冒険者は金が欲しい

なおゆき

金持ちで貧乏な冒険者①

 薄暗く、細い通路の先で複数の人間が叫ぶ声と到底人間とは思えない獰猛なうめき声が聞こえてくる。


「後ろ回ったぞ!」


 耳を劈く金属音。壁や地面を伝わる地響き。それは人と化物が殺し合う音だった。


「くそっ! モンスターの数が多すぎる!」

「ある程度モンスターをまとめてくれれば、私が一掃してみせるわ!」

「よし、なら俺が囮になるから、そのあいだにやっちまってくれ!」


 薄暗い通路を抜けた先に大きな空間が広がっている。壁や床は石造りになっていて、ところどころに松明が置いてあった。

 そんな大広間には大勢の化物に立ち向かう数人の人間たちがおり、その一人である金属の甲冑に身を包んだ男が化物の群れのなかに突っ込んでいく。


「全員、俺を見ろォッ!」

 叫び声とともに男が剣を掲げると、空気を震わす衝撃波が空間中に広がった。その音と振動に反応したのか化物の群れが一斉に甲冑の男に振り向いた。


「ギ、ギギィ」

 化物は巨大な蝙蝠だったり、異形の猪だったり、様々な姿形をしていたが、その全ては気味の悪い赤い目をしていて、標的となった人間に容赦なく襲いかかった。

 モンスターの大群に飲み込まれながら甲冑の男は叫ぶ。


「今だッ! やれェッ!」

「了解! 爆ぜろ灼熱の炎! バーンフレイムッ!」


 先端に宝石があしらわれた杖を持った女性が空中に指で何か文字を描いた後、杖を突き出しながら叫ぶと甲冑の男を中心にして、地面から円形状に炎が湧き上がり爆発した。

 断末魔すら聞こえないほどの爆発に化物たちは吹き飛ばされて霧散していく。黒い霧のようなものが天井に上がっていき、やがて消えてしまった。

 残ったのは炎の残滓と膝をつく甲冑の男だけ。凄まじい炎の力をもって、化物の群れは一掃されたのであった。



「つーことがあったわけだ! な? すげえだろ!?」

「すげえのはお前さんじゃなくて、そのウィザードだろ? まだ駆け出しだっていうのに範囲魔法を使いこなせてる」

「待て待て、確かにそいつもすごかった。だけど敵を集めたのは俺だし、範囲魔法が放たれるタイミングで硬化スキルを使ってダメージを軽減した、その妙技たるや――」


 ざわざわと騒がしい店内では大勢の客が酒に料理に、そして冒険の自慢話に酔いしれていた。街唯一のこの酒場は連日連夜、国中の冒険者たちが集まる。

 かなり酔っ払っている甲冑の男がカウンター席に陣取り、ついさっき起こった出来事を酒場の店主に自慢し始めてから、1時間以上は経過していた。商売とはいえ、さすがの店主も同じ話しばかりで辟易としている様子だ。


「はいはい、わかったわかった。もう飲み過ぎだぜ、お客さん」

「はっはー! 今日は金が腐るほど有るんだよ! 唸ってるんだよ! 死ぬまで飲むぞ!」

 見ればカウンターの上には大きな袋が積み重なっている。どうやらその中身は全て金のようだ。


「じゃあこの話はどうだ? これは昨日の話しなんだがな?」

「はぁ、その話も何度も聞いたよ。お前さんが一人で巨大獣ヒュージモンスターを倒したってやつだろ?」


 さっきから甲冑の男は二つの話題を交互に話してばかりだ。ひとつは先程のモンスターの群れを一掃した話、もうひとつは通常のモンスターとは比較にならない大きさと強さを誇る巨大獣ヒュージモンスターを一人で撃破した、という話だった。

 何度も聞いているので内容は知っているし、特に面白いオチもない。二つ目の話に至っては、もうすでに誰かに弱らせられていた巨大獣ヒュージモンスターのトドメを刺しただけだ。


「もう、いい加減に――」

「――その話聞きたいですっ!」

「え?」


 店主が男の話を遮ろうとした瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。


「その話、聞かせて下さい!」


 見れば、甲冑の男の隣の席にいつの間にか少年が座っていた。キラキラとした瞳を輝かせながら酒臭い男に顔を近づけている。


「こらこら、ここは子どもが来る場所じゃねえぞ? ほら、オレンジジュースを一杯おごってやるから、それ飲んで帰りな」

「まあまあ、いいじゃねえかマスター! おい坊主、そんなに俺の話を聞きたいのか?」

「はいっ! ぜひ!」

「よしよし! 坊主が憧れるような夢みたいな話をしてやるよ! マスター! こいつのオレンジジュースもってこい!」


 純粋そうな少年に自慢話を聞かせてほしい、と言われた男はさらに気分がよくなってしまった。


「ああ、もう……」


 酔っぱらいに絡まれたら可哀想だと助け舟を出したつもりだったが、少年も甲冑の男も、どうも話をきいちゃいないようだ。店主は諦めてオレンジジュースを取りにカウンターを離れる。


「それで、どんな話を聞きたいんだ?」

「その巨大獣ヒュージモンスターを倒したってお話しです! 僕もいつかは巨大獣ヒュージモンスターを倒してみたいんです!」

「お前が? 巨大獣ヒュージモンスターを?」

「はいっ! 僕も冒険者ですから!」


 ドン、と胸を叩いた少年は女の子と間違われてもおかしくないような可愛い顔をしていて、砂埃ひとつないサラサラな金色の髪を揺らした。そして、ニッコリと屈託のない満面な笑みを浮かべたのだ。


 その可愛らしい宣言に酒場中の冒険者が一斉に少年に振り向いて――


「……ぶっ! はははははっ!」


 今夜一番の笑いが沸き起こったことは言うまでもない。



 幻想の塔。

 このアルフレイムという国の城下町に一夜にして突如現れた摩訶不思議な塔は雲を突き抜け、天高くそびえ立っていた。

 出現当時、塔を調査した国家騎士たちの半数は生きて戻ることはなく、行方不明者も多かった。しかし、それと同時に抱えきれないほどの財宝を手にして戻ってきたことは国民の誰もが知っていることだった。

 それは塔内部で見つかった金銀財宝だったり、モンスターを撃破することで手に入る不思議なアイテムであったり、多岐に渡っていた。

 塔はいつからか『幻想の塔』と呼ばれ国家で管理されることになった。しかし、その実態は未だにわかっておらず、また頂上にたどり着いたものも未だ皆無である。国は塔からもたらされる利益を欲したものの、リスクの高さに頭を抱えた。塔を調べ尽くす前に国を守る戦力である国家騎士たちが全滅してしまう。

 

 やむを得ず国が取った方策が『冒険者』の募集だった。

 

 冒険者として申請し、国が許可すれば誰でも幻想の塔を探索できる。塔で手に入れた財宝やアイテムは国の言い値ですべて買い取ることとなった。国は財宝を労せず手に入れることができ、冒険者は大金を手に入れることができる。

 冒険者というシステムは功を奏し、今では普通の仕事をするよりも断然儲かる、と国民の半数は冒険者として登録し、毎日のように幻想の塔に挑んでいるのであった。


 そんな冒険者として、今まさにその道を駆け出したばかりの一人の少年がいた。

 名を『フレン=ブラーシュ』といい、女の子と間違われてもおかしくないような可愛い顔をしていて、砂埃ひとつないサラサラな金色の髪を持った少年は冒険者が集まる、冒険者管理局のロビーのソファに腰掛けていた。


「うーん……」


 何やら難しい顔をして手に持った紙とにらめっこしている。


「うーん、やっぱりダメかぁ。最下層を探索したって、冒険とは言わないよ……」


 ため息をついて持っていた紙をソファに置いた。紙には“功績値”と言うものが書かれていて、いろいろな項目が表組みになって記載されている。そして、最後の欄にある“総合得点”の欄には2点と書かれていた。


「2点……なんだろ、2点って……何点満点中?」

「100点満点中ですわ、フレン様」


 ぐったりとしたフレンの頭上から一人の女性が声を掛けた。女性はいわゆる使用人メイドの格好をしており、手には紐のついた小さい皮袋を持っていて、それをフレンに手渡した。


「今回の報酬ですわ」

「ありがとう、サニアさん」


 サニアと呼ばれた女性は皮袋の代わりにソファにおいてあった紙切れを手にするとその項目を目で追った。


「ふむ……逃走技術2点……総合得点2点。良かったではないですか、フレン様の逃げっぷりを評価していただいようで」

「ちっとも嬉しくないよ!」

「功績値とは塔内部において冒険者としてとされる行動が数値化されたもの。強力なモンスターの討伐、希少価値の高いアイテムの入手……派手な功績もあるかもしれませんが、逃走技術だって冒険者にふさわしい立派な行動ですわ」

「それはわかってるけど……他の項目は全部0点なんだよ? これじゃ、冒険者ランキングに入るなんて無理だよぉ……」


 ずらりと並ぶ管理局の受付の上には、馬鹿でかい掲示板が設置されている。そこには“冒険者ランキング”と表示されており、その下には何人もの冒険者の名前と功績値の数値が張り出されていた。

 冒険者ランキングの第一位、つまりは冒険者の中でトップに君臨する者の名前は『ゲイル=ストラゴス』とあり、功績値はなんと5000を越えていた。数ある冒険者の中でも憧れの存在と言えるだろう。

 そして、現在2点のフレンには5000点という数値を獲得することが如何に難しいか、痛いほどに感じているのだった。


 掲示板を見ながら、涙目になるフレンにサニアはゆっくりと近寄ると、ソファに座るフレンの目線に合うように床に膝をついた。


「フレン様。まだ冒険は始まったばかりですわ。まだまだこれからです」


 静かだが、優しい口調で語りかけるとフレンのふわふわな金髪の頭をゆっくりと撫でた。


「うー、子ども扱いしないでよ」

「冒険者になろうが何をしようが、フレン様はまだ子どもですわ」

 表情はほとんど変わらず、無表情のままでサニアはフレンの頭を撫で続ける。とても気恥ずかしい。


「昨日だって酒場でみんな僕のこと子ども扱いして笑ってさ……」

「なんですって……?」

 その言葉に撫でていた手がピタリと止まる。

「フレン様を笑った……? ほう、街の酒場にはそのような不届き者が跋扈しているということですか。なるほどなるほど」

「いやいやいや、サニアさん。顔が怖いよ」

「もともとですわ。さて酒場の客ども……どうしてくれようですわ」

「いたたたっ! サニアさん! 頭! 頭!」

 いつの間にか、頭を撫でていたはずのサニアの手が頭を力いっぱい掴んでいた。

「はっ、いけませんわ。失礼しました」


 正気に戻ったサニアは、何事もなかったかのように再度ゆっくりとした手つきでフレンの頭を撫で始める。なんでサニアは子ども扱いしていいのに、酒場の客は子ども扱いしちゃダメなのか、非常に不可解な疑問が浮かんだが、藪蛇に違いないとフレンは言葉を飲み込んだ。


「うー、もうどうにでもして……」

「とにかく、焦っても仕方がありませんわフレン様」


 なんだかんだと文句をいいつつも、サニアにそうされるのは嫌いではない。温かいサニアの手のぬくもりを感じていたら、だんだとやる気が湧いてきた。


「……まだ姉様が出した試験の期限まで1ヶ月ある。コツコツ地道にやっていくことにするよ」

「その意気ですわ」

「よし、僕もう一回幻想の塔に行ってくるよ!」


 フレンは勢い良くソファから立ち上がると皮袋の中に入っていた銀貨2枚を自分のバッグにしまいこんだ。


「今から、ですか? もうしばらくで夕食の時間ですが……?」

「それまでには戻るよ! サニアさんは先に帰ってて!」


 戸惑うサニアの言葉をよそにフレンは楽しそうに駆け出し、管理局を後にした。まだ陽が落ちる時間まで猶予がある。もう少しだけ冒険できる時間が残っていた。



 先程の報酬で手に入れた銀貨2枚をありったけの回復薬につぎ込み、フレンは幻想の塔へ向かった。

 まだ駆け出し冒険者であるフレンは、塔の1階しか探索したことがない。塔の1階なんて場所はごまんといる冒険者たちが探索しきっている場所で、目新しい財宝もなければ、強いモンスターもまったくいない。冒険者の練習場所と言われているほどだった。


「やぁっ!」


 手にした短剣をまっすぐについて、飛びかかってきた兎型のモンスターの胴体を貫く。貫通したことを確認して、短剣を引き抜くと兎のモンスターは黒い霧になって消えた。


 からん、とモンスターの内部から小さな石が落ちたが、これは換金しても雀の涙程度の価値しか持たない。


「ふう、結構倒したなぁ」


 その石を拾って腰につけている革製のバッグに入れる。これまでこんな雑魚のモンスターを倒し続けて結構な量の石は溜まっている。これで帰還すれば、さっきと同じく銀貨2枚ほどの稼ぎになるはずだ。

 しかし、それでは功績値が上がらないだろう。その功績値の得点数で競う冒険者ランキングだって入れない。

 やはり1階での探索はやめて、2階に行くべきではないか。フレンは短剣を鞘に仕舞いながら悩んでいた。


「でも、僕の技術で2階に行くのは自殺行為……」


 幻想の塔で階段を昇ることは、決死の覚悟が必要だと冒険者たちは言う。それほどに階層による難易度の違いというものは大きく、フレンのみならず、未だに1階をウロウロとしている冒険者は少なくない。

 だが、現在冒険者ランキングで上位に食い込むような猛者たちは、30階まで到達しているという噂だ。2階に上がることを躊躇しているフレンとの差は、一体どれほどなのだろう。


「いやいや、弱気になっちゃダメだ。姉様をなんとかして見返してやるんだ」


 どうにか自分自身を鼓舞しながら、フレンは薄暗い塔の中で、姉のことを思い出していた。





 それは突然のことだった。


 いつものようにブラーシュ家の屋敷にある大広間でフレンの姉であるマール=ブラーシュとふたり、テーブルを囲んで夕食をとっていたときに、マールが唐突に言い放った。


「フレン、冒険者をやめないか?」


 あまりに突然のことにフレンは口に運ぼうとしていた、ステーキ肉が刺さったフォークを空中で静止させたまま、ポカンと間抜けな表情を浮かべた。


「ん? 聞こえなかったのか? もう一度言うぞ。フレン、もう冒険者なんてやめて、王立の学園で勉学に励まないか?」

「い、いきなり何を言い出すのですか姉様。僕は何を言われても冒険者を続けます!」

 えっへんとわざとらしく胸を張ると、静止していたフォークを口に運ぶ。


「ハァ……あまり言いたくはないが、フレンよ。お前、冒険者ランキングでは何位なのだ?」

「うっ……!」

 ため息をひとつ。姉が困り顔で指摘した言葉にフレンはぎくりとした。


 冒険者になった者にはもれなく、冒険者管理局から指輪を渡され装備を義務付けられる。その指輪には監視の魔法がかけられており、犯罪行為をしていないか、塔の財宝を国に売らずに独占していないか、逐一冒険者の行動がチェックされる。

 その副産物として、管理局は冒険者にそれぞれ成績を付けることにした。冒険者が塔内部で冒険者らしい行動を取ることで功績値が与えられ、そのポイントに応じて冒険者の格付け、つまりランキングが決められるのである。

 ランキングは順位により国から報酬がもらえるなど、さまざまな恩恵を受けられる。ランキングを設定することで冒険者の向上心を煽る目的があったという。


 姉の質問を受けて、改めて自分の中指に嵌めた指輪を見やる。今は指輪が曇って見えた。


「で、何位だ? フレン」

「……圏外です……」


 ボソリと自分がランキングの最下位ですらない、圏外であることを告げると、マールはさらに深いため息をついた。


「ほら見たことか。冒険者になっておよそ3ヶ月と12日の月日、お前は毎日のように冒険しているはずだ。私の記憶では1ヶ月も毎日塔に挑めば、ランキング圏内に入り、3ヶ月もすれば皆に名前を覚えられるはずだ」

「そ、そうなんですか……あはは」

 乾いた笑いがだだっ広い部屋に霧散する。


「でもほら、僕だって遊んでるわけじゃなくて、着実に成長しているっていうか……」

 言い訳がましい言葉を紡ぐものの、その言葉には説得力の欠片もなく、難しい顔をしているマールの心には届いていないようだ。

「遊んでるわけじゃない、か。ならばフレン。お前は日にいくら稼いでいるんだ?」

「うっ」

 またしても耳が痛い話しである。


 フレンが冒険で得られる金額はおよそ銀貨1枚から2枚程度。冒険の途中で使う回復薬代や食料代はそこから出るため、純利益だけで言えばそれよりも断然低い。しかも出費らしい出費はすべて冒険に関わるものだけに限るのだ。


「お前が今食っているそのステーキ。いくらだ? いつも洗い立てで石鹸の香りがするその綺麗な服。いくらだ? それらの料理を作り、お前の服を毎日洗濯し、この広い屋敷を掃除してくれている使用人たちの給料。一体いくらかわかるか?」

「それは……」


 フレンにはわからない。


 毎日食べているものの値段がわからない。クローゼットの中に入っている何枚ものシャツやズボンの値段がわからない。料理を作ってくれて、身のお世話をしてくれて、毎日のように一緒について回ってくれているサニアの給料の値段がわからない。


「サニア」

「はい、お嬢様」

 広間の入り口付近に待機していたサニアがマールに呼ばれ、恭しく頭を下げた。

「フレンのお目付け役である貴様から見て、こいつの腕前はどうだ」

「……」


 なんともストレートな質問に答える前に、サニアはちらりとフレンの顔を見た。今にも泣き出しそうな捨て犬のような顔をしてこちらを見ている。

 その顔を見て表情ひとつ変えず、サニアは断罪するかのように、


「才能ゼロですわ」


 と言い放った。


「うわー! サニアさん! そこは嘘でもフォローしてよー!」

「うるさいぞフレン。して、サニアよ。才能ゼロのコレが冒険者を続ける意味があると思うか?」


 ついに呼ばわりされたフレンは、もう誰も味方をしてくれないといじけて、泣きながら皿に残った料理の付け合せをフォークでつついた。


「才能はありません。ありませんが……」

「?」

 不思議と言い淀むサニアにマールは首を傾げ、続く言葉を待った。

「1ヶ月後には冒険者ランキングに名前を連ねることでしょう」

「えぇーっ!?」


 マールの瞳をまっすぐに捉えて言い切ったサニアの科白に一番驚いたのはフレンだった。自分がランキング入りするなど夢のまた夢。それをたった1ヶ月後だなんて、妄言にもほどがある。


「……ほう、サニアがそこまで言うのなら、あながち嘘ではないようだ」


 表情からはその思考を読み取ることができないものの、サニアの口調には若干の強い意志が込められており、それを感じたマールは楽しそうに唇の端を歪めた。


「よかろう。ならば宣言通りに1ヶ月後までにランキングに入ってみろ。そうすればこの件について不問にする。しかし、ランキングに入ることができなければ……」

「で、できなければ……?」

 ごくりと喉を鳴らすフレン。


「この家から出て行け。将来のために学を身に付けるわけでなく、日がな一日金にもならん冒険を続けるような、我が家の金を食いつぶすだけの穀潰しを養うほどウチは余裕があるわけではないのだからな。それが嫌ならとっとと冒険者をやめることだ」

「……わかりましたお嬢様。必ずや冒険者ランキングに入ってみせます」

「大した自信だ……くくく……!」

「ふふふ……」


 当事者を置いてけぼりにして、マールとサニアはお互い不敵に笑った。何やら視線と視線が交差する部分で火花が散っているような気もするが、フレンにはそんなことどうだってよかった。

 1ヶ月後にランキング入り。そんな途方もないこと、できるわけがないと頭を抱えるのに精一杯だったからだ。

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