その花

hiyu

その花


 風にたなびき揺れるその花が、あなたみたいだと思った。

 ピンク、紫、白。

 どの色も文字にすればかすみ、本当の色を説明できない。その花のその色の名前を、私は知らない。


 背の高いあなたが背伸びをして空を見上げる。

 まっすぐに伸びたその姿勢がとてもきれい。

 ふわふわと揺れる髪の毛に光が反射して、まるであなたが光っているように見えた。

「いい風だねー」

 秋になりたての日差しはまだ照りつけるたびに暑く、私の肌をぴりぴりと刺激する。夏の間で日に焼けた肌は、小麦色には程遠く、けれど制服の袖の境目を露わにするくらいには色づけた。

 あなたは私よりもきれいに日焼けし、健康そうな肌はその笑顔の魅力を増す。

 背伸びして風の行方を追うあなたに、私はそうねとうなずいた。

「夏も終わりかぁ」

 ふう、と息を吐いてかかとを下ろす。こうして並ぶと、私はあなたの顎くらいしか見えない。だからいつもあなたを見上げる。

「今年はいっぱい、遊んだね」

「そうだねー。でも、遊び足りないよ」

 短い髪が風に揺れる。日に焼けた顔が、まぶしいくらいの笑顔を作る。

 私はいつも、その笑顔に見とれる。

 一番仲のいい友達だと、思っていた。ずっと。

 けれどこの気持ちがそれだけではないと感じ始めたのは、いったいいつだっただろう。

 私のその思いを、あなたは知らない。 


「あ、もう咲いてる」

 あなたが足を止め、道端に伸びたコスモスを見た。

 早咲きのそれは、まだ暑い日差しに負けずひょろりと伸び、小さな花を咲かせていた。

「これ見ると、秋だなって思うよね」

「そうね」

 あなたに似ていると思った。

 多分ピンク。多分紫、そして白。

 けれどそれじゃ足りない。この花の魅力を語るとき、私は少し、悩む。

 するりときれいに伸びたその背丈のこととか、細くて頼りなく見えるのに決してなぎ倒されることはない強さだとか、綺きれい咲き、散っていく潔さだとか。

 あなたに似ている。

 だから、その花を、私は愛した。

 あなたを愛するように。


 夏が終わり、あなたは急にきれいになった。今までがそうではなかったというわけじゃない。今までだって充分に、私をひきつけていた。

 その美しさにひかれていた。

 だけど。

 夏の終わり、あなたからの打ち明け話は、私を戸惑わせ、そして悲しみに突き落とした。

 あなたがきれいになった理由を知ることはできたけれど。

「今日は彼氏と会わないの?」

 意地悪を言うつもりはなかったけれど、少し、そっけなかったかもしれない。そんな私のわずかな口調の違いを感じてか、あなたは笑う。

「今日はあんたとずっと一緒だよー」

 ふざけて私の身体を抱きこんで、私の伸びた髪に額をこすりつける。

 小さくてかわいい、と何度も何度もそんな風に抱き締められた。自分が大きいから、背の低い子がかわいくて仕方ない、と言って。

 それはただの戯れで、絶対に本気になってはいけないと分かっていたのに。

 大事な友達を彼氏に取られた、だからちょっとやきもちを妬いている。そんな風にあなたは思っていたのかもしれない。

 けれど違う。

 私はあなたを愛してた。

 その花を愛したように。

 あなたに似た、その花を。

 風が吹いてコスモスが揺れる。あなたが笑う。ふわりと、きれいに。

 花が咲くようなその笑顔に、私は心揺れる。

 打ち明けることのないこの思いが、その風とともにどこかへ消えてしまえばいいと思った。


 けれど私に風は吹かなくて、私は今もあなたを愛している。

 あなたに似たその花よりも、ずっと。


 了

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