剣士ギルド『ランダムダイス』にようこそ②
炎の残滓が揺らめくなか、集会所の通りには人っ子一人姿はなくなっており、残ったのは空中を旋回するファフニールと、固まったまま動けないでいる二人の冒険者だった。
「ふぅ、危ない危ない。ファフニールくんの炎をまともに受けたら骨も残らないところですよ、あはは」
眼鏡をかけたひ弱そうな男性は、フレンに振り向いて可笑しそうにしている。命を落としかけたというのに、何が笑えるのかフレンには全然理解ができない。
「リッカちゃーん! もう降りてきてくださーい!」
「なんや、レックスさん。誰もおらんやないですか!」
「みんな逃げちゃいましたよー! リッカちゃんの勝ちだから、集会所に帰りましょー!」
「根性無いなぁ。これからが本番や、いうのに」
砂埃を巻き上げながら、ゆっくりと降下するファフニール。地面に着地をすると、背中からリッカが颯爽と飛び降りた。
「よっと! ん? なんや、そのガキんちょ。レックスさんの知り合いですか?」
するとフレンの姿を見つけるやいなや怪訝そうな表情を浮かべる。住民とのやり取りを見ていたいフレンにとっては、威圧されているかのような視線に感じ、少しだけ後ずさりをした。
しかし、ここで引いてはいけない。この二人がランダムダイスのメンバーだというのなら、自分も仲間に入れてくれと、声を上げなければならないのだ。
「あの、僕は……」
「通りがかっただけのようですよ。ファフニールくんの攻撃に巻き込まれそうになってたので、助けてあげたんです」
「あ、それは、その、ありがとうございました……それで僕は……」
「こんな物騒な場所、子どもが来るとこちゃうで? さっさとお母さんとこに戻り」
「だから、僕は……」
「まあまあ、そんなこと言わずに。どうですか、驚かせてしまったお詫びにお茶でも――」
「ぼ、僕はっ、ランダムダイスに入ります!!」
何度も言葉を遮られたフレンは、堰を切ったように大声を上げると、辺り一面に響き渡る謎の宣言をした。自分で何を言ったのかわからなくなっているフレンの顔は真っ赤だ。
一方のリッカとレックスは何事かとポカンとするだけである。
「あぁ、違う、間違えた。こ、これ登録のヤツっ」
なんとか懐から冒険者管理局で貰った羊皮紙を取り出すと、レックスに押し付けるように渡す。
「おー、これはこれは。ウチのギルドへ入りたいっていう希望者さんじゃないですか! 失敬失敬」
押し付けられた羊皮紙を見て、困惑気味だったレックスは、一転してニッコリと笑顔を浮かべた。わけのわからない状況をようやく理解できたようだった。
「マジっすか! やった後輩や後輩! しかも女の子のめっちゃ可愛い子っ!」
ギルドに仲間が入ったことが嬉しかったのか、レックスの言葉を聞いてリッカは今までの物騒な雰囲気とは真逆の人懐っこい笑顔を浮かべている。
「ご、ごめんなさい、僕は男なんです……」
「え……」
あまりにリッカが、はしゃいでいるので訂正するのをためらいつつ、申し訳なさそうにフレンがそう言うと、リッカは目を丸くする。
「ひゃー、驚いた。こんな可愛い男の子っているんやね。まあええわ! このギルドに入ったからには、私が立派な女の子にしたるから、安心しい!」
「別に女の子になるためにギルドに入るんじゃないです!」
「あはは、冗談やがなー。そういや自分、名前なんて言うん?」
「フレン! フレン=ブラーシュです!」
フレンは自分の名前を大声でいうと、これでもかと頭を下げる。それは緊張からか、リッカに対する恐怖からかはわからない。
「そっか、そっか。ようこそ、我がギルド。ランダムダイスへ。僕はサブマスターのレックスです。それでこっちが――」
「リッカや。ドラグナーのリッカ。隣のはファフニール。ごっついやろ!」
「は、はい……あはは」
グルルと口から空気を漏らしながらファフニールはフレンに顔を近づける。特に戦意は感じず、挨拶をしてくれているようだった。
さっきまでは雄叫びを上げたり、炎を吐いたりと恐ろしい生き物であったドラゴンが今はちょっと可愛く見える。
「ギルドに入るのは初めてみたいですね。ということは、まだ初心者さんかな」
レックスはギルド登録の書類を隅々まで確認している。
冒険者というものはだいたいが、冒険者登録後にはすぐギルドに入ってクラスを取得するが、同じギルドに永遠にいなくてはならないルールはない。ギルドを転々とするものもいるのだが、フレンの書類にはその履歴がなかったのだろう。
「あ、あの、クラスってどうやってなれるんですか? 僕、一刻も早くクラスを取得しなくちゃいけないんです」
「なーに焦ってんねん。クラス取得はじっくりとやったほうがええで?」
シャルと一緒に有名冒険者になるため、果てはカーミラの借金を帳消しにし、サニアのために解呪薬を手に入れるために、なんとしてもクラスを取得して強くならなくてはならないのだ。
「……何か事情があるようですね」
落ち着けとリッカはアドバイスをくれるのだが、フレンはそうはいかない。そんなフレンの様子に気づいたのか、レックスは神妙な面持ちでそう尋ねた。
「はい、実は――」
ラボラトリーや宝剣のことは隠しつつ、これまでの経緯をフレンは説明した。
二人は真剣な表情で話しを聞いてくれていたが、さすがにナルハの村のことなど、物騒な話題を今出会った二人に話すことはできなかった。
「――なるほど、呪いを使うプリーストですか……聞いたことがない」
「で、その解呪薬を手に入れるために有名冒険者になりたい、ちゅうわけやな。シャルってのは聞いたことあんで。もうすでに有名人とちゃうか?」
「冒険者として有名人になりたいんです。だからすぐにでもクラスを取得しないと……」
「事情はわかりました。でもクラス取得の仕組みは理解していますか?」
「仕組み、ですか?」
何も知らないフレンはギルドに行けばなんとかクラスを取得できると漠然と考えていたが、実際はそうではないらしい。
「クラスは職業ごとに様々なものが存在しますが、そのほとんどは基礎クラス……
「三つもあるんですか……」
「そこから派生する職業は、もっと、もーっと! あるんやで。私のドラグナーになりたいんやったら、バーバリアンを取得せなあかん」
「僕のクラスはロイヤルガードです。これはソルジャーから派生するクラスですね」
つまり最初の入り口は三つあり、そこから枝分かれして様々なクラスを取得できるようになっているということだ。ソルジャーからドラグナーにはなれないし、バーバリアンからロイヤルガードにもなれない。
「本来ならば、じっくりと考えてクラスを取得するものなのです」
「そ、そんな……どうしよう……どれがいいんだろう……」
何も考えずにここまで来てしまったフレンだ。クラス選択の重要性が今になって実感できた。
「……フレンくん、君はどんな冒険者になりたいんですか?」
「どんな……?」
「私は簡単! 空を自由に飛び回りたかったんや! とはいえ、塔の中だとなかなか飛べへんねんけどな。あはは」
「リッカちゃんのは何度も聞きましたからー」
くだらないことで笑い合う二人。仲の良さは伝わるほどに良好な関係を築いているようだ。
そんな二人に向かい合って立っているフレンは、真剣な眼差しをレックスに向け、口を開いた。
「僕は……僕はみんなを守れる冒険者になりたい。僕が楽しく、自由に冒険できるのは、やっぱり大切な人たちが笑顔でいてくれるから。だから、僕はみんなを守りたい」
きっかけはサニアの一件だったのかもしれない。フレンが仲間を失う怖さを痛いほどに実感し、大切な人を失くしたくないという気持ちが強まったのは。
経験豊富でいろいろなことを教えてくれるアリシアだって、金貸し一家の娘で怖そうな親父さんがついててくれるシャルだって、無敵だと言われている姉だって、明日はどうなるかわからない。
そんな仲間たちを失わないためには、フレンが強くなるのが一番安心だった。
「そうか……フレンくんは僕と似ているかもしれませんね。ならばソルジャーをお勧めします。ロイヤルガードの他にも防御型のクラスになれますからね」
「ちぇー、おもろな。せっかくドラゴンコンビが組める、思うたのに」
「あはは、まあまあ。ひとまずソルジャーのクラスについちゃいますか。
「は、はい! よろしくお願いします!」
フレンの返事にゆっくりと頷くと、レックスは羊皮紙に自分の指輪を押し付けた。まばゆい光を漏らしながら、紙面に判子のような模様が浮かび上がる。
「これでランダムダイスへの登録は完了しました」
「えっ!? はやっ! こんな簡単に……!」
冒険者管理局でもそうだったが、フレンが思っている以上にギルドに入るというのは容易なものらしい。ものの数秒でフレンは見事ギルドメンバーと相成った。
「ギルドは入ってからが本番やで! クラスの取得以外にも、ギルドに直接依頼される仕事なんかもあるからな! 功績値稼ぎまくりや!」
「さて、このままクラスも取得しちゃいましょうか。フレンくん、指輪を外して渡してもらえますか?」
「えっと、こうですか?」
ひさびさにフレンは自分の指から冒険者の証である指輪を外し、レックスの手のひらに乗せる。何やら指が軽くなったような気がして違和感を覚える。駆け出しといえども、それくらいには冒険者としての生活が長くなっている証拠だった。
「ランダムダイスのサブマスター、レックスが命じる。彼の者にソルジャーのクラスを与えん」
レックスが何やら文言を唱えると、指輪は不思議と空中にひとりでに浮かび上がり、回転し始める。
淡い光を放ちながら、回転する指輪をよく見てみると、指輪の内側に文字が刻み込まれていた。
「さあ、これで君も立派なソルジャーです。仲間を守る、責任感の強い冒険者になってくださいね」
やがて光を失った指輪が再度レックスの手のひらに戻ると、レックスはフレンの手をとり、優しく指輪をもとの位置に戻した。
「あ、ありがとうございます!」
正直、クラスを取得したという実感は何も湧いてこない。
筋力が増加したわけでも、頭が冴え渡るわけでもない。しかし、ソルジャーというクラスを得たフレンの心はまるで踊るようだった。
「あ! レックスさん! めっちゃ大事なこと言い忘れてますよ!」
「おっと、僕としたことが、失敬失敬」
「?」
突然リッカが声を上げるとレックスも申し訳なさそうに頭の後ろを掻いている。何事かとフレンが首をかしげると、リッカとレックスは両手を広げて
「剣士ギルド『ランダムダイス』へようこそ!」
と、声を揃えて言ったのだった。
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