addict ヱディクト
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第1話 ch1
「お待ち致しておりました」あわや衝突、カワニの頭が頭をかすめた。彼がマネジャーであるらしい。「東北までを車で、大変な御足労を願いました」
こう見えても有名歌手のマネジャーの責務は全うしている、彼は私が答えるよりも先に言葉を続ける。
「いやはや。安堵はなんて、していられませんよ」胸を張る姿は奇妙にも様になる、オオガキは案内役を務めるカワニを助手席にフェリーへ。
車両ごと乗船を果たした。
九月の初旬である。
「機材の荷卸しは一人で大丈夫です」いつもですから、と私は手伝いを断った。
路順とおおよその距離を口頭で尋ねる。一度歩くと意見を告げた。
「手間を省きます」カワニが買って出る手伝いに私は真摯に答えた。傷を恐れては本心をいつまでも誤解したまま、一人で生計を立てることはこちらの意見をはっきり、分かりやすく、示すに限る。怠れば、あいまいに誤った解釈で私の意志を受け取るのだ。
「どの機材を運び次にはどれか、順番を考える過程が仕事の始まりでして」と、私は貫く。
カワニというあの人のマネージャーは引き際を知る。
過度な振る舞いは表向きの人柄、カワニは船内の見取り図を一枚手渡した。
足を一歩、引き戻る、「丸のついたところに案内図がありますので、支給はそれ一枚に」なるほど、オオガキは意図をくみ取った。
空気が軽い。
鍾乳洞の入り口、違うな。洞窟の外へ出たか、林立する針葉樹が遮る。
かかん、心配は無用、私はここに。振り向いたカワニへ頭を前に傾けた。
鉄筋であるのか、赤色の柱で船の強度を保つ。しかし海水・水圧から守る対象はどこもない。おそらく、主を失いたがいに寄り添う車はこの上層に占めるのだろう。見渡して目が捉える物は、トラックの荷台。隣は、コンテナの列か。どちらも運搬にたやすくレールの上に乗る。
間にところどころ、円台が見えた。
私は頭を先に、止まる。向きを変えて、下船に備えるのか。下船を早めたく、か。
五層。
一から三層は波を受ける基底部にあたる、海の中に浸るところだ。縦長の見取り図を振って、折れ目を直す。ピンと親指で中央に谷を作る。パンフレットだ、かつて観光船としてお客を乗せていた時代の船内図である。四角に舵のマークが描かれている。
四層、さらも上の五層に客室を構(かまえ)た。下にひしめいた荷台や車は、重りと左右のバランスを取る調整役のためだろう。重たいものはバランスや中心に使われる。派手に前へや主役は別者たちの仕事。規則正しく、気がせいた曲の走りをそっと緩やかへ、そちらじゃありませんよと、諭す。
壁に沿って続く階段を上がった。婆ちゃんの家を思い出す。
4層へに出た。自動ドアの向こうに連絡橋が見えた。ここからお客が出入りをするのか。オオガキは両眼だけを動かして、斜め上を眺める。離岸のあと、あの橋はそのまま港に置かれたままだろうか、と。空港では乗り降りするたびに搭乗口と飛行機を繋いでいた。ひどく強い風が吹き荒れるここは日本海、潮風で老朽化する事態は考えていなかったのかもしれないな。
彼はエントランスへ進んだ。ホテルのロビーを模した造り出迎える。時が過ぎていい塩梅に古さを増した船内。古いことに価値を見出す人は、途中の微罪な変化に気が付けていない人だろう。オオガキは見向きももしない。ビンテージの正しい価値は時代を経ても、使えることにあるのに。
古い筐体にUFOキャッチャー、メダルゲーム。男湯のはす向かいには時間をいたずらに消費するための、ゲーム機がひしめく個室を過ぎた。
低い段差のうえに主役を支えるピアノ。
手狭。知っていながら、あの人は選んだはず。抜かるとは。
オオガキは客席に降りる。手すりは向い側にも。キャットウォークのような余白でも、演出が補えば、という解釈か。頼もしい限り。
ステージにはスピーカーが二基、フットモニターだ。壇上へ上がる。奥の壁には音の吸収に垂れ下がった波のカーテン。このカーテンで強く跳ね返る音を弱めた。反射率の高い素材が内装に多く使われている証拠だ。
正面のやや右に寄ったモニター台を前が目に入った。中二階、見渡すには良くとも、オオガキは顔をしかめた。客席から視線が幾度と襲う。救われた、階段を上った彼は胸をなでおろした。私を見つめる目はあの人の両目のみ。お客の視線は、手すりを支える柱がブラインドの役目を果たしてくれる。
これでどうにか、つかの間の安堵も備え付けの卓は動きはするが、今日の演奏のサポート役には力が足りない。あれにこれと、予備の分もと、私は中二階を離れて右舷へ移動をした。駐車場の一層へ従業員用エレベータを降りた。唱える。思い出せるよう、船内を想もう。
挨拶を一つ、手を掲げた不愛想なあの人だ、好感を持てる。行き過ぎた態度でカワニが頭を下げる様子が、彼女を悪く映しているのに。
一行を見送りはたと、スーツケースの転がる車輪、足音が消える。
開けた車のバックドアと密に支えるベルトに手をかけていつも、は重みに耐えるのに。
手を放して、不吉を感じ取る。長い走行で荷物たちは各々の居場所を見つけていた。
遅れて、ダン。逃げ遅れた数ミリの隙間が身を隠した。
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