担当作家は異世界人

岩野元禄

第1話 猪瀬出版社


 「それじゃ池田君 友部さんに付いて引き継ぎよろしくね!」

 「はい! 頑張ります 社長」


 俺、池田大樹いけだだいきは某大学を卒業したが就職に失敗し、ついこの間までフリーターを

 していた。しかし先月、手に取った求人広告欄には、なんと俺の大好きな小説を

 出版している『猪瀬出版社』の社員募集を目にした。この『猪瀬出版社』は異世界

 ものの小説しか扱わない、少し変わった出版社だ。どの作品も内容にリアル感が

 あると一部マニアから絶大な支持を誇る。もちろん、俺もその中の一人だった。

 面接は社長自らしてくれた。猪瀬亜紀いのせあき まだ30代前半だろう、スタイル抜群の

 明るい美人社長。面接内容は学歴等は気にしておらず履歴書の趣味「料理」を見た

 瞬間に即採用になる。


 前任者の友部さんは、退職間近で今回の募集は後任者の募集だった。即採用の

 理由が「料理」というのが少しだけ気にはなるが、憧れの作家さんと仕事が出来る

 事の方が大きい、そんな採用理由なんか小さな事だ。


 研修期間を終えた俺は、待望の『猪瀬文庫』専属作家3人の担当になるのだった。

 そして、俺が憧れる『猪瀬文庫』専属作家3人とは、


 まずは、東野あづまのマリア先生! 作品は連載中の『旅人は異世界人』物語は、森で

 静かに暮らす美しいエルフの娘の前に一人の男が現れ、その男は異世界から来た

 と言う。その男に、エルフの娘は一目惚れし元の世界に戻るための手がかりを探す

 旅を始める。次第に二人は惹かれ合い……大人の異世界ラブロマンスで人気作品。


 次に、南城なんじょうレイナ先生だ!

『ハーフエルフ? いいえ、クォーターなんですけど!』で連載中。異世界の魔法

 学園に通う女の子の話。魔法と学園生活がメインストーリーで魔法あり、恋愛

 あり、笑いあり、戦闘ありのファンタジー王道。ハーフエルフと馬鹿にされる

 主人公だが、タイトルの台詞をかまして困難に立ち向かう。

 ハーフエルフと人間の混血クォーターだって、やる時はやるのだ!


 最後は、西久保にしくぼアカネ先生の『朱音あかねのドワーフ日記』

 内容は、そのまんま朱音の日記。主人公、ドワーフの朱音が日々の出来事を

 日記帳に綴る短編集になっている。ところが、妙に生々しく現実感が沸き読者は

『今日は何処に行くのかな? 朱音は何をしてくれるんだろう?』と期待感を

 膨らませてブレイク!『猪瀬文庫』では一番新しい連載小説だ。


 まるで夢のようだ……幸せだな 俺……


 「池田君 そろそろ行きましょうか」

 「はい! お願いします」


 俺は、友部さんの運転で先生方の作業部屋へ行く事になった。引継ぎの報告と顔

 合わせ、少し緊張するが仕事だ!しっかりしろ俺!

 車は会社近くのマンションの駐車場で止まった。


 「先生方は こちらで作業にあたっています 初めに東野マリア先生のところに

 行きましょう」

 

 うはっ!ああ どうしよう……東野先生だって!緊張してきた。ん? 待てよ

 今、友部さんは『先生方』って言ってたような……


 8階建てのマンションだった。オートロック完備で高級感が漂ってくる。暗証

 ロックを解除して友部さんとエレベーターに乗り込む、友部さんは鍵をポケット

 から取り出した。その鍵には『801号』と名札がついていた。


 8階に着きエレベーターを降りた、俺と友部さんは突き当たりの『801号室』

 に向かうと友部さんはドアの前で立ち止まった。


 「池田君 ……味噌汁は作れる?」

 「えっ? ええ 材料があれば普通に作れます」

 「部屋に入ったら 味噌汁を作って欲しいんだ ……一応それも仕事だから」

 「あ はい」


 友部さんは少し申し訳無さそうに話すと、『801号室』の鍵を開け中に入って

 いく。俺も靴を脱いで部屋に上がると


 「東野先生を呼んできます 台所にある米を炊いて味噌汁を作っといて下さい」

 「はい わかりました」


 友部さんは奥の部屋へスルスルッと入っていく。

 

 俺は、先日までフリーターをしていたので出版業界の事はほとんど知らない……

 しかし、『飯炊き』まで仕事に含まれているとは思いもしなかった。

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