異世界転移なら、二人のほうが楽しいじゃないか

シンエンさま

第一章、終わりかの始まり

プロローグ『始まりは、あの高い崖で』

 目前の景色は、曇っていた。霧が濃かった。


 天は青くも暗くもなかった。やや、灰色に染まったように感じる。


「この人生をここで、一人で終わらせるのはいいかもね」


 彼は足を運んだ。冬の冷たい風に頬を撫でられ、足を引きずるようにして、その人のいそうにない霧の中へ、彼は進んだ。ゆっくりと。

 崖の最果てに目を走らせると、底の見えない暗さを目の前に、深淵が彼を待ち望んでいた。世間から感じた絶望感が彼の身を包み、幻聴のせいか「さあ、おいで~」とまるで誘っているかのように、冷たい風も囁いているかのように、深淵へ飛び込む誘惑がやたらに強かった。


ーーもう決めたんだ。僕は、ゴミだから。世間に必要とされないゴミなのだから。


 彼は近づいた、深淵の最果てに。


 自殺を防止するための捜査団が普段あの山でパトロールするが、今日は地震があって来られなくなったらしい。

 それで一人で死ぬことがどれだけ喜ばしいことか、彼は誰にも迷惑を与えないことからそう思っていた。


「自然から僕は奪い、この大きい体まで成長したんだ。だが、僕は役に立てなかった。自然に返そう、この美しい肉体を。いずれ大地が僕の体で恵まれたら、それだけの役に立ったことで、満足だ」


 自分を説き伏せ、自分を慰めるためか、深淵に飛び降りる前の呟きが長かった。緊張感のせいか、頭を焼き尽くすような『熱』がなぜか余計に熱かった。汗も襟を濡らすほど多かった。やはり人間性の一つと言えば、死を怖がることだ。

 その間、泣き声が聞こえた。しかも、女の子の啜り泣き声であった。

 彼は振り向いて、泣き声の方向へと目が探っていた。


ーーこんな霧じゃ、なにも見えないじゃないか。


 気が付けば3メートルぐらいの隣で泣いていた彼女の姿が見えた。風に吹かれた霧がまるで彼女に光を当てるためかのように、彼女の座っていた崖の果てに一筋の日差しを照らすための道を開けた。

 スポットライトに当てられるような美しい姿であった。彼は見惚れたんだ。


「待て!!お前、何をする気だ!」


 突然に彼は彼女の方向へと駆けだした。深淵へと身を落とした彼女へと。


ーーそうか、君も同じだったのか。自殺しようとしたのか。知り合いでもないくせに、僕が同情するなんて。情けないよね。


 激しい心拍がどきどきと胸を打ちながら足元にも気がつかず、彼はそのまま深淵に飛び降りた彼女へと飛び出した。

 80キロのせいか、彼は彼女のいる水平線に追いついた。そして、彼女を強く抱きしめた。ワクワクの顔で、彼は叫んでいた。


「死ねば、一人でするんじゃない。僕と一緒に死ねばよかったんだ」


 目を瞑ったままで、涙が出ていた。鈴の音が聞こえた気がする。

 足も手もわからない状態だから、空耳かもしれなかった。


ーー僕が最後に笑顔で死ぬなんてね。この世は楽しかったんだ。

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