Bパート

 ロッカーに入っていたスーツを身に着けると、僕はあてがわれたデスクに座った。


 娘が魔法少女になった父親のための安息の地とはこれいかに。

 そもそもなぜ、そんな為の部署がここに用意されているのだろうか。

 そして、しれっとそここの課長に三木が収まっているのか。


 総務部庶務課についての疑念は尽きない。

 けれどもとりあえず、今は当面の危機――服を着ることができ、強制わいせつの心配がなくなったこと――が去ったことが大きい。


「Yシャツとネクタイは隣のロッカーに取り揃えてありますから。あと、使ったらすぐに申請してくださいね、すぐに補充しますので」


「……ありがとう東住さん」


 にっこりと、僕に会釈をしていく女性社員を見送って、ふむ、と、僕は考え込んだ。

 対応までどこか馴れたような感じだ。

 日常茶飯事と三木は言ったが、それはどういうことだろう。


 詳しく話を聞こうにも、課長職――うちの役員ということもあって忙しいのだろう。

 スーツを着込むと、すぐに三木は庶務課から姿を消してしまった。


「どういうことなんだろうな。なぁX兵衛?」


「さぁ、俺にも何が何だかさっぱりだ分からないぜ。だが、何か、とてつもない陰謀の匂いがするのは間違いねえ」


「陰謀か」


「この会社、思った以上に何か訳アリだぜ。気をつけろ、友久ァ……!!」


 それより前にもっと気を付けることがあるだろう。

 娘が魔法少女に変身して、全裸になることの方が、僕はよっぽど気がかりで仕方がないってものだよ。


 なんとかこの魔法少女の呪い、解く方法はないものかね、まったく。


「というか、お父さんが死んだら、親しい人に呪いが行くとか、何気にエグいのな、この魔法少女のシステム」


「誰かが幸せになるってことは、誰かが不幸になるってことなんだ。幸せの絶対量は変えることができないってことさ」


「お、哲学的ぃ」


 腕を組んで僕の隣で椅子に腰かけるX兵衛。

 いつもなら警備員につまみ出され、パトカーで連行されるのがお決まりの彼だが、どうやら、今日はそんなことはないらしい。庶務課が地下にあるからか、それとも治外法権ということか。

 なんにしても、こうして傍に居てくれるだけで、こちらとしては頼もしかった。


 さて。


 一応、僕はサラリーマンな訳で。

 営業部から総務部に部署が変わったと言っても、そこはそれ。会社に所属しているからには、仕事はしっかりとこなそうと、そう決意して、ここにやって来ている。


 総務部庶務課の仕事とはなんぞや。

 とりあえず、周りに居る女子社員に聞いてみようか。


 僕は頭が天パなちょっと話しかけやすそうな女の子――春山さんに話しかけた。


「あの、ちょっとごめん、今、いいかな春山さん」


「はい、なんでありますか、要係長?」


「いやもう係長じゃないから。要さんで問題ないよ」


「わかりましたであります。要どの」


 ……分かって貰えてない感じだ。

 まぁいい、若い娘に敬称をつけて読んでもらえるだけ、所かまわず全裸になる性犯罪者からしたらありがたいってもんだ。


 名前の尻に着いた、耳に馴染みのない敬称はいったん考えないものとして、僕は話を続けることにした。

 お仕事、お仕事、さっさとお仕事、という奴である。


「この総務部庶務課では、いったい何の仕事をしているんだい? 見たところ、皆、デスクに座って――くつろいでいるように見えるけど」


「あぁ、うちは基本的になんでも屋でありますから。他部署から依頼された、書類の作成処理だとか、会議室のセッティング、蛍光灯の交換とか、色々であります」


「色々ねぇ」


「依頼が入って初めて動くので、基本待機の部署であります。けれど、ひとたび依頼が入れば、即対応。東住主任の指揮の下、サーチ&デストロイで仕事をこなしていくであります!! ヒャッホー!! 最高だぜぇ!!」


 あ、この娘も、なんかちょっと微妙に危ない感じの社員さんだ。

 話しかけたのは失敗だったかな、と、少しだけ、後悔してしまった。


 と、そんな彼女の顔つきが真剣なものに変わる。


「ただし、一つだけ重要な……絶対に外すことのできない仕事があるであります」


「ほん? なにそれ、どういうこと?」


「いずれ分かることであります。そうなった時だけは、一刻の猶予も許されない。速やかに現場に急行して、処置をする必要があるであります」


 現場、処置。

 なにそれ、怖い。


 なんか血がでろでろ流れる系の話だろうか。

 そういうのって、庶務の仕事なのかね。もっとこう、救急車とか呼んで、専門の人に頼んだ方がいいと思うんだけれど――。


 そう、思った時だ。


 僕のスーツがまたしても爆発四散!!


 おいおい、日に二回とは景気が良いな円香よ。

 そんなポンポンポンポンと、魔法少女になられたら、お父さんも困っちゃうっての。


 と、言っても、ここは変えの服については豊富にある総務部庶務課である。

 ふははは、もはや恐れるモノなど何もない!! スーツは、一枚、二枚、三枚……幾らだってあるのだ!! ふはははっ、強いぞー、かっこいいぞー!!(錯乱)


 僕を全裸にできるものなら、全裸にしてみろ、円香ァ!!!!


 そんなことを思いながら、ロッカー前へとまた全裸で移動した僕。

 ふと、その途中、庶務課の女性社員たちが顔を見合わせているのに気が付いた。


 みな真剣な顔をしている。

 なんだこれは、さきほどまで、のほほんガールズ(一人除く)だったというのに、全員まるで戦車乗りのような神妙な顔つきをしている。


「入電!! スーツLサイズ二着にシャツ二つ!! ネクタイは赤とマーブル!! パンツは純白ブリーフでとのことです!!」


「春山さん、すぐに装備の用意を!!」


「了解であります!!」


「それと、今回は同時に二人が対象です。私のチームと、春山さんのチーム、二手に分かれてそれぞれの現場に向かいましょう」


 なんだろう。

 これがさっき、春山さんが言っていた、緊急事態という奴だろうか。

 にわかに殺気立つ、女の子たちを目前にして、僕はいそいそとスーツを着込んだ。


 そんな僕が着替え終わるのを見計らったように、東住さんが僕の方を見る。


「要係長――じゃなかった、要さんは私と同行してください」


「は、はい。というか、いったいこれから何が始まるんです」


「……大惨事大戦です!!」


 意味が分からないよ。


 首を傾げながらも、そうきっぱりと、言い切られてしまっては仕方ない。

 右も左も分からない、部署に新配属されたばかりの僕である。言われるまま、僕は東住さんの背中に着いて、総務部庶務課を出たのであった。


 東住さんが脇に抱えているのはクリーニング済みのスーツとシャツ。

 はて、もしかして、これを届けに行くのだろうか。


 いったい、誰に届けるのだ。

 どうして、届けなければならないのだ。

 というか、それがどうして業務になるのだ。


 考えれば考えるほど分からなくなる。


「どう思うX兵衛?」


「……まさか、いや、そんなはずは」


 何か思い当たる節がある、という感じで、顎先を撫でる宇宙侍。

 今回ばかりは、野獣珍陰流奥義の出番もないかなぁ。


 そんなことを思いながら、エレベーターに乗り込むと、東住主任は迷わず、最上階のボタンを親指で押した。


 ――そこはそう、我が社のトップが君臨する場所。

 馬鹿と煙は高い所が好きと言うが、社長も大概好きである。

 自社ビルの最上階は、まさしく、社長室となっており、さきほどエスカレータで鉢合わせた、巴三四郎社長が居るはずであった。


 まさか、そんな。

 いや、しかし。


「時間もあることですし、少し込み入った話をしましょう」


 東住主任が、落ち着いた声色で僕に言う。

 エレベーターが徐々に動き出し、自社ビルを最上階へと向かってゆっくりと動き出す、中、彼女は淡々と――総務部庶務課が出来た経緯を語り始めた。


「そもそも、総務部庶務課は、課長の言った通り、娘が魔法少女になってしまった社員を救済するために発足されました」


「……どうしてそんなことを。そもそも、よくそんな部署を作る承認が下りたね」


「頭のよい要さんならば、もう察しているでしょう。そのが、なによりも総務部庶務課を必要としていたからにそれは他なりません」


 ぞっ、と、背中に薄ら寒いモノが走った。


 承認を下す人間。

 そう言葉を濁して東住さんは言ったが、それは結局のところ――会社という組織においては一人しか存在しない。


 もちろん、多くの管理職、そして上級の役員たちが、合議の上でことは進める。

 だが、会社の方針について、最後に決定するのはたった一人である。


「そのお方は、自らが魔法少女の呪いに苦しめられているからこそ、多くの自社社員――娘が魔法少女になったお父さんたちを助けたいと強く願った。そして同時に、全裸になってしまった時に、すぐに救済してくれるチームを社内に造りたかった」


「待ってくれ、それじゃぁもしかして、僕がクビにならなかったのも!!」


「そうです、全てはあの方の御配慮……本来であれば、取引先で全裸になった時点で懲戒解雇が妥当であろう、そう言い出す取締役たちを一喝して、こうして庶務課預かりにしてくれたんです」


 偶然ではなかったのだ。

 エレベーターの中で彼と出会ったのは、そんなものなどではななかった。


 彼は僕の事情を知っていたのだ。

 娘が魔法少女になってしまい、その呪いにより全裸になる呪いに侵された僕を、憐れんで、そして激励するためにあのエレベーターに乗り込んでいた。


 そして今、このエレベーターが向かう先で、彼は待っている。


「……着きます、覚悟はいいですか」


 チン、という音と共に、エレベーターの扉が開く。

 差し込む西日を受けて、ガラス張りの窓に向かって股間を向けると、悠然と立ち尽くしている筋骨隆々の男の姿がそこにあった。


 白獅子のような髪をしたその男。

 後ろ姿も、股間にぶら下がっているそれは、大蛇か象の鼻かと強烈に大きかった。


「……ふっ、おそかったじゃないか。まちくたびれたぞ」


 そう言って、こちらに振り返って、股間のサイコガンと葉巻をこちらに向けた男は――。


 巴三四郎。


 うちの会社の社長であった。


 ヒューッ!!

 どうなってるんだ、今回は、本当に野獣珍陰出番なしじゃないか!!

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