Bパート

「巴……ハミ!!」


 はたして、僕とX兵衛の前に現れた、ジャージ姿の金髪縦ロール少女は、巴社長の愛娘にして伝説の魔法少女。

 アラサー処女ニート伝説、巴ハミであった。


 ハミというだけあって、色んなものがハミでている。

 ジャージから腹がハミ出ているし、胸もなんかこうハミ出ている。

 そしてその存在自体も、なんだかこうハミでている。


 あっ、これ、あれですわ、可愛そうな娘ですわ。

 頭がお花畑とかそういうんじゃなく、こう、なんていうか、うん。


 分かれ!! 言わせるな!! そんな残酷なこと!!


 だいたい、二十七にもなって、お父様とか言って縦ロールの頭を揺らして駆けて来る時点で、いろいろと察しろ。不憫な娘なんだよ。日常生活は差支えないけど、なんかこう生きるのが不器用な感じの、そういうさぁ。


 そんなのを見てしまったからだろうか。

 絶対に許さぬ。そう息まいていたX兵衛もすっかりと、気を抜かれてしまったらしく、巴ハミが、三四郎社長に駆け寄るのをただただ黙認したのだった。


 それまでの男らしい、まさしく漢の中の漢という感じだった巴三四郎社長。

 しかし、娘の登場にその顔が、一気に仏のように緩んだのが見えた。


 アルカイックスマイル。

 どうしてこんな仏のような顔をすることができるのだろうか。自分のスーツを一つ台無しにされて、それで、ここまで笑っていられるのが、僕にはちょっと分からなかった。


「いいんだよ、ハミィ。パパはちぃっとも、怒ってないからねぇ。いつも魔法少女のお仕事おつかれさまァ。偉いなァ、ハミはァ」


 そして猫撫で声である。

 正直、うわキツと、顔が引きつりそうになるのを堪えるのにいっぱいいっぱいであった。


 あぁ、なるほど。

 この娘がこの歳になっても、魔法少女を続けている理由が分かった気がしたわ。

 というか、巴社長、身内にはダダ甘なのな。


 社長の厚い胸板にぴとりと頬を預けて、「本当、お父様」と、問いかけるハミ。

 それに、「ほんとうだょお」と、返す巴社長。


「うわキツ」


 ダメだ、流石にこらえ切れずに声に出してしまった。


 年頃の娘さんということもある。そして、いい歳した親ということもある。

 そんな甘やかしっぷりではまずいだろう。


 流石に僕も、円香に対して、魔法少女になった時は怒ったよ。もう少し、軽々しく魔法少女にならないようにと、懇々と説教したくらいだ。

 彼女は頑なとして聞いてくれなかったけれど。


「社長!! そういうのはよくないと思います!!」


「なんだね要君!! うちの教育方針は、飴とケーキなんだ!! 鞭など必要ない、人は、褒めれば褒めるほど伸びる者なんだ!!」


「そんな教育方針間違ってる!! そうやって、貴方がいつまでたっても、子供に対して甘いから、子離れできていないから、娘さんもずるずると魔法少女なんて続けてしまうんだ!!」


「ぐ、ぐぬぬ……!!」


 真に娘の将来のことを心配しているというのなら。

 そこはそこ、ちゃんと、彼女のことを思って叱ってあげるべきである。

 歳相応の女性としてちゃんと自立しなさいと、言ってやるのが親心だろう。


 それを、娘可愛さに目を逸らし、あまつさえ、魔法少女として活動させ、更に腹の肉をハミらせる。


「貴方の娘さんがハミっているのは、アンタが甘やかしているせいだ!!」


「くっ、なんとでも言え!! 私は、娘を、甘やかすの、止めないッ!!」


「バッキャロウ!! そんなダメなお父さん――修正してやるぅっ!!」


 僕は社長に向かって殴りかかった。


 ハミに出会ったことで、娘が魔法少女の決意を固めた、その私怨から来るものではない。これは純粋なる義憤であった。


 娘を正しく教育しない父親。

 娘に対して、正しい道を示してやれない駄目親。

 そんな親を許せない、見過ごしていられない。

 そんな思いから、僕は拳を握りしめていた。


 X兵衛の刀をやすやすと止めてみせた逞しい社長とそのサイコガン。

 しかし、娘の手前、反応が遅れたか、僕のパンチは彼の頬を捉えていた。


 ドウ、と、デスクにしたたかに体を打ち付けて、倒れる巴三四郎社長。

 お父様、と、ハミが叫ぶ前で、彼は、口元を拭って、ふふふ、と、不敵に笑いながら体勢を持ち直した。


 ぎろり、と、こちらを睨みつける顔。

 しかしてその表情には――エレベーターの中で、僕のことを激励した、あの、男らしい、まさしく漢の中の漢という、力強い意志が戻って来ていた。


 それでこそ、社長である。そうでなくては。


「ふっ、効いたたぞ、要友久……」


「男の魂は充電できましたか!! 社長!!」


「あぁ、ビンビンだ!! アンテナ四本立つくらいになァ!!」


 股間のサイコガンが天を撃つようにそそり立った。

 どうやら、僕の一喝は効いてくれたみたいだった。


「礼を言うぜ、要友久!! 私は、私は今まで父親として、ちゃんと娘と向き合うことを逃げていた!! それが故に、こんなになるまで、ハミの奴を放り出してしまうことになってしまった!!」


「分かってくれたならいいんだ、巴社長。それに礼を言われる筋合いはない、アンタに、既に俺は何度も救われているんだからな」


「……要くん!!」


「お互い様って奴さ!! 同じ、魔法少女の娘を持つ親としてな!!」


 さぁ、もうアンタは一人じゃない。

 何も怖いことなんてないはずだ。


 告げるのだ娘に!!

 ちゃんと、父親として責任のある言葉を!!


 僕がそう目で告げると、ごうと、巴社長の瞳の中に炎が踊るのが見えた。

 男の魂というのは伝染する。いま、僕の中にあった、熱い炎は、社長の中へと燃え移り、激しく燃え猛っていた。


 言える、今の彼ならば、きっと娘に対してそれを言えるはずだ。


「……ハミよ」


「なぁに、お父様?」


「お父さんな。ずっと、お前に言おうと思って、言えなかったことがあるんだ」


 そうだ!!

 いいぞ!!

 巴三四郎!!


 ぐっと娘の肩を掴んで、真剣な眼差しを向ける社長。

 まだ、それを言葉にするのを戸惑っているらしい。ぐっ、うぐ、と、唸りながら――それでも、巴社長は目を見開くと、その口を開いた……。


「その、な。お前、今年で何歳になるんだ」


「いやだお父様。女の子はいつだって、永遠に十七歳よ」


「そういうのはいいんだ!! ハミ!! ちゃんと、自分の実年齢を言うんだ!! というか、十七歳でも魔法少女はちょっときついだろう!! いや、きつい!! 確実にきついって!! 十五過ぎたら、流石に変身するのも自重するだろう普通!! なのに、十二年も余計に続けて!!」


「……お父様?」


「こんなことは本当は、私も言いたくなかった、言いたくなかったんだ。だがなぁ、ハミ。いい加減、お父さんもお前に本当の気持ちをぶつけることにしたよ」


 顔が怖いわ、と、不安げに呟く巴ハミ。

 そのジャージ服からはみ出している、ハミ肉が、ぷるるんと震えた。

 マニアックな層にはウケそうだな。いや、僕はそういうのは結構だけれど。


 ごくり、と、僕とX兵衛が生唾を飲み込む。

 今まさに、長き宿怨に終止符を打つのだ、と、そう思ったその瞬間――。


 チーン。

 また、後ろでエレベーターの扉が開く音がした。


「大丈夫ですか社長!!」


 駆け付けたのは、総務部庶務課の課長、三木村重である。

 どうやら、社長のスーツが破れた際に、処理をするのも彼の仕事の内らしい。緊急事態を聞きつけて、やって来たのだろう、彼の息はあがっていた。


 ついでに、着ているスーツも、先ほど着替えたものとは違っていた。

 春山さんチームが向かったのは、彼の方だったのかな。


 まったく。

 いい所に割り込んできやがって。

 ようやくこの長きに渡る、魔法少女地獄変の発端――そのインフルエンサーたる、巴ハミに引導を渡すことができようという所だったのに。


 空気の読めぬ奴め。


 闖入者の登場に、必然、場に居た人間の視線はそちらに向かう。

 東住さん、X兵衛、巴社長――そして。


 巴ハミがエレベーターの方を振り返った時だ。

 ぽう、と、なにやら華でも咲いたような、妙な空気が辺りに満ちた。


 途端――巴ハミの着ていたジャージ服が白く発光を始める!!

 謎の光(眩しい)に包まれたハミは、それまでの、ドンキで見かけるうらぶれ女子からドレスアップ&メイクアップ、ミニスカートにへそ出しのブラウス、それに、銀細工が施された帽子をかぶった、可憐な乙女へと変身してた。


 まさか、これが魔法少女への変身だというのか。

 なんて綺麗で、そして、絵になる光景なのだろうか。


 それに対して、お父さんたちの衣服が爆発することの、雑な扱いのことよ。

 この扱いの差は、はたしていったいどこから出て来るのだろうか。


 そして、何故、巴ハミはいきなり変身したのだろうか。

 するともじもじと、内股を擦り合わせて、彼女は父親に背中を向けると、視線を床へと彷徨わせた。


 同じように、三木の奴も視線を床に彷徨わせている。


 ……おいおい、まさか。


「いやだわ、恥ずかしい。私ったら、みっともない姿を殿方に見せてしまって。つい、あわてて変身してしまいました」


「いや、別に、それは。それより、君も魔法少女なのか?」


「はっ、はい。と、巴ハミ、と、いい……申します」


「巴ハミ。あぁ、君が妹が言っていた、ハミさんか」


「えっ!? 私のことをご存じなのですか!?」


 よく聞かされているよ、と、三木。

 彼はまた、どういう意味があるのか分からない、顎を天に着き上げて、顔を斜めにするというキメ顔で、巴ハミへと近づくと、そっとその手を取った。


 また、ぽう、と、彼女の背中に何か温かい空気みたいなのが流れた気がする。

 これも魔法少女の力という奴だろうか。だとしたら、なんて無駄な魔法なのだろう。

 こんなの使うのに、いちいち、僕ら全裸になっているなんて、ちょっと考えたくないよね。


 まぁ、それはさておき。

 三木は巴ハミの手を握りしめると、その見事なシャフ度の顔のままで、彼女に向かって不細工に微笑んだのだった。


「いつも妹が言っているよ。この街には、街の平和を守る為に、自分の幸せを犠牲にしてまで戦っている凄い人が居るって。自分の憧れであり、尊敬する人物だって」


「……そんな、尊敬だなんて。こんなダルンダルンなお腹をしているのに」


「……そのダルンダルンがいいんじゃないか!!」


 あ、三木、そっちの方面行ける口だったのか。

 そうかぁ。まぁ、不細工ナード顔だとはずっと思っていたけれど、仕事はできる奴だから、女から誘いがないわけないとも思っていたんだ。


 それで未婚というから、ちょっと驚いたけど。

 なるほど、なんだかんだで、趣味がマニアックだったのね。


 まぁねぇ、そりゃ、それでいいんじゃないの。

 人の趣味は人それぞれだから。

 ちょっとくらいふくよかな方が好きってのも、また人間味があっていいじゃないのよ。


 って、受け入れている場合かーッ!!


 なんだこの超展開。

 いきなり始まるラブロマンス。


 このお話、そういうものじゃなかったよね。

 もっとこう服がバリーンって、毎話毎話破れて、それでもって、あぁー、またやっちゃいましたよ、こりゃ、大変ですねぇ、って、そういう感じのあれじゃないですか。


 なに普通にラブコメしてんだよ。

 現代ドラマしろよ。

 カテエラなるでしょ!! カテエラ!!

 カポエラじゃない、カテエラ!!


「……なんてこった!! まさか、こんな展開になるなんて、誰が予想したかよ!!」


「予想の斜め上は行っているけど、それで読者が納得するのかよ。せめて、社長が服バリーンってなれば、また違うんだろうけど……」


「既に全裸だから恥ずかしくないもん!!」


 えばって言うことか。

 まだ、東住さんからスーツを受け取っていなかった社長は、スーツバリーン、なるのを免れていた。ちくしょう、これはもう、受け入れるしかないのか。


 突然の、ハードラックラブコメディ、って奴をよう。


「あの、お名前は……?」


「三木村重。三木の干殺しの三木に、荒木村重の村重で、三木村重だ」


「まぁ、なんて、素敵なお名前!!」


 そうだろうか。

 日本史の勉強してたら、とてもじゃないけどそんなこと言えない、説明だが。

 というか、そんな自己紹介をする三木も三木だよ。


 父親の胸板から、ふらりふらりと、三木の方へと移動する巴ハミ。

 ぴとり、親から男へと、その体を預ける先を変えた彼女は、うっとりとした顔を三木の奴へと向けるのだった。


「三木さん。一目見た瞬間に、その、顔の角度にビビっと来ました」


「僕も、貴方のその魔法少女服に、はちきれんばかりのパッションにメロメロさぁ」


 はちきれんとはうまいこと言ったなぁ。

 実際には、ハミ出ているのに。

 おっと、僕が口を挟むようなことではなかったな。


 とりあえず、もう、これでオチは読めただろう。


「……三木さん、よろしければ、私とお付き合いしていただけませんか」


「……是非とも。結婚を視野に入れて!!」


 力強く、ハミのその手を握り返す三木。

 間髪入れないそのプロポーズに、かぁと、ハミの顔が赤らむのが、ここからも見えた。


 おう、よくいったぞ、三木。

 お前もまた男だ。男の中の漢だよ。

 そして――よくぞ処女ニート魔法少女二十七歳という、おそろしくニッチな存在を、引き受けてくれた。


 これでもう、何も、怖くない。


「三木くん!! 娘をよろしく頼む!!」


「なんと!? 巴ハミさんは、社長の娘さんだったのですか!? では、僕と結婚するということは……!!」


 驚く三木。

 本当に一目ぼれ、巴ハミの素性は知らなかったということだろう。

 ピュアピュアなその顔に、おそらく、二十七年温室培養された、純粋無垢な処女ニート魔法少女二十七歳の顔が向く。


 その宣言は、この場に居るお父さんたちの、誰もが待ち望んでいたものだった。


「私、魔法少女辞めます!! 辞めて、素敵な奥さんになります!!」


「「「ヤッタァーー!!!! 第三部完!!!!」」」


 僕も、X兵衛も、嫁に出す巴三四郎社長も、喜んで声を張り上げた。

 巴ハミが魔法少女をやめる。その時を、どれほど僕たちが待ち望んだことか。


 これで、彼女の存在に妙な負い目を感じて、魔法少女を続ける女の子たちが少しでも減る。そう思えばこそ、その感慨はひとしおであった。


 しかし――。


「何を遠慮しているんだ!! ハミさん、君は、世の中の平和のために、この街の人々が笑顔で暮らせるようにと、魔法少女になったんじゃなかったのか!!」


「……えっ!?」


「僕に遠慮することなんてないんだ。たとえ結婚しても、子供が出来ても、なんとか君を支えて見せる――だから、続けなよ魔法少女を!! 君の信じる正義を!!」


「……三木さん!!」


 いや。

 いやいや。

 いやいやいやいや。


 何言ってんだ、三木。

 いい感じに話がまとまりそうだったじゃないか。

 もう、なんかこう、アイドルの引退宣言みたいに、魔法少女辞めそうな感じだったじゃないか。なのに、なんでそういう余計なこと言うかな。


 空気読めよ。

 そして、社長の顔面を読めよ。


 ほら、泡吹いて、今にも卒倒しそうな顔してるよ。どうすんだよ、これ。


「三十になっても、四十になっても、魔法少女を続けるといいよ。僕は、君がやることを、全力で応援する」


「……私がおばさんになっても、貴方は魔法少女の私を受け入れてくれるの?」


「オフコース!!」


 キメ顔で、三木は言った。

 ほんとぶっとばしてやろうかこいつ。


「……決めました!! 私、魔法少女やめません!! 家庭に入って、子供ができても、マタニティアラサー魔法少女として、頑張っていきます!!」


 ばたり、社長がその場に気を失って、前のめりに倒れた。

 立派な股間のサイコガンで、ワンクッションおいて、横臥した彼に、大丈夫ですかと、娘と義理の息子があわてて駆け寄る。


 考えうる限り、最悪の結末であった。

 哀れ、巴三四郎社長。むーざんむーざん。


「……X兵衛」


「……あぁ」


 こんなのって、ねぇぜ。


 二人の声が重なって、社長室へと木霊した。

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