第6話 左遷先の同僚もな、仕事中に全裸になるんだ

Aパート

 三木村重。

 彼について僕が知っていることは、大阪生まれの大阪育ち、京都にある有名大学の情報学部を卒業して、この会社に入社したということだ。

 僕のような三流とはいかなくても、一流ではない、そこそこの大学を出た訳ではない。

 また、しっかりとした当時最先端の情報工学を学んできた人間であり、彼はこのIT企業を支えていく、屋台骨となる人物であった。


 研修期間の半年を終えて、彼が配属されたのは、確か開発部だったはずだ。

 僕が売り込みに行っている――いや、いた、販管システムの現行バージョンのコアシステムを設計したと聞いている。

 その話を聞いた時に、こいつにだけは、絶対に出世競争では勝てないだろう、そう思って悔しく酒を飲んだのを今でも覚えている。


 しかし、たしかそれが三年前だ。

 その業績以降、とんと彼の名前は、社内では聞くことがなくなってしまった。


 どころか、彼がどこの部署に居るのかさえ分からない、そんな状態になったのだ。

 時々、同期の社員たちと、あいつ、どうしたんだっけという話にはなるが――やれ、地方の支社に飛ばされただの、コア技術の特許を持ったまま会社を抜けて、独立しただの言われていた。


 実際、そう言われるのは、彼と親しかった人間が少なかったからだ。

 これだけ有望で、有能で、有力な社員にも関わらず、彼は孤独を愛し、同期社員とつるむことをよしとしなかった。


 故に、今日と言う日まで、彼がここに居ることすら、僕は知らなかったのだ。


 全裸。

 シックスパッドの腹をこちらに向けて、雄々しくちん〇んを揺らす三木。

 そのちん〇んはまるで研ぎ澄まされた刀のように勃起していた。


 どうしてだ三木。

 何故、お前がここに居る。

 そして、何故全裸で扉の前で立っている。


 犯罪者なのかな。


 いや、違うだろう。この場合、現実的に考えられる話は一つしかない。


「三木!! まさか、お前も……!!」


「……要だったな。同期の社員の中では、一番抜け目のない奴だったと記憶している。しかし、


 その口ぶり、こいつ、間違いなく知っている。

 魔法少女について。そして、その業を受けて、お父さんが全裸爆発フルキャスト・エクスプロージョンすることを。


 しかし、ひとつ気がかりなことがあった……。


 三木、こいつ、結婚していたのか?


 はっきり言おう。この三木という男は、筋肉質で、整った体つきはしているが、別段美男子という訳でもない。どっちかというと、もっさい感じのナード系の顔つきをしている。

 これで彼女ができるのか。

 これで結婚ができるのか。


 うぅん、というか、そもそもそ論として、女性に対してあまり興味が無いように感じる。


 確か、一緒に研修を受けていた時も、彼女は居ないと言っていたような気がする。

 そういう三木に娘がいるということ。彼の娘が、魔法少女になっているということが、なんだか僕には以外に感じられた。


 あ、あれかなもしかして。

 一時期音信不通になっていたのは、育休とか取ってたのかな。

 いやそれならそれで、まだ数歳の女の子だぞ。そんなのが果たして魔法少女になんてなるのだろうか。


 そもそも論として、魔法少女は幼い子がなりそうなものだが。


「不思議そうな顔をしているな、要」


「えっ、あぁ、うん。というか、結婚してたのがまず意外で」


「結婚はしていないぞ、俺は」


「えぇっ!?」


 じゃぁ、なんで彼の衣服は爆発四散、全裸でこの場に立っているというのだ。

 趣味なのか。もしかして、仲間と言うのは勘違いで、彼は趣味で全裸をやっている、全裸系サラリーマンだというのか。


 いや、それならそれで、もっと色々と問題になっているだろう。


 ふっ、と、三木が、顎を上にしゃくりあげると、顔を斜めにして視線をこちらに向けた。

 こいついったいどういうつもりだ。そのポーズになんの意味があるというのだ。格好つけやがって、不細工の癖に。


 まぁ、それは置いておいてだ。


「言った通りだ、俺はまだ結婚していないし、童貞だ」


「童貞、だったのか」


「あぁ。将来現れる、素敵な女性のために、綺麗な体を貫いている」


 風俗にでもいけばいいのに。

 三十歳越えて童貞とか、結構キッツいと思うよ、それはいくらなんでも。


 うぅん。なんだろう、話の腰を折るような奴だな。

 さっさと本題に入ればいいのに。


 しかし、と、前置いて、彼は話を続けた。

 相変わらず顎を上にしゃくりあげて、顔を斜めにしてこちらに視線を向けながら。


 だからなんなんだその妙なポーズは。しばき倒すぞ。


「しかし、魔法少女の呪いを受けているのは紛れもない事実!!」


「三木!! やはり、お前も魔法少女の呪いに侵されているのか!?」


「あぁ、侵されている」


「何故だ!! お前は、童貞で、未婚で、妻もいなければ、恋人もいない、もちろん娘だっていない、ロンリー三十六歳じゃないのか!!」


「そうだ、それについては全て認めよう。だが――」


 俺は魔法少女の呪いにかかっているのだ。

 そう言うと、彼は僕の股間の前で相変わらずブリッジをかましているX兵衛に視線を向けて、お前ならば知っているだろう、と、語り掛けた。


 X兵衛。そうだ、娘を魔法少女へと誘った、宇宙生命体の仲間である彼ならば、この三木の身に起こった謎について何か知っているかもしれない。

 ブリッジしたまま、顔を青くするX兵衛に、僕はどういうことなんだ、と、尋ねた。


 地面についているその両腕がプルプルと震える。

 武者震いか、それとも、自分の体を支える限界が来たのか。

 なんにしてもそのままの体勢――ブリッジと勃起――を維持したまま、X兵衛は、『身代わり制度』と、意味深な言葉を発した。


 身代わり制度、とは。


「例えばだ、魔法少女の罪を受けるのに、適切な人物――つまり、お父さんが既に死亡していた場合を考えよう」


「おう、いきなり世知辛い話になってきたな」


「その場合、呪いはいったいどこへと向けられると思う」


「普通に魔法少女に変身できなくなれば、それで世界は平和になるんじゃないの?」


「馬鹿野郎、友久。魔法少女が変身するのはこの世において、誰も変えることのできない絶対法則だ。その法則が揺らぐとき、宇宙のエントロピーがなんちゃらになるから、それはあれだ、考えちゃいけないことだ」


 考えちゃいけないってなんだよ。

 けどまぁ、なんとなく、お前のその受け答えで、話の筋は読めたよ。

 つまりだ。この三木は、娘はいないけれども、親しい人間に、魔法少女に変身する者が居るのだ。そして、その呪いを一身に引き受けている。


 誰だ。

 結婚していないけど、娘だけはいるとか、そうい奴か。

 いや、そんな遊び人な感じではないだろう、三木は。


 常識的に考えて、ここはおそらく――。


「もしかして、妹さんが魔法少女に?」


「……よく分かったな。そう、俺は、妹――沙耶香の呪いをその身に受けて、こうして全裸になっている。そういうことさ」


 前に、それは聞いたことがあった。

 同期の社員が集まって、研修あけの酒の席での話である。


 自分には年の離れた妹がいるのだと。目に入れても痛くない、とてもかわいい妹だと、自慢げに彼が語っているのを。


「数年前だ、父と母が相次いで亡くなってな。うちは今、俺が一家を支えている状況なんだ。そして、他に呪いを引き受けてもらえる相手も居ないから、沙耶香が魔法少女になった時、その呪いも俺が引き受けることになった」


「……そんな!! なんでもかんでも引き受けすぎだろう!! どうしてお前ばかり!!」


「いいさ。可愛い妹が、誰かのために力になりたいと言うのだ。それに付き合ってやるのが、いい兄貴ってものだろう?」


 課長、と、女子社員たちがしめっぽい声を上げる。

 どうやらこの男、庶務課ではそれなりに部下に慕われているらしい。


 くそっ、格好つけやがって。

 僕なんか娘が魔法少女に変身するたびに、もう勘弁してくれと、発狂しそうな勢いで彼女に対して怒りを抱いていると言うのに。


 やはり、できる男は違うということなのか。

 人間としての度量も器も、一回りも二回りも大きいということなのか。


 久しぶりに会った三木は、全裸であり、こんな閑職の部門を率いている課長という立場でこそあったが、やはり優秀な男には違いなかった。

 男としてもビジネスマンとしても、そして、魔法少女の呪いをその身に受ける者としても、その格の違いに圧倒されてしまう。


 思わず、悔しさに僕は三木を見れなくなってしまった。


 ふっ、と、三木がまたキザに笑う。

 不細工の癖に。不細工の癖に。

 なんなんだよ、いったい、お前はいったいなんなんだよ。


 ちくしょう、訳が分からないよ。


「ということだ、事情についてはだいたい察してくれただろう」


「事情? 察する? 何を言っているんだ? まったく僕には何のことか分からないよ!! というかそういう話じゃなかったよね」


「……なんだ、てっきり話が行っているかと思ってたいのだが、そうじゃなかったのか?」


「何がだよ、何なんだよ、僕はいったい今、どういう流れに巻き込まれているんだよ!! もう、服が爆発四散して、全裸になるだけでもいっぱいいっぱいなのに、この上、どんな厄介事に巻き込まれたって言うんだよ!!」


 参ったな、と、三木が頭を掻きむしる。

 それから彼は、ふむ、と、顎を指先でなぞると、首の角度を普通に戻して、僕の方へと歩み寄って来た。


 あ、こいつ、結構でかいちん〇んしてるなぁ。

 一緒に風呂とか行ったことないから、初めて見るけれど、なかなかのサイズだ。


 顔はこれなのに、ち〇こはこれって、勿体ないよな。

 しかも新品未使用とか。


 うん、現実逃避はやめよう。

 というか逃避のために、人のち〇こを凝視するなんて、そりゃどうなのよ。


 気が付くとX兵衛も立ち上がっていた。

 そんな僕ら二人の横に立って、こっちへ、と、三木が言う。そのまま、彼は勝手知ったるなんとやら、自分の庭のように、庶務課のフロアを奥へと進んでいく。

 同期の彼に指図されるのは、正直に言ってあまり気持ちの良いものではなかったけれど、別に、それに逆らうほど僕も子供じゃない。


 言われた通りに、彼の後ろをついていくと――そこには。


 ずらり並んだロッカーがあった。


「これは、まさか……」


「その、まさかさ」


 鍵はかけられていないのだろう。ロッカーの扉を、引けば、中にはずらり、新品のスーツが十着ほど、綺麗に並んでいた。SMLに2L、3Lまである。選び放題である。

 これならば、幾らスーツが爆発四散しても、替えの衣装に困ることはないだろう。


 そう、つまり、そういうことだ。


「ここ、総務部庶務課は、契約して魔法少女になった娘の父親が送られる安息の地。安心しろ、要。この総務部庶務課に居る限り、お前の股間と、社会的地位は、会社によって最低限守られる……」


「な、なんだって!? どうしてそんなことを会社が!!」


「……それは、追々お前も知ることになるだろうさ」


 そう言って、また、三木は顔を斜めにして、僕の方を見たのだった。

 だからなんだよそのポーズは。不細工の癖に格好つけやがって。

 ぶち〇すぞ。

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