第7話
「テツさん、これで今週に入って4件目ですね」
「ああ、そうだな。」
哲也は足下の少女の死体を見ながら答える。6月2日の事件から約3週間後、6月21日に発生したこの事件は捜査本部が作られてパトロールを強化した矢先のことだった。
その少女は今までの事件と同じく、胸部から下腹部まで内部からめくり上がり、心臓や脳、目玉や消化器官といった臓器を丸ごと持ち去られていた。今までと同じく体には潰れた虫が付着しており、この潰れた虫はいずれの事件にしろ、ゴミムシダマシの一種(ホームセンターやペットショップで見かける、エサのミルワームの成虫)だと判明していた。
事件発生の報告を受け、鹿島と哲也は他の捜査員と共に早朝から現場に急行していたのであった。
「被害者の情報は?」
哲也は足下の死体から目を反らさないまま鹿島に尋ねる。
「被害者の名前は伊藤 智佳(いとう ちか)、年齢は10歳です。拝島小学校に通っていて、最後の目撃情報から塾の帰りに襲われたようです。」
「そうか。おい、鹿島。今回の事件と今までの事件との違う点を言ってみろ。」
「ええと、今まで被害者は全員男でホームレスだったのに、今回は女の子を狙っていますね。あとは死体の状態を見るに、他の事件と比べて早く被害者が発見されたってことですかね。」
「それだけじゃない。犯行が大胆になってきている。あれを見てみろ。」
哲也が顎で指し示す先には防犯カメラがあった。
「あれに何か写っているはずだ。」
「すぐに映像を確認します。それで後は...うっ!?」
哲也の隣で少女の死体を見ていた鹿島は、少女の口内が蠢いたのを見て驚きの声を上げる。
すぐにその蠢きはピタリと動きを止めたかと思うと、数匹の虫が少女の口から這いずり出てきた。
ぬらぬらと唾液で濡れた虫たちが逃げようとするのを見て、哲也は咄嗟に手で捕まえる。
「痛っ!?」
虫が手袋を噛みちぎり、手から血がにじむ。
哲也は急いで証拠保管用のガラス瓶を取り出すと、すぐに虫たちを中に押し込む。
「なんだ...この虫は?ゴミ虫の一種みたいだが...」
「テツさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。これも証拠だからな。」
そう言いながら瓶をしまうと、現場検証は他の者に任せて2人は防犯カメラの映像を確認しに向かった。
防犯カメラの映像はセキュリティ会社の管理であったため、鹿島が連絡を入れるとすぐに協力をしてもらえることになった。
映像を管理している建物に2人が到着すると、それに気がついたのかすぐに腹に付いた贅肉を揺らしながら1人の男が入り口から出てくる。
「連絡は受けております。担当の佐藤です。」
哲也は手短めに捜査の協力の礼と身分を返す。
「さァ、こちらです。」
佐藤は2人を映像の記録してある部屋に案内する。
記録室に入るとすぐに佐藤はパソコンを操作し始める。
「今回の事件じゃあ、小学生の女の子が襲われたんですってねぇ。嫌な世の中になったもんですなァ。」
その脂ぎった顔をニヤニヤさせながらモニターに向かう。
こいつにとっては犯罪の瞬間を見ることは娯楽なんだろうな、と哲也は思いながら無言で早送りにした映像を見続ける。
「待て。」
映像に被害者の女の子が映り込んだ。
防犯カメラの時間を確認する。6月20日22時32分44秒を指している。
「ここから等速にしてくれ。」
哲也は佐藤に指示を出す。
22時32分45秒:自転車で走ってくる女の子が見える。
22時32分48秒:突然、道路のマンホールの蓋が動く。
22時32分50秒:マンホールから出てきた手に自転車の車輪を掴まれ、女の子が自転車ごと転ぶ。
22時32分51秒~33分11秒:マンホールから真っ黒い人型の何かが這いずり出てくる。女の子は痛みと恐怖からか呆然と座り込んだまま動かない。
22時33分14秒:真っ黒い人型のソイツが押し倒しながら女の子に覆い被さる。
22時33分15秒:女の子はそこでようやく体が動いたのか、ソイツを手足で押し返そうと必死に抵抗する。
22時33分16秒~38分48秒:女の子に覆い被さったソイツが蠢き、痙攣(けいれん)する。最初の内は動いていた女の子の手足が段々と力をなくしていく。
22時38分49秒~47分12秒:女の子の上でソイツは細かく震えながら蠢き続ける。
22時47分15秒:ソイツがピタリと震えるのを止め、立ち上がる。手には大腸の一部を持っている。
22時47分16秒~22時47分32秒:ソイツは大腸の一部を持ったまま、出てきたときと同じようにマンホールの中に消える。
22時47分34秒:胸から下腹部までぱっくりと皮がめくられ、血だまりに浮かぶ無残な死体が残される。
「おえぇぇっ!!」
そこまで見て、佐藤は近くのゴミ箱に吐瀉物(としゃぶつ)をぶちまける。
「何なんですか...これは...」
鹿島も呆然と映像をみている。哲也も同じ感想だったようで返事を返せなかった。
「もしかして、黒男(クロオトコ)って本当に居たのか...?」
鹿島がぼそりとつぶやいた言葉を聞きつつ、哲也は自身の常識がガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。
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