第15話
7月2日、この日、佐伯 佳奈(さえき かな)は自身が通うピアノのコンクールに参加していたのであった。
その日は、彼女の父である佐伯 豪(さえき たけし)がコンクールを見に来ており、そのコンクールの帰りであった。
「ああ~、疲れたっ。」
助手席で佳奈があくびをする。無理もない。朝から緊張しっぱなしだったのだ。中学生の少女には少々大変だったのだろう。
「家に着いたら、起こしてあげるから。寝ててもいいぞ。」
父のその言葉に、ありがとっと小さくつぶやくと、少しして寝息を立て始める。
その寝顔を見ながら
「子供が大きくなるのはあっという間だな。」
と豪は小さくため息をついた。
この日の夜は曇り空で、辺りはいつもより暗く感じた。その暗闇の中、豪は車を走らせる。
少しして、車が踏みきりで止まる。
「ここ、結構待つんだよなぁ。」
車のエンジンを切り、電車のバーが上がるのを待つ。
しかし、なかなか電車が通り過ぎない。ふと、豪は横に気配を感じると、”そいつ”は立っていた。
体は黒く、蠢いた”そいつ”。
「えっ...」
”そいつ”は4分の1程開いた窓から、腕を突っ込んできた。
”そいつ”の黒い腕が豪の顔に近づく。
それは近くで見ると、無数の黒光りしたゴミムシダマシとその幼虫のミルワームが蠢き、ひしめき合っていた。ざわざわと無数の音が聞こえてくる。
腕が豪の顔に触れると、虫が顔を這いずり回る。
虫たちは豪の目を囓り始める。鼻や口に入り込み、コリコリと内部から囓る。
「うぇsfgkg!!!!」
豪は必死に虫を振り落とそうと暴れるが、次から次に這い上がってくる。
顔中を小さいノコギリで削られていくような感触を、生暖かさとともに豪は感じた。
次第に虫たちは肺の方まで侵入したのか、豪は血の泡を吐き始めた。
物音で、助手席で寝ていた佳奈が目覚める。
「お父さんっ!?」
佳奈が気がついたときには、豪の顔面が、黒く覆われ始めたときであった。
佳奈も父を助けるべく、虫たちを手で払う。
「痛い!」
虫たちは振り払おうとした佳奈の手にも齧り付く。
もうその頃には、豪は目から血を垂れ流し、さらには虫たちは脳まで達したのか、耳と鼻からも血が滴っていた。豪は既に意識がなく、プルプルと細かく痙攣していた。
「ひっ」
佳奈は父が助からないことを察し、逃げようとシートベルトを外そうとする。しかし、焦っているせいかなかなか外れない。
”そいつ”は豪から佳奈の方に、身を乗り出す形で迫ってくる。
「いやっ!助けて!」
佳奈は必死に助けを求めて叫んだ。”そいつ”の腕が肩に触れる。虫たちが佳奈の肩を這いずり回り、肩の皮膚が囓られる。皮膚の下を何かが動き回るのを、佳奈は感じた。
もう死ぬんだ...と、佳奈が叫ぶ気力を無くした時、乾いた銃声が3発、住宅街に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます