第6話 ただのしあわせ

「ただいま~」


高梨哲也は自宅の玄関を開けながら靴を脱ぐ。

ここ高梨家は高梨哲也、奈緒、静音の3人家族で、郊外ながらも一軒家を構えている。


「お帰りなさい。」


そう言いながら高梨哲也の妻である奈緒(なお)は夫を出迎える。


「頼まれてたマーガリン買ってきたよ。」


「ありがとう。あともうもちょっとで切れそうだったのよ。」


哲也は壁に掛かっている時計をチラリと見やる。時計はそろそろ8時を指そうとしている。

「あともう少しで静音(しづね)も塾も終わるし、俺が車で迎えに行くよ。」


「じゃあ私はお夕飯の準備をしておくわね。お迎えありがとうね。」


「奈緒(なお)も働いているんだし、お互い様さ。じゃあ行ってくる。」


奈緒(なお)が哲也を見送ってから一時間後、玄関から親子の楽しそうな声が戻ってくる。


「それでね!学校でテストの点で先生に褒められたの!」


「おお、静音はすごいなぁ。」


そんな他愛もない会話だ。


「2人ともお帰りなさい。」

そう言いながら晩ご飯の準備を終えていた奈緒は2人を出迎える。


「お腹すいた~。お母さん、今日の晩ご飯はなあに?」


「麻婆茄子とポテトサラダよ。」


「やった!」


静音は嬉しそうに洗面所に向かっていく。


哲也は食卓に並んだ料理を見て、よだれをそそる。

「美味そうだな~。」


「不味いなんて言わせないわよ?」


2人で軽口を言い合っている間に、早足で静音が戻ってくる。


「ねえ、早く食べようよ~。」


「おお、そうだな!」

哲也も急いで洗面所に向かうと、すぐさま手を洗い戻ってくる。


「ちゃんと手を拭いたの~?」


「もちろんさ。」

哲也は娘からの冷たい視線を浴びながら食卓に着く。その手は娘の言ったとおりやや湿っていたが。


3人が食卓に着くと一斉に手を合わせる。

「「いただきます。」」


3人が夕食を終えると静音は好きなアイドルが出るとかいう見たいドラマがもうすぐ始まるからか、お風呂へすぐさま向かう。


哲也は娘がお風呂に向かうのを見ながら、大きくため息をついた。

「あら?悩み事?どうしたの?」

奈緒が哲也のコップにビールを注ぎながら尋ねる。


「いや、ある事件について何だが後輩は犯人を宇宙人だか化け物だって言うんだよ。笑っちゃうよな。」


「その後輩ってりっちゃんの旦那さん?りっちゃんがよくあの人の映画のDVDやらグッズが部屋に溢れてるって愚痴(ぐち)をこぼしてたわよ。」


「荒野のガンマン気取りで始末書を書かされてたこともあったからなぁ。よく愛想を尽かされないかと思うよ。」


「でも意外と上手くいっているみたいよ?幼なじみで主婦の先輩だからって良く相談されるけど、愚痴(ぐち)っていっても半分のろけみたいなものだし。来年には子供でもできちゃってたりしてね。」


「2人が結婚して3年になるんだっけか。この前にあいつの昼の弁当にハートがあしらわれたのを見た時はびっくりしたね。結婚してから毎日ずっとだって聞いたときには苦笑いになったけどな。」


「それだけ愛されてるのよ。明日のあなたのお弁当にもハートをつけましょうか?」


「それだけは止めてくれ。」


そう言いながら2人して微笑むと、静音がどたどたと戻ってきた。


「ギリギリセーフッ!」

そう言いながら哲也が見ていたナイターを、静音は素早くドラマのチャンネルに合わせる。


「あっ」

見ていたのになぁ。と心でぼそっとつぶやく。


「ふふ、じゃあ先にお風呂に入ってくるわね。」

そう言いながら奈緒はお風呂に向かう。


妻の背を見送り、ドラマを食い入るように見る娘を見て、哲也はなんとなく幸せを感じながらコップに残ったビールを飲み干した。

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