Bパート

「ごめん、お父さんお母さん。私、ちょっと野暮用が出来ちゃった。列抜けるね」


「えぇ、ちょっと、円香さん!?」


「ちょっとしたら帰って来るから。ごめんね」


 そう言って、そそくさと、その場を後にする円香。

 それに合わせるように、物販コーナーに座っていた、マイケルさんの娘さんも、席から立ち上がると、どこかへと消えてしまった。


 まさかとは思うが。

 いや、そんな……。


 嫌な予感にポロシャツに汗が滲む。

 思わずX兵衛を呼ぼうか、と、思ったその瞬間、ざわり、と、場が騒然とした。


 騒ぎの主はマイケルさんだ。

 彼はどうしてか、青い顔をして、申し訳なさそうに口をへの字に曲げていた。

 いったい何があったのだろうか。


「オー、すみません、みなさん!! 本日大盛況、在庫が切れてしまいました!!」


「えぇー!?」


「本当に、本当にすみませんでーす!! また今度、近日中に、説法はさせていただきますので、その時にお買い求めくださーい!!」


 並び損か。

 まぁ、仕方あるまい。人気の商品ともなれば、そういうこともまま起こる。


 ただ、机の上にはまだ、何個かテープがあるように見えるのだが。

 ふむ、まぁ、あれはディスプレイ用ということも考えられる。

 在庫切れだと、売る方が言うのだから、そうなのだろう。たぶん。


 残念だったね、と、僕と妻は顔を合わせる。

 きゃっきゃと、僕の腕の中でたっくんがはしゃぐ横で、ぞろりぞろりと、気落ちしたご近所さんたちが、列から離れて教会の出口へと歩いて行った。


 うむ、しかし。

 なんだろうか、この、妙な居心地の悪さは


「……ごめん。ちょっとトイレに行ってくるよ」


「あら、我慢していたの。いいわ遠慮しないで行ってきてちょうだい。たっくんは私の方で見ておくから、行っておいでなさいな」


 そう言って、息子を受け取ろうと手を差し伸べてくれる妻。


「……すまない」


 なんとなく、身の危険――より具体的には全裸の危険を感じた僕は、たっくんを彼女に預けると、急いで、トイレに駆け込むことにしたのであった。


 なんと言っても、今日は円香と一緒である。

 一緒なのなら彼女が魔法少女に変身することもないだろうし、万が一、変身する素振りを見せたなら、それを止めることができるだろう。

 そう考えていた。


 けれども、急に彼女は僕たちの前から姿を消し、今、こうして僕の目の届かぬ状態となってしまった。


 まさか、こんな状況で魔法少女になるとは思えないが。

 一応、トイレの個室に避難しておくにこしたことはないだろう。


 うー、トイレトイレ。

 そんな訳で、僕は新興宗教の教会の、一階にあるトイレにやって来たのだった。

 すると、どうだろう。


 長い長い説法の終わりということで、トイレは予想外の満員御礼。

 個室の前には、先ほどまでの物販コーナーの長蛇の列が、そのままそっくり出来上がっていた。


 こりゃまずいかな、そう、思った時。


「オーウ!! ジーザス、ヤクシニョライ!! スーパースター!!」


 割と聞いたことのない叫びが後ろからする。

 聞き覚えどころか、先ほどまでその声色に酔いしれていた僕は、すぐに、その声がした方――僕の背中を振り返った。


 そこには見事な金髪に割れたケツアゴ。ちん〇でかそうな体躯をした司祭――チェリーブロッサム・マイケル氏が青い顔をして立っていた。


 おぉ、こんな所で会うなんて、ラッキーだな、おい。

 しかし、何をそんなに慌てているんだ。


「大変なことになってしまいやがりました!! どうしてこんなことに!!」


「どうしたんですか、マイケルさん、そんな青い顔をして」


「えらいこっちゃなのです!! 早く個室に入りたいのに、どうしてこんな時に限って、トイレが混んでいるのか……!! おぉ、ホトケは我を見放したたもうたのか!!」


 先ほどまで、ホトケへの帰依の心がどうこうと、熱心に説いていたとは思えない狼狽えぶり。流石に、僕はちょっと不思議な気分になった。

 この、パーフェクト超人とも言える、御仏の心を説く人を、ここまで狼狽えさせる事態とはいったいなんなのか。


 よもや、仏の慈悲をも超えた、残酷無残な事態が迫っているのではないか。

 仏すらも超越する概念――それはつまり。


「宇宙の法則の前には――魔法少女の掟の前には、御仏の心もショギョムジョ!!」


「まさか、マイケルさん、貴方!?」


 その時。

 僕のポロシャツと、お気に入りのジーンズが、見るも無残に爆発四散。

 合わせて、目の前に立っている、司祭の黒い礼服も、ズタボロに破けたと思うと、その上質な衣がはらりはらりと男子トイレの中に舞った。


 やはりか。

 円香、まさか、このタイミングで魔法少女に変身するとは――我が娘ながら恐ろしい娘だ。お父さんとの貴重な休日を、いったいなんだと思っているのだろう。


 そして、そうか。


 さきほど唐突に頭の中に浮かんだ、マガジンの漫画の如き「!?」の意味が、今、ようやく合点がいった。


「NOOOOOOO!!!! アンコさん!! なんで変身するですかーっ!?」


「やはり、貴方もだったか、マイケルさん!!」


 間違いない。

 円香の視線に応えるように、物販コーナーの席から立った、マイケルさんの娘さんもまた、魔法少女だったのだ。


 物販コーナーを切り上げたのも、おそらく、彼女が席を中座したからだろう。

 彼は、社会的な地位と評判を守る為に、あえて、商売をさっさと切り上げて、服の爆発四散に備えることにしたのだ。僕と同じように。


 派手な爆発音に、すぐにトイレの人たちの視線が僕とマイケル氏へと向けられる。

 僕のポークビッツと違って、フランクフルト、下手をすると、フランスパンサイズあるんじゃないかという、立派なマグナムを揺らすマイケル氏。


 すごく大きいです。

 その場に居る男たちの誰もが、その股間を凝視して息を呑んだ。


 しかし――そうも言っていられない。

 男でも女でも、そしてここがトイレであったとしても、全裸になって、局部を人に見せつけるなど、言語同断、あってはならないセクシャルハラスメントである。


 きゃぁ、と、誰かが野太い悲鳴を上げる前に――。


「来い!! X兵衛ェェエエエエ!!!!」


 僕はX兵衛の名前を叫ぶと指を鳴らした。

 もこりもこりと、トイレのタイルが盛り上がったかと思えば、そこからおうさという掛け声とともに、現れる、シャイニング・スペース・サムライ・ボーイ。


「一度に二人とは、こりゃまた久しぶりに骨の折れる展開だなァ!! まったく、やってくれるぜェ!!」


「頼めるか、X兵衛!!」


「そのために来たんじゃねえか!! 任せな、どんなにウェット&ワイルドな暴れん坊サンだったとしても、野獣珍陰流に隠せないモノはないぜ!!」


 頼もしい、頼もしいぞ、X兵衛!!

 流石は宇宙侍。魔法少女と契約してしまったお父さんを救う、最後の希望にして、彼らの股間の最後の防波堤である。


 すぐに、腰に佩いていた大小二本を床の上に放り出すと、X兵衛は――じっと、そのアメリカンサイズのビックマグナムを睨みつけた。


「ッ!! しかし、これは、あんまりに――グローバルサイズ!!!!」


「X兵衛!?」


「第三の腕ではないのか!? くっ、これを隠すには、アレしかない――だが!!」


「だがなんなんだ、X兵衛!! いったい何が問題だというんだ!! このままだと、マイケルさんの評判と人徳が地に落ちることになる!!」


 法衣を脱いだら、今寂聴から全裸系僧侶に大転身である。

 そんなことになれば、ヤマジュン的に世間からフェードアウトしていくのは、もはや必至であろう。


 そんなのって、あんまりだ。


 彼はこんな所で終わるような、器のような男ではない。

 そして、そんな小さなちん〇をしている男ではない。

 なんとか守ってやることはできないのか。


 残念そうに、くっ、と、X兵衛が唸った、その時だ。


「甘い、甘いぞ、X兵衛!!」


「……そっ、その声はッ!!」


 突如、トイレの入り口に、紫の道着を着た男が立っていた。灰色の辮髪を揺らして、ダンディな髭を口元に蓄えた彼は、見るだけですくみ上るような、迫力のある瞳を、僕とX兵衛に向けていた。

 とう、と、その場で無駄に跳躍した彼。

 辮髪がゆらりと上下に揺れる。


 ――どういう演出だよ。


「笑止!! この程度のことで狼狽えるとは、エッグ・オブ・ゴールデンの名が泣くというもの!! X兵衛よ、ち〇ぽを恐れるな!! 忘れたか……野獣珍陰流の極意を!!」


「流派!! 野獣珍陰流はち〇ぽの風よ!!」


「下半身痙攣イクイク逝っちゃう!!」


「「見よ、〇棒が赤く腫れている!!」」


 そう言って、拳を合わせる、謎の紫の男と、X兵衛。

 ……なんだこれ、と、どうしていいやら分からず、とりあえず、自分の股間を隠す僕の前で、不敵に二人は微笑みあうのだった。


 宇宙侍かと思ったら、今度は宇宙拳法家か。

 なんだか忙しいなこの話も。


 ネタ切れかな?


「来てくれるとは思っていませんでした、師匠!!」


「馬鹿でしが!! まったく、いつまでたっても手間をかけさせおって!! それより、X兵衛、アレをやるわよ!!」


「オーケィ、オネエさま!!」


 師匠なのか、お姉さまなのか。

 お姉さまだとして、それはあれか、元ネタの元ネタ的な意味でなのか。

 オネエさまだからなのか。


 ガンダムについてはよく知っている僕である。そのやり取りが、ガンダム異端、あの作品のパロディであることは、なんとなく分かった。

 そして、この後起こる、野獣珍陰流の技も、何となく予想できた。


「行くぞ、X兵衛!!」


「はい、師匠!!」


「ふぬぁあああああああああ!!!!」


 その場に飛び上がったかと思うと、空中で横に高速回転し始める、紫色の服の男。

 顔だけが、何故か動かずぐるりぐるりと体だけが回転している。


 その非現実的な光景に唖然とする中。

 X兵衛が、回転する彼の足元にそっと近づいた。


「流派!! 野獣珍陰流奥義!! 超級覇王珍影弾!!」


「装珍!! 破ァっ!!」


 言うや、その回転する師匠を、そのまま、マイケル氏の前へと置くX兵衛。

 高速回転する師匠の体によって包まれた、マイケルさんの息子は、なるほど、珍影弾によって、見事にサイクロン隠されたのだった。


 オーゥ、アメージング。

 大技な割に、地味にチン〇の前に置くだけってどうなのさ。


「……爆破ァっ!!」


「いや、爆破しちゃダメだろ!!」


 野獣珍陰もピンからキリまでだな。


 とにかく。

 X兵衛とその師匠の手によって、マイケル氏の身の貞操は、辛くも守られることになったのだった。


 うん。

 幕間にしても、こんな話ってないよ。あんまりだよ。

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