第9話 おとしまえつけてもらうけえのう

Aパート

「ついに、恐れていたこの日が来てしもうた訳じゃが。皆、覚悟はできとるか」


 千畳敷の大広間。

 その上座にどっしりと胡坐をかいて、僕たちを睨みつけるのは、ヤク〇の大親分――焔豪一郎であった。


 彼のドスの効いた声に、答える影は全部で四つ。

 僕、三木、そして巴社長に――成り行きで誘ったマイケルさんであった。


 はたして、僕たちは今、東京から遠く離れた地、神奈川県は茅ヶ崎にある、焔親分の別荘へと身を寄せていた。


 時刻は午後四時十分。

 そろそろ、学校の授業が終了し、放課後が始まろうかという頃であった。


 そして、今日はメーデーの前日。

 すなわち、僕たち魔法少女の父親たちが、最も恐れている日。


 魔法少女たちが狂喜乱舞しその力を全力全開する、ワルプルギスの夜であった。


「……覚悟はできている」


 まず言葉を発したのは三木であった。

 どうやら、ワルプルギスの夜の経験は既に何度かあるらしい。彼は、当日も働こうとしていた僕に、有給休暇を取ることを勧めてくれた張本人だった。


 今日ばかりは、家に籠って、無難にやり過ごすに限る。

 そう、彼は、僕に向かって真剣な顔でアドバイスしてくれたのだった。


 課長の申請が下りるとなれば、休まない手はない。

 僕は三木の提案に素直に乗ることにした。乗ることにしたのだが――。


 どうして、そこを焔さんにかぎつけられて、なんじゃったら、うちの別荘に集団で避難せんかと、そういう話に相成ったのであった。

 ヤク〇の別荘である。そんな所に出入りしたと、当局に知られたら、どんな疑いをかけられるか分かったものではない。


 だが、分かったものではないけれど、僕はその提案に乗ることにした。


 有給を取って家で全裸で過ごす。

 そんなことをすれば、気がどうかしたと思われるに違いない。

 妻に軽蔑されるよりはよっぽどマシだった。今更な気もするけれど。


 さらに、三木、巴社長、そしてマイケルさんにも、その旨を伝えると、彼らは願ったり叶ったりだとばかりに、焔親分の別荘行きへの同行を願い出て来た。

 皆、身のやり場に困っているということらしい。


 事情を話せば、そこは、ヤク〇と言っても、話の分かる度量の大きい焔さん。

 まとめて面倒みてやるぜ、と、快い返事を貰って――それでもって、今こうして、千畳敷の上に、魔法少女の父五人、揃いも揃って居るという次第であった。


「覚悟か。その目、どうやら、相当の修羅場をくぐってきたっちゅう顔じゃのう」


「……妹が魔法少女になってから、こっち三年。ワルプルギスの夜には、苦しめられてきた。そして、なんとかそれを乗り切って来た。今年も粛々とそれをやるだけだ」


「言うじゃねえか。だが、儂は五年――あけみが小学生の頃からよぉ」


「ふっ、たかが五年くらいで何だというのだ。私は十五年、魔法少女の父親をやっている。ワルプルギスの夜の日に、大事な商談があったこともある」


「私も、ワルプルギスの夜に、教会の催し物をした思い出がありまーす」


「へっ、どいつもこいつも、なかなか言う奴らじゃねえか。面構えが違うぜ」


 ヤク〇の親分を前に少しも臆しない、魔法少女の父親たち。

 おそらく、その中で一番経験が薄いだろう僕だけが、ぶるり、と、これから訪れる、未曽有の全裸地獄を思って体を震わせた。


 いや、大丈夫だ、この焔親分の別荘に居る限り、僕たちは全裸になっても誰にも咎められることはない。


「……緊張しているのか、要」


 そう言って、三木が僕の肩にそっと手を添える。

 力強く、大丈夫だ、と、そう言った矢先――。


 彼の着ていた紺色の混じったスーツが爆発四散。真っ先に、全裸になった。


「……はじまったか!!」


 焔さんが声を上げる。

 と、同時に、また、爆発音。


 黄色い、ダン〇ィ坂野が着ているような、スーツをびりびりに破いて、いやん、と、巴三四郎社長が、その股間のサイコガンを震わせた。

 なんでも、ワルプルギスの夜には、その黄色い勝負スーツで挑むのが恒例なのだとかどうとか。なんにしても、そんなんで商談して大丈夫なのか、と、不安になった。


「ワルプルギスの夜!!」


 そう言った、マイケルさんの礼服もまた、爆発四散する。

 赤い裏高野から支給されたという、伝統あるその制服は、まるで燃える炎のように、千畳敷の畳の上にはらはらと舞い落ちた。


 巴三四郎社長のサイコガンと甲乙つけがたい、アメリカンサイズがぶらり現れる。


「どいつもこいつも!! 逞しいモノぶら下げやがってぇっ!!」


 そう言った、焔豪一郎のダークスーツが、爆発四散。

 毎度おなじみ、顔に似合わないかわいいイソギンチャクが、そこに現れた。


 迷ってないで手術しに行けばいいのに。

 いや、あえて何をとは言うまい。


 とにかく、濃い海藻に包まれたそのイソギンチャクを、ぶらりぶらりと揺らして、その場に立ち上がった焔親分は、宴のはじまりだとばかりに、白目を剥いて額に血管を浮き上がらせるのだった。


 さて――。


 そうして最後に残った僕なのだけれど。


「……なぜだ円香。そろそろ変身してもいいころじゃないのか?」


 なぜか一人だけ、僕はまだ全裸になっていなかった。


 どうして、なぜ、ホワイ。

 魔法少女たちがその力をたぎらせて、乱痴気騒ぎを繰り返す、史上最低の夜――ワルプルギスの夜じゃなかったのか。

 なのに、何故、はしゃがないんだ、円香。


 覚悟をして、ヤク〇の親分の世話にまでなったというのに。

 円香、なんで魔法少女に変身しないんだ。

 こっちがなんの準備もしていない時に、平気で変身してくるくせに、いざ、準備したとなると、途端に変身しなくなるなんて。


 ひどいよあんまりだよ。そんなのってないよ。


「……なんじゃぁ。要のぉ、お前さん所の娘は不参加かァ」


「ワルプルギスの夜を前にして引退とは、なかなか運がいいな、要くんは」


「まぁ、そういうこともある」


「羨ましいでーす」


 と、既に全裸になり、フル〇ンポになっている四人が、生温かい目で僕を見る。

 責められないのは正直ありがたいが――皆が全裸になっているというのに、一人だけ、服を着たままだなんて、なんだかそれはそれで気持ちの悪いものがある。


 やめてくれ、円香。

 頼むから変身してくれ。


 あれだけ、変身するなするなと言っておいてなんだけれども、こうして傷を舐めあう仲間たちの前で、一人だけ一抜けする罪悪感の方が、遥かに大きい。


 みんな全裸になったというのに、一人だけ服を着ているとか。

 むしろ、自分から服を脱いで、皆と一緒になりたい。


 同調圧力という奴だろうか。

 とにかく、僕は、そんな申し訳なさで、いっぱいになってしまうのであった。


「まぁ、全裸にならんならならんで、それに越したことはない。運が良かったのう、要の」


「いや、まだ、油断させておいて、いきなりバリーンという可能性も」


「……そうだな、まだ、夜は始まったばかりだ」


「ただ、ワルプルギスの夜の開始と共に、魔法少女たちは一斉に変身するものだ。その流れに乗らなかったということは」


「要さん、今日はもう、家に帰ってもいいのでは」


 魔法少女のお父さんたちの心遣いが嬉しい。

 全裸にならなくて済んだことを、心の底から祝福してくれている。そんな感じが、ひしひしと僕の体に伝わって来た。


 なんて良い奴らなんだろうか。

 ヤク〇の親分、ポチャ専の課長、娘にだだ甘な社長、そして、新興宗教の司祭。

 みんな職業も立場もそれぞれ、だというのに、ただ、魔法少女の呪いをその身に受けているというだけで、優しい視線を向けてくれる。


 ありがたかった。

 そして、そんな彼らを裏切ったような気がして、後ろめたかった。


 すまない、と、僕は気が付くと彼らに向かって頭を下げていた。


「全裸にならなくて済まない!! 一人だけ、助かってしまって申し訳ない!!」


「おいおい、何も謝ることなんかねえぜ」


「全裸にならないなら、ならないで、それに越したことはないんだ」


「そうだぞ要くん。誰も、好き好んで、全裸になっている訳じゃないんだ」


「もしそんな奴が居たら、ただの露出狂でーす!!」


「皆……けど、僕は、僕は……」


 いいんだ、と、三木が僕の肩を叩いた。

 いつもの安定の訳の分からないキメ顔角度で、僕を器用に見つめると、お前は自分が助かったことを素直に喜べばいいんだよ、と、不細工顔で言うのだった。


 相変わらず、その顔つきにはイラっとしたが、あえてそこは流した。


 そうだな。

 全裸にならないならならないで、それに越したことはないんだ。

 こうして避難したけれど、それはそれというものじゃないか。


 服が一つ、無駄になることがなくてよかった。

 スーツ姿に身を包んだ僕が、ほっとしたのも束の間――。


 満を持して、僕のスーツも爆発四散!!

 ピンク色――円香の髪の色に合わせて――のストライプが入ったそれが、天井に舞ったかと思うと、はらりはらりと畳の上へと、煌きながら落下した。


 そして、露わになる、僕のポークビッツ。


 ふっ、と、男たちが一様に微笑んだ。


「どうやら、いよいよ魔法少女の呪いに、俺達は魅入られちまってるようだな」


「そのようだ」


「珍々の理に導かれて、私たちはここに集まった」


「運命――ディスティニィ――という奴ですね!! ショギョムジョ!!」


「皆!! 僕、全裸になったよ!! 全裸、全裸になったんだ!!」


 三木が、僕に向かって手を叩く。

 続いて巴社長が、マイケルさんが、そして、焔親分が手を叩き出した。


「おめでとう」


「……おめでとう」


「おめでとう!!」


「おめでとーう!!」


「皆……、ありがとう!!」


 すべてのチン〇に感謝を。

 魔法少女のお父さんたちに感謝を。


【父さんな、ときどき会社で全裸になるんだ――完


「フリーズ!! 動くな、焔豪一郎!! お前を、公衆の面前で全裸になった罪――公然わいせつ罪で逮捕する!!」


 と、綺麗に終わろうとしていたところに、畳スパーンして、女刑事が現れた。

 ガサ入れって奴でしょうか。いや、そうでしょうかも何も、それしか女刑事がヤク〇の別荘にやって来るような理由なんてある訳ないわな。


 アハハ、皆と全裸になった途端にこれですよ。

 やってらんないよね、ほんと。


 ほんと、どうして、どうしてこんなことに……。


 こんなのってないよ……。


 あんまりだよ……。

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