Bパート

 さて。


「はるばる来たぜ庶務課。ついにご対面という奴だな……」


 扉の摺りガラスが割れガムテープで補修されている。

 総務部庶務課と、何故か無駄に達筆な筆文字で書かれた看板を前に、僕はしばし立ち止まって、ネクタイを締めなおした。


 中間管理職たちの最後の流刑地。

 一度流されたなら最後、辞表を出すまで帰ることができないという、我が社の闇を担う場所。そこを前に、僕はごくりと喉を鳴らした。


 果たして、この奥に、どんな強者が待っているというのか。

 女ばかりの部署ではあると聞いている。そこで、管理職でもなく、いち平社員としてやっていくとなると、相当な覚悟が必要だろう。


 しかし――。


「……やってやる、やってやる、やってやるぜ!!」


 そう自分に言い聞かせると、僕は庶務課の扉を手前に引いた。


「すみません!! 今日から庶務課でお世話になることになった、要友久です!!」


「あっ、はーい!! 少々おまちくださーい!!」


 わっとっと、と、手に大量の書類を手にした、女の子がこちらに向かってやって来る。

 若い。まだ入社して、一・二年という感じだ。

 大学生というか、高校生というか、なんとも学生のノリが抜けていない感じの彼女は、手にしていた書類を自分のデスクの上へと置くと、ふらりふらりとした足取りで、こちらにやって来たのだった。


 うむ。若い上に身長も小さい。

 OL服に身を包んでいるが、僕の娘――円香とそう変わらないんじゃないだろうか。


「すみません。要友久さんですよね。お話はお伺いしてます」


「あ、はい、ご丁寧にどうも」


 しかし物腰は丁寧だ。

 ぺこりと頭を下げたその仕草に、どうして好感以外の何も浮かんでこなかった。

 子供っぽい容姿や先ほどまでの頼りなさげな行動はともかくとして、どうやら、しっかりとした所のお嬢さんなのだろう。


 うむ。

 こんなかわいい子が居る部署なら、何も問題なんてないじゃないか。

 むしろ、僕としてはこんな部署に配属されて嬉しいくらいだ。

 なにせうちの課は、女性の新入社員は愚か、女性社員は一人だけ――例の女主任だけだったからなぁ。こう、うら若い女の子が居る部署を、何度となく羨んだものだ。


 いやいや、何を言っているんだ、要友久。

 妻子の居る身じゃないか。


「東住どの、どうされたんでありますか」


「あぁ、春山さん。この人が、例の要係長さんだよ」


「ややっ、あの、やり手ということで有名な!? あの、要係長でありますか!?」


 すぐに僕に応対した女の子を追いかけて、ちょっともしゃっとした天パの女の子が追いかけてやって来た。この娘もまた身長が小さい。高校生サイズだ。


 憧れです、尊敬してます、と、きらきらした目をこちらに向けてくる少女。

 そんな彼女に、元だよ、なんて謙遜を言いつつ、僕の心はちょっと小躍りしていた。


 うはぁ、なんじゃここ。最高じゃないか。

 こんな可愛らしくてちまっこい女の子に囲まれて仕事ができるなんて。能率三割増しでお仕事できるってもんですよ。


「どうした春山。騒がしいぞ」


「ゆかりさん。勝手に抜けないでください。あら、そちらの方は?」


 そしてぞろぞろと集まってくるちまっこい女性社員たち。

 ははん、読めたぞ、ここはアレだな、若い女性社員たちを集めて、うちの社員の花嫁候補にしようっていう、そういう部署だな。


 なるほど、そんな部署に既婚の男性社員が放り込まれれば、普通の神経していたら、長く持ちませんわ。僕は普通の神経してないから、オールオッケーだけど。


 オーライオーライ、もう分かったぜベイビー。

 左遷されたこの庶務課で、俺は再び、平社員からサクセス目指して頑張ってやろうじゃないか。全裸になって左遷されたと思ったら、左遷先がハーレムでした。まるで、ネット小説のタイトルみたいで、いいじゃないのよ。


「やだもー。皆、何やってるのぉ。って、男子?」


「あぁ、鮟鱇あんこうさん。そうだよ、こちら、営業部からこっちに配属された、要さん」


「どうもはじめまして。これからお世話になる、要友久です……」


 そう言って、遅れてやって来た少女に握手を求めようとした僕は――であることにふと気が付いた。

 なんだこれ、少女の手の大きさではないぞ。

 というか、成人女性の手の大きさでもないぞ。


 格闘家の手だ。

 熊と素手でやりあって、それでもって勝つタイプの、格闘家の手だ。


 自然、視線はその手の持ち主の顔へと向かう。

 そこには茶髪のウェーブかかった髪に、なぜか立派なカイゼル髭を生やした、明らかに絵面の違う少女が立っていた。


「儂が、総務部庶務課、通信士の嵩山鮟鱇すうざんあんこうじゃぁっ!!!!」


「なっ、なにぃいいいっ!!??」


「やだもー、いい男じゃない!! 〇しちゃる!!」


 あきらかに世界観と空気が変わったことに僕は動揺する。

 なんだこれは。どういうことだ。どこからでてきた。


 訳が分からないよ。


 僕は今まで、すっかりと、女の子がキャッキャウフフする、秘密の花園みたいな課を想像していた。けれど、彼女の登場で、それがいきなり漢が塾塾するような、汗臭い天挑五輪大武會な感じになってしまった。

 何を言っているかわからねーと思うが、僕も何が起こったのか分からなかった。


 そして、そんな何もかも分からない状態での……。


 服がバリーン!!

 爆発四散!!

 今僕が持っている最後のスーツが、けたたましい音と共に、敗れ去ると、総務部庶務課の床へと飛び散ったのだった。


 うぉい。

 うぉおぉい。

 うぉおぉおぉおぉい。


 円香ァ!! 円香やァ!! なんでお前はそうやって、いつもいつも、こう、肝心な所で変身してくれるんだ、畜生!! 〇ァック!!

 お前の親の顔が見てみたいよ!! 昼休みじゃないでしょ!! 何、授業中に変身してるの!! 馬鹿なの!! どんな親から躾けされてんだよ!! 〇ァック!!


「きゃぁ!!」


「……おぉう」


「ほほう、立派な24口径でありますなぁ!!」


「あらあら~」


 意外と僕が全裸になったことに対して、淡白な反応を示す女性社員たち。

 もっとこう、汚らしく、罵ってくれてもいいのよ。僕、それくらいのことをしちゃってる訳なんだから。と、申し訳なく思っている僕の前で。


 ぽっ、と、一人だけ絵柄の違う、熊女の顔が赤らむ。


「いきなり全裸とか情熱的じゃぁ!! 抱いてっ!!」


「ノーサンキュー!! 僕は妻と娘の居る身!! 謹んでお断りする!!」


「不倫のことを気にしているんじゃろう!! 大丈夫、不倫は日本の文化じゃぁ!!」


「ノーモァ、クリーチャー!! 助けてX兵衛ぇぇえええ!!」


 僕は、全裸で声を張り上げると、頼れる宇宙侍の名前を呼んだ。


 助けてX兵衛!!

 股間の危機だ!!

 今回ばかりは、違う意味で!!


 しかしここは地下。

 いつもなら、窓を破って現れる彼だが、こんな地下でもはたして現れるのか。


 そう疑念に思ったその時。


「次鋒レオパ〇ドンイキまーす!!」


 そんな声と共に、庶務課の入り口のドアがバーン。普通に扉からX兵衛が現れた。

 うむ、なんだかインパクトにかけるな。


 まぁいい、今は、僕の股間と貞操の方が大切である。


「友久ァ!! すまねえ、こんな女子ばっかりの庶務課なんかに配属されちまったってのによぉ――助けに来るのが遅れちまった!!」


「まったく頼むぜX兵衛!! お前だけが頼りなんだから!!」


「任せろ!! お嬢ちゃん、悪いが、この男の貞操と股間を、そう簡単にお前さんに見せる訳にはいかないぜ!!」


「なんじゃと!!」


 もう最初から、佩いていなければいいのに。

 腰に差している大小二本の刀を、ご丁寧にテーブルの上に置くと、くはぁ、と、気合の籠った声を九兵衛が上げる。


 来る――いつもの野獣珍陰流である!!


「それほどまでに、男の股間が見たければ、とくとご覧じろ!! 野獣珍陰流奥義――戦車前進パンツァーフォォォオォォオォォを!!」


 言うや、一人パワーボム。

 股間を突き出して、その場に反り返ったX兵衛は、僕の代わりに自分の股間を道着を破いて露出させると、中から立派な主砲をそそり立たせたのであった。


 なんだと――ただでさえ刀を二本もぶら下げているのに、こんな立派な三本目までこいつはぶら下げていると言うのか。

 いやそれよりも……。


「骨を断たせて肉を断つ。ならぬ、ちん〇を捧げて、ち〇ぽを守るとは。あっぱれ、まさしくX兵衛。お前こそ、真の武士もののふ


「さぁ、さぁさぁ、さぁさぁさぁさぁ!!!! 見よっ、〇ん〇ん!!!!」


 まるで、某瞳術使いのように、言ってのけるX兵衛。

 宇宙侍Xの献身。映画化決定、そんなことを思って、僕の頬を熱い涙が伝うのだった。


 と、その時。


「……何をやっているんだ?」


「あっ、課長!!」


「おかえりなさいであります」


「すみません。また鮟鱇さんがいつもの発作を」


「三木。どうやらこいつも、お前と同じで突然全裸になるみたいだぞ」


 突然、これまでの騒ぎが嘘のように、冷静な声をあげる少女たち。僕たちを見て、興奮していた熊女までもが、嘘のように冷静な顔をしていた。


 どうしてだろう。

 その声には聞き覚えがあった。


 そうだ、それは、まだ僕がこの会社に入社して間もなかった頃に聞いた声。

 まだお互いが、本社に残るとも、支社に出向になるとも、分からず、漠然とした不安を抱えてどぎまぎとしていた頃に、聞いた声。


 僕たちの中でもとびきり優秀で。

 僕たちの中でもいっとう大人で。

 そして、僕たちの中で、最も出世街道を駆け上るのが早いだろう。

 そう目されていた男の声。


「全裸くらいでいちいち騒ぐな。それが、ここの日常だろう」


「はい、課長」


 振り返った、その先に立っていたのは――全裸の中年男性。

 引き締まったシックスパッドの腹筋を、暗い蛍光灯の中に照らし出しながら、こちらを見ている彼こそはそう――僕と同期入社の男にして、元出世頭。


 しかしながら、いつの間にかその名声を聞かなくなった男。

 三木村重であった。

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