみせたのだった。


 おぉ、それでこそ、ヤク〇の親分。

 そうでなくては。踏ん張って貰わねば張り合いがない。

 ワルプルギスの夜が始まって即リタイアとか――そんなのってないよ。


 というか、僕たちをこんな事態に巻き込むだけ巻き込んでおいて、一人だけ、即リタイアするなんて、そんなの許されるわけないだろう。

 地獄の底まで付き合って貰うぜ、こうなったらよぉ。


「さぁ、行くぞ!!」


 三木の奴が叫ぶと、同時にグリーンのストライプが入った電車が、僕たちの居るホームへと入ってくる。相互乗り入れ、東海道線からすぐに、山手線に乗り換えられるようにと、粋な計らいになっているのである。


 全裸五人の集団が現れれば、それはもちろん、蜘蛛の子を散らすように人の列は移動する。一瞬にしてはけた、電車待ちの列に並んで、僕たちは満員電車の中へと突入した。


 踊り込んでくる全裸の男たちに、阿鼻叫喚、既に電車の中に乗っていたサラリーマンたちが絶叫を上げる。


「うるせぇ黙れェッ!! こっちも好きでこんな格好してる訳じゃねえんだよォ!!」


 再び、焔さんが一喝をする。

 ひぃ、と、サラリーマンたちが怯えた声を上げた。

 こんな調子で、本職の方でも、ガツンと言っているんだろうな、と、そんなことを思うと少しばかり気が滅入った。


 しかし――。


「なにっ!? その顔で、なんというイソギンチャク!!」


「貴様正気か!? そんなオカイソギンチャクを晒して、男して平気なのか!?」


 再び、焔さんが電車の中で倒れた。

 オカイソギンチャク。同じ男として、少しだけ言葉を選んでくれたサラリーマンたちだったが、やはり、顔に似合わないそれを指摘されれば誰だって傷つく。


 やめてあげてよ、ヤク〇だって人間なのよ。

 身体的な特徴をあげつらってどうこう言うなんて、あんまりだわ。


「大丈夫か!! 焔さん!!」


「……お、俺は、もう駄目だ、要ぇ。みっともないオカイソギンチャクを人様に晒して、もう、立ち上がるこなんてできねェ」


「立って、立ってよ、焔さぁん!!」


「そうだ、立つんだ焔くん!! 私たちはワルプルギスの夜に、負ける訳には行かない!! 立ち上がるんだ!!」


 巴さんが、焔さんの肩を揺すって励ます。

 消えかけていた、焔さんの瞳に炎が燃える。


 まだだぁ。

 そう、言って、再び踏ん張って立ち上がった焔さんは、オカイソギンチャクを揺らして、電車の中に立ち上がった。よし、まだ大丈夫だ、まだ戦える。


「どんどん来いやァ!! もう、何も怖くないんじゃァ!!」


「焔さぁん!!」


「今度はこっちの番だこの野郎!! いつまでも、同じ車両に乗っていたら、次の駅で鉄道警察に逮捕される!! 車両を移動するぞォ!!」


「なんだってぇ!?」


「しかし、この車両の隣は……」


 張られているのは、ピンクの張り紙。

 平日、終日女性専用車両なり。

 ここに全裸で突っ込むというのか。


 流石は粋と酔狂と華に生きるヤ〇ザ。クレイジーだ、最高にクレイジーだ。

 しかし、そこに痺れる、憧れるゥ!!


「行くぞ、お前等ァ!! 俺の背中の阿修羅を目印に着いて来いよッ!!」


「ちくしょう焔さん!! アンタやっぱり親分だ、ヤク〇男の中の8〇3だァ!! この平和ボケした日本に生まれた最後の侠だァ!!」


「ついて来てくれるか兄弟ィ!!」


「もちろんだとも!! 女性専用車両に入って、お高く留まってやがる女子どもに、エグいもん見せつけてやろうぜ!!」


========


 不適切な発言と展開が続いておりますことをここに謝罪いたします。

 現在、作者はこの作品を、限界いっぱいの精神状態で書いております。

 キャラクターが勝手に動き出すといいますが、こいつら予想外に動きすぎィ。

 制御不能の暴走特急をかましてくれる。

 なんだよ、女性専用車両に全裸で突っ込むって。

 馬鹿なの、アホなの、変態なの。

 誰か止めてェ。助けてェ。ヘルプミィ。

 もう私もこんな下品な小説なんて書きたくないのォ……。


========


「行くぞオラァッ!!!!」


 焔さんが一喝して、女性専用車両へと続く扉を開いた。それまで、帰宅するサラリーマンでごった返していた車内が、突然余裕のあるスペースへと変わる。


 椅子に腰かけて、悠然とスマホを覗き込んでいる女子たち。

 あるいは化粧道具を取り出して、まるで自宅のようにくつろぐOLっぽい子。

 必死に若作りをしている感じの奥様たちがそこには群居していた。


 いつもそうなのだろうか。

 自分たちのテリトリーにずかずかと入って来た男に対して、あぁん、なんで入って来るんだよこの野郎、鉄道警察に突き出してやろうか――なんて感じの視線を向けてくる。

 こいつは、キツイぜ、いつもの僕だったらそんな視線に心が折れて、さっきの焔さんのようにぶっ倒れていたことだろう。


 しかし、僕たちはもう捨てる者など何もない。

 というか何も持たずに全裸で山手線を駆け回っている、無頼漢である。

 そんな男たちにそのような視線など――こそばゆい程度というもの!!


 捨てる者も、失う者もない僕たちに、怖いモノなどなかった。


「オラァアアアアアッ!!!! どけや、女子どもォオオオオオオ!!!! ちん〇様のお通りじゃぁああああああ!!!!」


「いっ、いやぁああああああっ!!!!」


 焔さんを先頭に、女性専用車両を全速力で突っ切る。

 悲鳴が木霊し、女子たちが逃げるようにして、壁に寄り、逃げ惑う中、僕たちは揺れる床を全力で踏みしめて駆け抜けた。

 やがて、次の車両のドアが見える。


 しかし――。


「なっ、にぃっ!?」


「グリーン……車……だとッ!?」


 困難というものは続くものだ。

 女性専用車両の先に待ち構えていたのは、なんと――グリーン席料金を払って座る、僕たち一般階級の人間には縁のない、高級車両、グリーン車であった。


 はたして、この先には、女子たちとはまた違う、金を持ったセレブレティな方々が、待ち構えている。そんな特殊な空間に全裸のまま突っ込むというのか。


「グリーン車となれば、有名企業の社長、やりて営業マン、地方・国会問わずの議員様たち、そして、外国の要人たちが乗っている可能性が高い!!」


「首相だって乗って移動するんだ――いけない、焔さぁん!! 流石にこれより先を進むのは危険だぁ!!」


「……いいや、行くぜ!! こんな所で立ち止まってられるかよォ!! 男はなァ、止まっちまったらそこで終わりなんだァ!! どこまでもどこまでも、前を目指して駆け抜けてこそってもんだろうがァ!! 違うか、要のォ!!」


 ちくしょう。

 なんて男らしいんだ、焔さぁん。


 女性車両に突っ込んだだけでも相当な度胸だというのに、まさか、世間の権力者階級に向かってまで、平然とそのオカイソギンチャクを見せつけようってのか。

 その男気に、勇気に、僕は敬意を表する!!


 自然と、僕は敬礼を取っていた。

 それは戦士に対するワムゥ的ななんというかアレであった。


「グリーン車のチケット料金は払った、入れるぞ皆!!」


 巴社長がそう叫んだ。

 いったいどこにそんな金を隠しておいたのだろう。全裸のはずなのに。

 まぁいい、金持ちは、どこにだって金を持っているということだろう。


 ウィンと開くグリーン車の扉。

 それと同時に、また、焔さぁんが叫んだ。


「お高く留まったボケナス共がァっ!! 俺のチン〇を見ろォォオオオ!!!!」


 もはやヤケクソである。

 自分から見せに行くスタイルに、思わず、僕の頬を熱いモノが伝った。


 ちくしょう、焔さぁん。

 ほんともう、捨て身だな、アンタ。

 なんというかあんまりにもテンションが高すぎて、見ててこっちが心配になるよ。


 まぁ、そんな彼を隠れ蓑にして、僕ら、着いて行っている訳なんだけど。


 ホワイ、ワッツハプン、と、叫び声が木霊する。

 なんだね君たちは、と、グリーン車の乗客たちが立ち上がる。


 なんだねってか、そうです私たちが、魔法使いのお父さんだ。全裸で申し訳ない。


 ふと、そんな僕たちの前に、一人の男が颯爽と立ちふさがった。


「君たち、ここは秩序ある日本国だぞ!! だというのに、なぜグリーン車に全裸で乗車してくるのかね!!」


 日本の政治をその双肩に背負っているという感じがひしひしと伝わってくる、人のいい感じの顔したおっさんであった。こいつに政治任して大丈夫かな。前の時には、半年も持たずに交代してたけど、とか、そんなことを感じるおっさんであった。


 人間は何度ってやり直すことができるんだ。

 その姿に、ちょっと勇気づけられた自分が居るのも確かである。

 おぉ、なんてことだ。グリーン車だから、乗っているのではと、そんなことを予想しないでもなかったが――まさか、こんな所で、こんな人と遭遇するなんて。


 どうするんだ、焔さぁん。


「うるせぇ!! 何が秩序だ!! こちとらチン〇じゃぁーい!!」


「アベシミクス!!!!」


 殴った。

 殴りおったで、この腐れ外道。

 デフレに終止符を打ち、長きに渡る社会全体に満ちていた不景気の空気を一掃させ、日本に明るい未来を示した男を、この男、ワンパンでグリーン車の床に沈めおった。


 なんちゅうことするんやホンマ。

 全裸だからって、やっていいことと悪いことがあるんだぞ。


 邪魔だ退け、と、ばかりに吹き飛んだ、日本のリーダーの横を通り過ぎる焔さぁん。


 これほんと、大丈夫なのかね。

 展開的にも、やってる事的にも。

 なんて思いながらも、もはや中途半端な所で止まることはできない。


 僕たちは焔さぁんの背中の阿修羅を、ただひたすらに追いかけるしかできなかった。

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