アカシックレコ―ド《タップで始まる魔導郷》

アーキトレーブ

第1ゲーム①

 アカシックレコード。

 PIS社の完全新規IPタイトルであり、市場が停滞しているスマホゲーム市場に新たな風を吹き込んだ。カードバトルを主体としたMMORPG。高い戦略性と反射神経が要求され、競技性の高いゲームデザインが特徴である。


 僕、稲若浩介は狩りに最中だった。魔導郷ソフィアの外れにある、遺跡ダンジョンの攻略の帰り道。闇に満たされた遺跡の中で、僕の足音と魔物の唸り声だけが響く。

 振り返ると、大量の魑魅魍魎。


「今日はこれで最後か……」


 そろそろ帰る時間だった。背中の愛らしい彼等を見ると、お別れするのが悲しくて涙が出てくる。


 魔導郷は夢のような世界だった。出来ないことが出来るって最高。

 この世界では、僕は一冊の魔導書を持つ魔術士『アレク』だった。視力も良くなって、驚異的な身体能力を持つ。

 髪は茶髪、背は少し高くなる。真っ黒な外套に身を包み、短刀のように白銀の魔導書を腰に装備していた。



 魔導光に照らされて、確認できるのは彷徨う骸骨スケルトンが数十体。でも、その後の暗闇には、その数倍はいる。元気に僕を追い求めている。


 彼等も僕とのお別れが名残惜しいみたいだ。僕もそうだ。彼等とこの素晴らしき世界とお別れの後、また現実世界で死んだように生きるのを考えると、心の中にあるどうしようもない空虚な塊が大きくなっていく。

 でも、感傷的になるのはもう止めよう。湧き上がるゲーム愛を止めて、狩りに集中する。


「異常はなし」


 現在いる階層は地下五階。構造は比較的単純である。学校の教室ほどの小部屋が八部屋、その倍の広さの中部屋が五部屋、体育館ほどの大部屋は上り階段と下り階段、その中間地点に計三部屋ある。トラップの場所も全て把握できている。


 目指しているのは、上り階段の大部屋である。


「気をつけてね、って言ってもわからないか」


 落とし穴を飛び越える。後で骨が崩れる音が連鎖する。おそらく四体ほど。トラップでの死亡は経験値が貰えない。辛い犠牲である。


 背後の群れは、移動距離に比例して膨らんでいく。

 僕を先頭に、彷徨う骸骨スケルトン遺された骸スケルトン食屍鬼グール各種、メインディッシュに闇に落ちた聖騎士アーク オブ アビスのフルコース。


 目的の場所まで、残り五十メートル。これからを考えると笑いが止まらない。


 白銀の魔導書を、短刀のように抜き出した。脚を止めずに、詠唱文を唱える。魔術を紡ぐ。


「《聞け 日の光に飢えた骸達よ――》」


 このゲームの戦闘は魔術によっておこなわれる。

 画面の内外で異なるのは、『カード』が一冊の『魔導書』にまとめられていること。そして、発動に必要なのは『タップ』ではなく、『詠唱』だった。


「《――神の御名において 我、汝等の罪と哀しみの霧を晴らし 疑念の闇を打ち払わん 浄化の陽光》」


 化物の群れが大部屋へ雪崩れ込む。そのタイミングに合わせて、魔術が発動する。

 巨大な空間に、強烈な陽光が爆発した。耐えられる魔物はいない。もう何度も試している。


 足を止めて、振り返った。

 魔術の持続する五秒間に、次から次へと魔物が飛び込んで、火に包まれて、灰に変わる。持続している間に同じ魔術を重ねる。同魔術を録式レコードできる限界、計三回の『浄化の陽光』を唱えた。。

 飛んで灯にいる夏の骨。 


「はっはっはっはーーー!! はっはっは-!!」


 もう堪らなく楽しい。背筋がゾクゾクして、口角が無意識に上がってしまう。ああ、これこそが生きている実感なのか! 火に包まれた骸達が、まるで花束のように僕の心を彩っていく。


 モンスターの残骸が白い粒子に変化して、『世界』に吸収されていく。火の明かりが消えて、予定していた『狩り』は全て終わった。暗くなった遺跡の中で、僕の高らかな笑いだけが残る。


「……帰るか」と腰のアイテムボックスから、脱出用アイテムを取り出した。

 外に出ると暖かな春の日差しが降り注いでいる。

 季節は同じだが、時間は違う。腕時計は昼の二時過ぎ。現実世界では深夜二時を過ぎていた。十二時間のズレがある。


「ダンジョンはだいぶ攻略できたな。討伐数もノルマは余裕で達成」


 忘れないうちにメモしておかなきゃ。


 この素晴らしき世界に文句を言うとすれば、『メニュー』がないことである。スケジュール帳に倒したモンスターの数、到達した階層、罠の配置など、今日の戦果を書き込んでいく。

 予定は順調だった。もう既にボスは倒している。今は完全なダンジョンマップを作成中だった。このゲームを隅から隅まで遊び尽くしてやる。


 そして、特定の街へ転移できるアイテムを引っ張り出して、移動エフェクトの白い霧に包まれていく。現実へ戻るためには、城壁都市アルバの自室に戻らなくてはならなかった。

 

 城壁と魔導技術が融合した街だった。堅牢な城壁がそびえ立つ。石畳を行きかう馬車。魔導灯が並び、この街を象徴する時計台が立っている。ねずみ色の街を、この世界の住人の洋服が、カラフルに彩っていた。

 まず向かうのは、魔術士ギルドだった。灰色の町並みの中で、その純白の箱はやけに目立つ。

 魔術師ギルドに始めて訪れた人は図書館と勘違いしてしまうだろう。

 沢山の魔導書が詰められた本棚が無数に並び、カウンタ―では、司書のように白衣の職員が魔導端末(外見はパソコン)を操作して、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。


「アレッ君、おつおつ! 今日もいっぱい倒してますな!」

「いつも通りです」

 

 現実世界の図書館と同様に静かな空間だった。

 そんなギルドの厳正な雰囲気を、僕の担当受付のノアさんは快活な声で一閃した。


 丈の合っていない白衣に金色の長髪、見た目は小学生の白人の女の子。だが、年上らしく『さん』付けを強要される。そういうキャラクターだった。


「いつも思うんですけど、ここでそんな大きな声出して怒られないですか?」

「……いーのいーの! のーぷろぶれむ!」


 おい! 今の一瞬の間はなんだ!?

 心なしか回りの利用者、職員の視線が注がれている気がする。


「はい、チェック終わり! いつものように報酬は送っといたから!」


 魔導書に倒した魔物が記録され、。今日の戦果は自室の端末に送られる。ノアさんに素っ気なくお礼を行って、外に出る。

 自分の住むアパートは、魔術組合のある区画から三ブロック離れる。

 早く寝なきゃと足早に向かうが、顔なじみに声をかけられて、急ブレーキをかける。


「アレク君、たまたまですね!」


 元気な声だった。

 アパートの正面にある導具屋の看板娘キルシュだ。二つの赤いおさげをぶら下げている。両手に抱える買い物袋で、表情が見えない。その向こう側で綺麗な赤髪がちらつく。


「……持とうか?」

「良いんですか? では、遠慮なく! お願いします」


 僕の声を聞くやいなや、買い物袋を投げる。入っていたリンゴが宙を舞い、なんとか袋ごとキャッチする。現実世界では、ぶちまけていたに違いない。


「さっすがアレク君!」


 嬉しそうな笑顔が現れた。

 キルシュはあっけらかんとして、可憐な子だった。しかし、食べ物を投げてはいけない。導具屋の前に到着すると、彼女は店先の回復薬を一つとって、僕に渡す。


「ありがとうございます! 今度、買い物するときサービスしますね! あとこれ今日のお礼です!」

 

 イベントを一つこなして、ようやく自室に辿り着いた。

 部屋にある魔導端末で今日の収穫を確認。想定量とブレはない。この世界の生活は全て順調だった。


「明日も頑張るか――」


 端末の右隅にある赤いボタンを押して、数十秒白い霧に包まれる。視界の外側ではなく、眼の内側が白濁するようだった。一瞬意識が明滅して、現実世界に戻る。


 真っ暗な自分の部屋のベッドの上。深夜二時四五分を目覚まし時計が指している。開けた窓から濁った空気が流れ込む。


 現実世界の夜は、魔導郷の日中である。まるで世界の裏側を探索している気分だった。今日も最高の一日だった。気持ちは魔導郷のままである。その続きは夢の中で見よう。



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