第2話 - ラッキースケベは突然に



「……か! …‥い!」


 誰かがオレを呼ぶような声が聞こえる。

 これ、今日何度目だ? と思ったが、今度は本当に知らない声だ。


「き……すか! おきて……い!」


 声が近づいてきた。

 必死にオレを呼ぶような声に縋りつくように、オレも意識を浮上させようと必死にもがく。


「きこえますか! おきてください!」


 鮮明に呼ぶ声が聞こえる。オレはその声を掴もうと手を伸ばし……。



 ふにゅっ。



「ふにゅっ?」


 伸ばした右手が何かを掴む感覚と共に意識が覚める。

 後頭部や背中には硬い床のような触感が感じられるので、オレは床に寝かせれらているのか。おかしいな、オレはススキ畑でオオカミのような動物を追っていたハズなのに……。


 そう思いながら目を見開く。大理石のような床に描かれた、魔法……陣……? の中央に何故か寝そべるオレ。

 そしてオレの目の前には、高貴な印象を持たせる長い黒髪を鮮やかなリボンで束ね、和と洋が絶妙にマッチした白を基調とする和風ドレスを着た美少女が、


「あっ……、あうっ……」


 と、口をパクパクさせ、オレに向かって手を差し出したまま、顔を真っ赤にして震えている。

 そしてオレの右手は、その美少女の比較的慎まやか(瑠璃基準)な左の双丘を優しくにぎにぎしていた。


「うーむ、これは……」


 にぎにぎした右手はそのままに、辺りをざっと見渡す。

 侍装束のようなものに身を包んだ大人たちがオレを見て呆然とするように絶句し、教室と同じくらいの広い部屋は、シーンとした空気に包まれている。まるで部屋全体の時間が止まったようであった。


 状況が全く読めないが、うん。まぁ、アレだ。

 とりあえず今言うべき一言は。


「……うむ。ご馳走様です!」


 その一言で止まった時間は動き出し、和ドレス美少女が振り抜いた平手により、スパーンッ!! と乾いた快音が部屋全体に響き渡った。




◇◇◇




「申し訳ありませんでした……。突然のことで驚いてしまって……」


 頬にクッキリとしたもみじマークを浮かべたオレに対し、我に返った和ドレス美少女はペコペコとオレに謝罪をした。


「いや、オレも悪かった。ゴメン。それにしても……全然状況が読めないんだが、ここはどこなんだ?」


 そもそもオレは、学校の帰り道にススキ畑を掻き入って進んで、謎のオオカミを追っていたら穴に落ちて……っていう出来事があったはずだ。

 その後は覚えていないのだが、少なくとも、目の前に立つ美少女や、周りを取り囲むサムライのコスプレをした男達の顔に見覚えは無いし……。


「もしかしてドラマの撮影か?」


 と、オレは訪ねる。

 きっとこの美少女さんは、普段あまりテレビも雑誌も見ないようなオレが知らない女優さんで、周りのサムライはエキストラさんなのだろう。

 カメラとかは見当たらなかったけど、きっとこれは撮影の邪魔をしちゃったんだろう。アチャーと頭を抱える。


「『どらまのさつえい』……? それが何かは存じませんけど、勇者様が混乱されるのも無理はないかと思います」

「うん? 『勇者様』?」


 何? ドッキリ?

 美少女はコホンッ、と咳払いをし、「先ずは順を追って説明させて頂きますので……」と前置きをして、話を続けた。


「先ずは自己紹介を。私は此度の勇者召喚の担当責任者であり、この『オーエド国』の公家であります、召喚魔術師の 綿月ワタツキ カエデ と申します。よろしくお願いいたします。勇者様……貴方様のお名前は?」

「オレか? 朱雲夏向だ」

「カナタ様ですね……。ではカナタ様、突然なのですが、我々はカナタ様を『世界を救う勇者様』として、この世界に召喚させて頂きました。……つまり、カナタ様が居た世界とこの世界は、別の世界となります」

「……ふむ、まぁ続けてくれ」


 色々ツッコミたいことはあるが、一々ツッコんでいると話が終わらなさそうだと思い、一先ずは全ての説明を聞き終えてから質問タイムとすることにした。


「この世界……『アース』と呼ぶのですが、アースでは大昔、我々人類では手が負えないような『魔王』が現れた際、カナタ様の住んでいた『地球』から才ある若者を召喚し、勇者として戦ってもらったことがあったのです。

 その起源を辿ると少々長くなるので割愛しますが、簡単に言いますと、『切羽詰まったご先祖様が、やぶれかぶれの思いで召喚魔術を行使したら、偶然やってきた異世界の初代勇者が強すぎてヤバイ』ってカンジですね!」


 と言って、カエデは部屋の奥に祭られた石膏像のようなモノを手で指す。


「アレが最初にアースを救った『初代勇者』・初月ハツヅキ ツバサ 様の姿を模した像です。

 ツバサ・ハツヅキ様はご先祖様たちでは歯が立たなかった魔王をあっと言う間に討伐して世界を救いました。更に、異世界の『ちーと』なる能力や『げーむ』というものの知識によって世界を大きく創り返られました。

 このオーエド国はツバサ様によって創られた国であり、初代国王であるツバサ様が異世界の知識をふんだんに取り込んで創られたこの国は、当時の低かった生活基準を大きく底上げし、二つの意味で我々の世界を救って頂きました。

 その為、現在でもツバサ様が残した『和風』の面影が濃く残っているわけです」


 確かに、日本人離れした顔つきなのに、名前が日本人で変だなぁとは思ったが、どうやらオレ以外の日本人の影響が残っていたらしい。


「さて……話を戻しますが、私はこのオーエド国を代表して、カナタ様に『勇者となり各地を旅して、どこかに潜伏している魔王を探し出して討伐する』ことを依頼したいのです。

 突然のことで訳がわからないかとは思いますが……、魔王を倒し、私たちの世界を救っていただきたいのです!」


 カエデは「言い切った!」という達成感溢れる笑顔でペコリとお辞儀をし、それに合わせて背後に並ぶ屈強な武士たちも頭を下げた。

 

「おう、いいぞ」

「えぇ、ゆっくり考えて頂ければ……ふぇ? 今、なんと……えっ? 即決ですか!?」


 カエデはキョトンとした表情で顔を上げた。表情豊かで面白い娘だ。


「やるよ、『勇者』。正直よくわからないけど、カエデは困ってるんだろ?」

「え、えぇ……。魔王がいることは世界の危機ですし、とても困っています……。でも、カナタ様にだって断る権利はあるんですよ!? いきなり見ず知らずの人に『体を張ってくれ』と頼まれて、なんでそんな……」

「確かにその通りだけど……、まぁ、なんだか面白そうだしな!」


 そう言い、ヘヘッと笑って、オレはカエデに向かって手を差し出す。


「精一杯頑張るからさ、オレにこの世界のことを教えてくれないか? カエデ」

「は、はい! 勿論です! カナタ様!」


 カエデはそう言って、オレの手を握った。


 悩んでも仕方ねーしな。善は急げって言うし、こういうのは即決が一番だ!




◇◇◇




 その後はカエデから、このアースという世界、オーエドという国、そして魔王討伐について様々な情報を貰った。


 重要な情報を抜粋して纏めると、だいたい以下の通りである。



~~~

・過去に召喚された勇者は、ツバサ・ハツヅキただ一人。カナタ・スクモは史上二人目の召喚勇者。


・ツバサ・ハツヅキがこの世を去った後は、各種族に存在する彼の子孫たちが、魔王を討つ勇者を受け継いできた。今回は獣人族から勇者候補が誕生するはずだったのだが、何故か勇者の称号を持つ子が産まれなかったことから、新たな召喚勇者を招集することとなった。


・魔王は『勇者』の称号を持つ者でないと倒せない。(勇者以外の者が討伐すると、即時復活するらしい)

 魔王は数100年単位で発生し、種族や外見、強さは毎度異なっている。


・先代勇者はアースの国々を旅して仲間を集め、己を鍛えた。

『ステータス』という概念が存在し、能力を大まかに数値化して見ることができる。


・オーエド国は人族の国。だがエルフの国や獣人の国、魔族の国といった他の人類の国々とも友好関係を築いており、対立や迫害はあまり無い。

~~~



 その他の細かいことはおいおい説明していくらしい。一度に話されても覚えきれないしな……。

 そして今、オレは『勇者』としての称号やスキルを得るための説明を受けているところだ。


「百聞は一見にしかず、ですね。先ずは私のステータスを見てもらいましょう」


 と言うと、カエデは懐から半透明なプラ板のようなカードを取り出し「ステータス・オープン」と呟く。するとカードが淡く光り輝き、文字が浮かび上がってきた。


「これがステータスカードと呼ばれる代物で、魔力を注ぎ込むことによって自分の能力値を表示することが出来る便利アイテムなんです!」


 そう言って能力値が表示されたステータスカードを見せてくるので、浮き上がった文字を覗き込んで見る。



〇〇〇


名前: 綿月ワタツキ カエデ 

種族: 人族  年齢: 16歳 女

職業: 宮廷魔術師 Lv13

装備: 宮廷魔術師のローブ 公家の指輪 鑑定妨害の髪飾り


HP  :C

MP  :A

ATK :E

MAT :A 

DEF :D

MDE :B

AGE :C

LUK :■


称号

『オーエド国公家』 : オーエド国における上級階級者の証。

『召喚魔術師』   : 希少な召喚魔術を扱える者の証。

『宮廷魔術師』   : 王家お抱えの優れた魔術師。

『若き天才魔道士』 : 将来を期待された逸材。

『ドジっ娘』    : やらかし体質。


固定パッシブスキル

『■■■』 : 鑑定妨害発動中。


スキル

『水属性魔法 Lv4』 : 水属性魔法を扱う。

『治癒魔法  Lv4』 : 治癒魔法を扱う。

『召喚魔術  LvX』 : ありとあるゆる物を召喚する魔術を扱う。

『無詠唱   Lv4』 : Lv4までの基本属性魔法を無詠唱で発動できる。


〇〇〇



「どーです? 勇者であるカナタ様には及ばないと思いますけど、これでも私だって『若き天才魔導士』なーんて噂されちゃってるんですよ! すごいでしょ?」

「おう、よくわからんが、なんとなく凄そうだな!」


 へへーん! と、カエデは比較的慎まやか(二度目)な胸を張る。


「じゃあ1つずつ説明していきますね!」


 先ずカエデは自身のステータスカードの名前や職業の欄を指差す。


「ここは本人の名前や種族、年齢、職業、装備なんかが表示されます。この表示を誤魔化すことはほぼ不可能と言われているので、ステータスカードは身分証明証として使用することができます」


 続けて、指をツツッと下に下げていく。


「これが基礎能力値ステータスですね。ステータスは数値では無く、FからSまでの記号で表記されます。噂ではSSという値も存在するらしいですが……私は見たことないです。

 ちなみに私のステータスは、上級魔導士なのでMPとMDEが高めでATKが低めです。あとはちょっとAGEが高めで、他は大体平均的ってとこですね」


 カエデ曰く、オレやカエデの年齢(16歳)くらいの冒険者の基礎能力の平均値は、大体全てDくらいらしい。MP値がAもあるのは熟練した上級魔術師くらいで、この年齢でここまでのMPを持つものは本当に珍しいとのことだ。


「次に称号です。各々の身分や肩書きなんかを示すもので、中にはステータスに影響したりするものもあります。カナタ様には"誘われし勇者"という称号が付くと思いますね。そして称号にはプラスに働くものもあればもマイナスなものも……。私、ドジっ娘なんかじゃないハズなのに……」

「あ、あぁ……(なるほど、自覚の無いドジっ娘か。厄介だな……)」

「コホン、そしてその下が固定パッシブスキルです。スキルの中でも自動的に発動されるタイプのもので、本人の意志によってON・OFFが出来ないので『固定(された)スキル』と呼ばれています。主に祝福系スキルや封印系スキルなどのステータスに直接補正をかけるものが、ここに該当することが多いですね」

「この、『鑑定妨害』ってのは?」

「あー……。それはですね、ちょっと見られたくないスキルがあるんで、この魔道具の髪飾りの装備効果『鑑定妨害』で隠しているんですよ」

「……『不運』とかだろ」

「ふえっ!? なんでバレたんですか!?」


 そりゃLUKの値も隠していれば、なんとなく予想は出来るだろうに……。

 この娘、やっぱりちょっとアレなのかもしれないぞ……?


「え、ええと、気を取り直して……。最後にスキルです。例えば『炎魔法 Lv1』だと初級の炎魔法が使えるように、それぞれがもつ技能を表示する欄となっています。一部のスキルはレベルによる段階分けがされていて、成長することもありますね」

「召喚魔術……LvX?」

「ああ、魔法・魔術には色々ありまして。魔法は大きく分けて、"火・水・風・土"の『基本属性魔法』、"光・闇・治癒"の『特殊属性魔法』、そして『無属性魔法』が存在しています。そして魔術は、上記の基本属性魔法と特殊属性魔法の上位に存在する『上位属性魔術』と、基本的に唯一無二の『術者限定魔術オリジナルスペル』が存在しています。『術者限定魔術オリジナルスペル』はレベルによる熟練度の段階分けが無く、私の『召喚魔術』もこれに該当しているんですよ」

「なるほど、魔術は奥が深いんだな」

「ええ、もしカナタ様に魔術の才が有りましたら、手取り足取りレクチャーしますよ! なんたって魔術が私の本職ですから!」

「それはなんとも楽しみだ」


 興奮して腕をブンブンしてはしゃぐカエデに思わず笑ってしまった。


 

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